44.興奮冷めやらぬ女子
晶姫の自宅は、一戸建ての4LDKだ。
両親は共働きで、姉がひとり居るが、その姉も今は社会人で勤めに出ているから、夜までは晶姫ひとりがこの家の唯一の住人ということになる。
これまで彼女はかつての恋人だった勇也や、その後に大勢抱えていたセックスフレンドなどを幾度と無く自室へ招き入れていたが、それらはいずれも平日の日中だった為に、家族には何も知られていない。
そして当然ながら、オトコを連れて入るのは今回が初めてではない。
しかしどういう訳か、刃兵衛の場合は勝手が違った。
今までは誰を連れ込もうが全く気にもならず、それこそ普通に女友達を招待する様な感覚で、気分が高揚するなんてことはほとんど無かった。
例外は付き合い始めた頃の勇也だけで、それも何度か体を重ねているうちに、次第にドキドキする様な興奮を覚えることは無くなっていった。
ところが今回、初めて刃兵衛を自身の部屋に招き入れた。
たた単純にそれだけのことに過ぎない筈なのだが、晶姫の心臓はもう爆発寸前だった。
(うわ……つ、連れてきちゃった……ホ、ホントに刃兵衛、連れてきちゃった……!)
自分でも、まだこんなに初心な感覚が残っていたのかと驚く程の狼狽ぶりだった。
オンナとしては堕ちるところまで堕ち切って、今更少女の様に照れることなんてあり得ないと思っていた。
それなのに、この気恥ずかしさ、心の踊りようは一体どういうことであろう。
(だ、駄目よ晶姫……ちゃ、ちゃんとおもてなししなきゃ……!)
今回は刃兵衛と寝ることが目的ではない。飽くまでも全身マッサージを彼に施して貰う為に、わざわざここまで足を運んで貰ったのだ。
決して変な気は起こしてはならない。
そう自分を戒めつつも、どうしても気分だけがあらぬ方向に傾いてしまう。
(あ~、もう、何でナンデ? アタシ、もうそんな可愛げのある女の子なんかじゃない筈じゃん!)
今までの自分を振り返り、処女の様な恥ずかしさなど覚えることなんてあり得ないと自らにいい聞かせるも、しかし全く己の制御が出来ない。
一体自分の中で、何が起こっているのだろうか。
もう全く、訳が分からなかった。
「お邪魔します~……へぇ~、ここが晶姫さんのお部屋ですかぁ」
そんな晶姫の奇妙な興奮など知ってか知らずか、刃兵衛はいつもの呑気な調子でのっそりと足を踏み入れてきた。
もうその瞬間だけで頭の中が真っ白になりかけた晶姫だったが、辛うじて理性を保ち続けられたのは、刃兵衛が変に気負わずに居てくれたのが大きい。
「女子の部屋って、こんな感じなんですねぇ……あ、何か良い匂い」
「あはは……まぁ女子っていっても、そんな大したことないから。ゆっくりしててね」
晶姫は半ば逃げる様にしてキッチンへと向かい、紅茶やお茶請けの菓子類などを手早く用意しながら呼吸を整え直していた。
(集中集中! 晶姫、集中だよ!)
何に対して気合を入れているのか自分でも分からないが、兎に角今日は変な気を起こしてはなるまいと、必死な程に自分にいい聞かせていた。
そうして部屋に戻ってみると、刃兵衛は何故か力士の様な股割りを披露していた。
「え……何やってんの、刃兵衛?」
「あー、いや、何でしょうね。僕も変に意識しちゃって、ちょっと自分を落ち着かせようかと」
意外な返答に、晶姫は目を丸くした。
刃兵衛でも、女子を相手にして意識することがあるのかと、まるで新鮮なものを見る思いだった。
偽装という認識を持っているとはいえ、晶姫をオンナとして見てくれている――そう考えると、自分でも不思議な程に落ち着いてくると同時に、心から嬉しく思った。
ともあれ、まずはお茶でひと息入れようということになった。
「晶姫さんって身長、お幾つでしたっけ?」
「最後に測った時は確か、161だったかな。今もそんなに変わってないと思うけど」
応えを聞いた刃兵衛は少し考える仕草を示した。身長で筋肉や骨の位置が変わったりするのだろうか。晶姫が興味を駆られて訊いてみると、刃兵衛は違いますとかぶりを振った。
「いや、僕よりどんだけ背が高いのかなって」
「あ……何だ、そんなこと?」
まるで肩透かしを食った気分で、苦笑を浮かべた晶姫。
相変わらず刃兵衛らしいといえば、らしい思考だった。
「で、アタシはどんな格好したら良いかな? 流石に制服のまんまじゃ、ジンベもやりにくいよね?」
「そうですね~……ホントは素っ裸になって貰うのが一番なんですけど」
当たり前の様にしれっと答えた刃兵衛に、晶姫は危うく紅茶を噴き出しかけた。こんな台詞を何の臆面も無く口にするのが矢張り刃兵衛だった。
「まぁでも、なるべく薄着でいてくれたら、それで良いですよ。僕も全然素人って訳じゃないから、服の上からでも大体分かりますし」
「そうなんだ……じゃあ、なるべくジンベのいう通りにするね」
と、答えてみたものの、晶姫はマッサージに適した薄着というものがどういう衣服なのか、今ひとつピンと来なかった。
かくなる上は、と思考を巡らせる晶姫。矢張り、もうあのスタイルしかないんじゃないかと腹を括った。
「じゃ、ちょっと準備してくるね」
それだけいい残して、晶姫はバスルーム前の脱衣所へと向かった。
(や、やっぱり、一番の薄着っていったら、アレしかないよね」
それに、偽装とはいえ恋人同士なのだ。何を今更恥ずかしがる必要があるのか。
晶姫は洗面台の前で両頬を軽く叩いて、自らに気合を入れ直した。
それから、数分後。
「ジンベ……入るよ」
そう断ってから自室に戻った晶姫。この時の彼女は、ミニスキャンティとブラジャーのみという、完璧な下着オンリーのスタイルだった。
対する刃兵衛は、流石に予想外過ぎたのか、一瞬硬直してしまっていた。