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7.緊迫の上映時間

 ゴールデンウィーク間の平日は、今年は三日間。

 その初日を終えた刃兵衛は、()()うの体で自宅マンションに帰宅した。

 出迎えた兄の厳輔は、一体何事やと変な顔。

 刃兵衛はこの世の終わりの様な顔つきで、ただ乾いた笑いを漏らすだけだった。


「何でもないよ……今日は、僕が晩飯の用意するわ……」

「そうか……まぁやってくれるんなら、何でもエエけど」


 厳輔は190cmを優に超える巨躯で小首を傾げながら、自室へと引き退がってゆく。同じ父親から、どうしてこんなにも体格の違う兄弟が生まれてしまったのかと不思議に思った刃兵衛だが、しかし今は、兎に角夕飯の準備だ。

 この日の放課後、晶姫から後半連休のうち、二日間を空けておく様にといい渡された刃兵衛。一体何をやらされるのかと気が気ではなかったが、しかし今は夕飯の調理に神経を注ぐことにした。

 何かの作業に没頭しているうちは、恐怖心を忘れることも出来るだろう。

 そして、そんなこんなで残り二日の連休間平日を何とか無事にやり過ごした刃兵衛。

 その間、晶姫からは特段何もいってくることは無かったが、何かにつけて笑顔を向けられたり手を振られたりすると、その都度心臓が止まりそうな恐怖に苛まれ続けた。

 一体この恐怖の日常はいつまで続くのかと震えながら、何とか連休間平日の全日程を終えた。もう生きた心地がしなかった。

 次いで、後半連休の初日。

 刃兵衛は晶姫に指定された午前十時、渋谷駅前の某所で全身がちがちになりながら彼女の出現を待ち続けていた。

 この日の刃兵衛は上下とも暗い色合いの普段着だ。デザイン的には悪くない。が、色の合わせ方が余りにも地味過ぎて、どこからどう見てもオタクファッションにしか見えなかった。

 そしていよいよ、晶姫が通りの向こうから信号を渡ってくるのが見えた。この日の晶姫はいつもの制服姿ではなく、オフショルダーの白いトップスにレザーのホットパンツ、更には妙にエロティックな網タイツとショートブーツで綺麗に纏めていた。


「やっほ~、お待たせ~」

「おはよう……ございます……」


 最後に危うく、女帝陛下と付け加えそうになってしまった刃兵衛。実際今日の晶姫のスタイルは、刃兵衛の目から見れば女帝にしか見えないルックスだった。

 ところが晶姫の方は、刃兵衛の服装に並々ならぬ興味を引かれた様子で、前から後ろから、まじまじと眺めてきた。


「うっそ、これマジ……? 笠貫、アンタんとこって結構なお金持ちだったりする訳?」

「え? そうですか?」


 刃兵衛にはよく分からない。この日の服装も、厳輔が日頃から何かと買い与えてくれる服を適当に選んできたものばかりだった。

 ところが晶姫曰く、トップスもボトムスも、更にいえばアウターやシューズに至るまで、どれもこれも中々高額なブランドものばかりなのだという。


「あー……そういうことですか」


 刃兵衛は何となく理解した。

 兄の厳輔は、日本政府御用達のホワイトハッカー集団『マインドシェイド』のリーダーであり、国からの報酬額は相当な数字に上るという話を聞いたことがある。

 今住んでいるマンションもローンではなく、厳輔がキャッシュの一括払いで購入したものらしいから、歳の離れたあの巨漢の兄は相当な高給取りということになるのだろう。

 その厳輔が買い与えてくれるものなのだから、矢張りそれなりのお値打ち品が揃っているのも頷ける。


「うっひゃあ~……えっと、御免。何かアタシ、笠貫のこと、変な色眼鏡で見てたかも知んない」


 などと頭を掻きながら、ペロッと下を出す晶姫。

 その彼女も相当な注目を集めており、道行く若い男性達は皆揃って、彼女の抜群のプロポーションとエロスを感じさせる装いに一瞬ならずとも目を奪われている様子だった。


「まぁ良いや……兎に角、行こ!」


 晶姫はすこぶる機嫌良さげに刃兵衛の手を引いた。

 対する刃兵衛は、これからどこへ連れて行かれるのか、気が気ではなかった。もしかすると彼女の企ての為の人身御供にされるのかも知れない。

 そう考えると、もう頭の中が恐怖でぐちゃぐちゃになりそうだった。

 特に、晶姫が笑顔でるんるん気分になっているのが余りに恐ろしかった。何を考えているのかが読めないというのがこれ程に不安を煽るものなのかと、兎に角冷や汗が止まらなかった。

 やがて晶姫に連れてこられたのは、とある映画館だった。


「えへへ~……今日から始まるコレなんだけどさ、カップル席ならお安くなるし、色んな特典が貰えちゃうんだよねぇ~」


 晶姫が指差しているのは、有名な俳優が出演している恋愛映画だ。どうやら彼女は、この作品の主演男優が最近の推しだということらしい。

 刃兵衛にはよく分からない世界だったが、女帝陛下からの命令が下った以上は、その言葉にひたすら従うしかない。

 かくしてふたりは、指定席のチケットを確保し、諸々の特典を受け取ってから薄暗い館内へと足を進めていった。


(ヤバい……こんな暗い所で闇討ち喰らったら、迎撃し切れへんのとちゃうやろか……)


 今まで余り映画館を訪れたことが無かった刃兵衛は、形として晶姫と映画鑑賞デートになっていることなどにはまるで気付かず、いつどこから刺客が現れるのかと、変な方向にばかり気が行ってしまっていた。


(待て待て待て……落ち着くんや。こんなひとの多い所で仕掛けてくる筈はあらへんわな……ってことは、終わった後のほっとした一瞬を狙ってくるってことか?)


 そう考えると、敵は劇場の外に潜んでいるのかも知れない。

 晶姫は一体、どの様な罠を張り巡らせているのだろう。彼女の笑みは本当に嬉しそうで、映画を心から楽しみにしている様にしか見えない為、その真意が読めない。


(何っちゅう偽装能力や……こんなにも普通の女の子みたいに振る舞えるなんて……女帝陛下、やっぱり強敵過ぎるわ……)


 刃兵衛は隣のシートに深々と腰を下ろしてポップコーンを頬張り始めている晶姫に、緊張の脂汗を流しながらそれとなく視線を送った。

 彼女は別段、警戒する様子は見せていない。が、これこそが罠である可能性もある。

 絶対に油断するまい――刃兵衛は奥歯をぎゅっと噛み締めながら、上映開始のブザーを聞いた。

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