第9話 ふくふく亭に響くイリエナちゃんの歌魔法♪初めてのコラボ配信決定!
マホレットから、イリエナちゃんの歌が響く。
ぼくは……いや、ぼくだけじゃなくて、プリラおねーさんもマリアさんも、他のお客さん達も、声もなくその歌を聴いていた。
歌が終わると、イリエナちゃんは動画の再生をとめて恥ずかしそうに言った。
「どうでしょうか?」
どうでしょうかって、それは決まっている。
「すごい! すごいよ、イリエナちゃん」
ぼくはお歌なんてほとんど聞いたことがないけど。
それでもわかる。
イリエナちゃんのお歌はとってもきれいだ。
やさしくて、聞いているだけで心がぽかぽかしちゃったよ。
聞き惚れるっていうのはこういうことを言うんだろう。
「イリエナちゃんはお歌の天才だね!」
「そんな、恥ずかしいです」
イリエナちゃんの今の動画は、一昨日UPしてすでに10万再生されているという。
「3日で10万再生!? すごいじゃん!」
ちなみにぼくの昨日UPした動画を確かめてみると、まだ6万再生くらいだった。
「どうでしょう、コラボしていただけませんか?」
イリエナちゃんのお歌はたしかにすごい。
再生数もすごいし、ありがたい話だと思う。
だけど……
「でも、僕、お歌なんてムリだよ」
僕が歌えるのは、せいぜい小さい頃お母さんが歌ってくれた子守唄くらいだ。
「えーっと、そうじゃなくて、私をダンジョンに連れて行ってほしいんです」
さすがにぼくも驚いてしまった。
いくらお歌が上手くても、ダンジョンでの冒険は難しい。
なにより、歌い手さんがなんでダンジョンに行きたいのか分からない。
ぼくが何か言う前に、プリラおねーさんがイリエナちゃんに言った。
「イリエナちゃん、ダンジョンって本気なの?」
「はい。カイさんの動画を見て、是非に一緒にと」
「あのねえ、イリエナちゃん、カイくんの動画を見ていると勘違いしがちだけどね。ダンジョンっていうのはとっても危険なのよ? 遊び感覚で行く場所じゃないわ」
ぼくも遊びでダンジョンに行っているつもりはないんだけどな。
でも、たしかにプリラおねーさんの言うとおりだ。
ダンジョンでの冒険は危険がつきもの。冒険者以外が立ち入るべきじゃない。
だけど、イリエナちゃんはプリラおねーさんに反論した。
「私、遊び感覚なんかじゃありません」
「そうは言うけどね……」
「わたし、自分の歌の可能性を知りたいんです」
「いや、歌の可能性って……」
イリエナちゃんの歌はたしかにすごいけど、それとダンジョンでの冒険がどうしても結びつかない。
「エルフの歌はただの歌じゃありません。わたしは歌魔法が使えるんです」
歌魔法という聞き慣れない言葉に、ぼくは首を捻る。
「イリエナちゃんは魔法使いなの?」
「はい。今から証明します」
そう言って、イリエナちゃんはこんどはその場で歌い始めた。
さっき、マホレットから聞こえてきたのとおんなじ歌。
でも、目の前で歌われると、全然違った。
心も体もぽかぽかして、なんだか元気が出てくる。
ううん。
それだけじゃない。
さっきの冒険で右足につけちゃった擦り傷が治ってく。
それどころか、【フレアソードダンス】などで使ったMPが回復していくのも感じた。
ぼくだけじゃない、みんな体力や傷が回復してびっくりしている。
いりえなちゃんは歌い終えるとその場でお辞儀した。
「これがエルフの歌魔法、癒やしの歌です」
ぼくは目を見開いたまま叫んだ。
「すごい! これ、本当にすごいよ!」
怪我や体力を回復する魔法ならある。
お母さんの得意魔法だし、ぼくだって使える。
でもMPを回復する魔法なんて見たことも聞いたこともない。
「他にも、炎の歌や氷の歌、雷の歌もあります」
「それって、ひょっとして……」
「はい、炎や氷、雷で攻撃できます。あ、もちろん、たき火に火を付けたり飲料水に使うこともできます」
「つまり、イリエナちゃんは回復と攻撃の魔法が使えるんだね」
「はい。わたしはエルフの歌魔法を世界中に広めたいんです。でも、マホレットごしでは癒やしの力は効果がありません。だから、歌魔法使いの冒険者として、動画配信したいんです」
なるほど。
ようやく、イリエナちゃんがぼくとコラボしたい理由が分かった。
歌魔法使いとしてダンジョンを冒険する動画を撮影したいんだ。
イリエナちゃんは、あらためてぼくの顔をじっと見つめた。
「お願いします! カイさん。私とコラボしてください」
「……本当にぼくでいいの?」
「はい。年も近いですし、カイさんなら信頼できます」
真っ正面からそういわれると照れちゃうな。
ぼくがうなずきそうになったんだけど、その前にプリラおねーさんが言った。
「ちょっと待ちなさい。イリエナちゃん。あなたの夢と歌魔法の力は分かったわ。カイくんとコラボしたい理由もね。でも、このこと、あなたのご両親は知っているの?」
プリラおねーさんにたずねられると、イリエナちゃんは「はい」とうなずいあ。
「両親は私がそうしたいなら応援すると」
「でも、あなたまだ10歳くらいでしょう? さすがに未成年の子がダンジョンに行くとなると、大人としては素直にはうなずけないわ。カイくんも小さいけど、一応成人しているしね」
ぼくは0歳のころから両親とダンジョンに入っていたらしいけどなぁ。
でも、プリラおねーさんがイリエナちゃんを心配しているのは分かる。
が、イリエナちゃんは「クスっ」とわらって言った。
「いやですね、プリラさん。私、成人していますよ。今年15歳になりました」
……え?
ぼくは思わず叫んだ。
「イリエナちゃんって、ぼくより年上なの!?」
「はい。エルフはカイさんたちに比べて長寿なんです。だからこれから背が伸びるんですよ」
ひえぇぇぇ。
どうりでしっかりしているはずだ。
「ごめん、てっきり年下だと思っていたから。イリエナ……さん」
ぼくがそういうと、彼女は「ふふふっ」と笑った。
「イリエナちゃんでいいですよ、カイさん」
「う、うん。わかったよ、イリエナちゃん」
一方、プリラおねーさんは小さく吐息してから言った。
「そうだったわね。エルフ族が長寿だっていうのを忘れていたわ。なるほど、成人済か。だったら止められないわね……」
プリラおねーさんがそう言うのを聞いて、イリエナちゃんはぼくにもう一度たずねてきた。
「カイさん、コラボの件ですけど……」
「わかった。コラボ受けるよ。ぼくとしてもありがたい話だし!」
イリエナちゃんはぼくの両手を握ってくれた。
「はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!!」
イリエナちゃんのお手々はとってもあったかくて。
ぼくの心臓がドキンっと高鳴った。