43.温度差カップル
それからというもの、晶姫の刃兵衛に対するいちゃいちゃアピールは怒涛の勢いを見せ始めた。
登下校の際には必ずといって良い程に腕を組み、学校での休み時間や昼休みは可能な限り、ふたりだけの空間を醸成している。
それまで晶姫のカレシの座を狙っていたらしい男子共はことごとく諦めた様子で、恋破れて項垂れる者の数がどんどん増えていった。
時折愛梨子に、
「晶姫、ちょっと見せつけ過ぎ」
と苦笑交じりに釘を刺されることもあったが、晶姫はお構いなしに刃兵衛との時間を楽しみまくった。
しかし周囲が全く見えていないかというと、決してそういう訳でも無かった。
例えばここ最近、愛梨子が妙に肩や首筋を気にしている様子が目立ってきたことには、校内では誰よりも早く晶姫が最初に気付いた。
「リコ、どしたの? 調子悪い?」
「ん~……まぁ悪いっちゃあ悪いかな」
曰く、最近肩コリが酷く、その影響で頭痛も少しずつ強くなり始めているとの由。
一応整体やマッサージには折を見て通っているものの、時間のある時に足を延ばす程度だから、根本的な解決には至っていないのだという。
「あー……あぁいうのって、毎日しっかり通って徹底的にほぐさないと意味無いって話だもんね」
「そうそう……だからどうしても、中途半端にコリが残っちゃうんんだよねぇ」
そんな話を愛梨子の席でしていると、晶姫はふと、我天月心流のことを思い出した。
刃兵衛の話に依れば、あの技術は人体の破壊だけに特化した暗殺拳だということだが、逆をいえば、人体の構造を知り尽くしていなければならない筈だ。
ということは、刃兵衛なら愛梨子の肩コリを解消する手立てを知っているのではないだろうか。
そのことを愛梨子に告げると、彼女も成程と両掌を叩いた。
そんな訳でふたりは早速刃兵衛の席へと急行。
刃兵衛は何事ですかと変な目つきを返してきた。
「あのねジンベ、リコの肩コリって治せる?」
「肩コリですか。まぁ程度にも依るでしょうし、毎日続けんと意味無いんですけど」
それまで上体で机に寝そべる格好でだらけていた刃兵衛は、のっそりと起き上がって、晶姫席に座れと愛梨子に指示した。
「じゃ、お師匠! 宜しくね!」
「ん~……ホンマいうたら、うつ伏せに寝転がって貰うのが一番なんですけど、今日はまぁ、軽くお試しってなところで」
いいながら刃兵衛は、艶やかな長い髪をヘアゴムで纏め上げている愛梨子の背中をじぃっと眺めた。
晶姫はどんな風に刃兵衛が施術するのか興味が湧いてきて、隣の席に腰を下ろして刃兵衛の横顔を凝視している。
するとそんな姿に好奇心を刺激されたのか、杏奈や美音子のふたりも何事だといわんばかりに近づいてきて、晶姫の左右に陣取った。
一方の刃兵衛、しばらく愛梨子の首筋から背中全体を凝視していたが、やがて両手の指先で愛梨子の肩や肩甲骨辺りに触れ始めた。
「ジンベ、何してんの?」
中々本格的にマッサージを始めない刃兵衛に、晶姫は怪訝な顔で問いかけた。刃兵衛は、まずは状態を知らなければならないと答えた。
「中津川さんのコリの真因箇所を探る必要がありますんで、筋肉の位置、形、状態、それから頸椎と脊椎、肩甲骨、その他諸々の骨の位置とか全体を見てます」
「え……お師匠、そんな本格的にやってくれるの?」
頼み込んだ愛梨子自身が驚きの表情。
対する刃兵衛は、本物のプロかと思わせる様な真剣な面持ちだった。
やがて、愛梨子の肉体情報をあらかた調べ終えたらしく、刃兵衛はマッサージを開始。
その動きは柔らかく、驚く程にスムーズで、揉みほぐすべき箇所に対して何の迷いも見せず、じっくりと時間をかけて愛梨子の首筋から肩、背中へと攻め込んでゆく。
すると愛梨子は余程に気持ちが良いのか、時々変にエロティックな喘ぎ声を漏らし始めた。
「うわ……リコ、そんなにイイの?」
「うん、イイ……もぅ……マジ……サイコー……」
晶姫の問いかけに対し、愛梨子は恍惚の表情で艶のある声を返した。
杏奈と美音子がごくりと喉を鳴らしながらじぃっと凝視しているのだが、いつの間にかギャラリーが増えている。この時教室に残っていたクラスメイトのほぼ全員が、刃兵衛の愛梨子揉みほぐしシーンに食い入る様な勢いで見入っていた。
刃兵衛の施術はリズミカルに、そしてダイナミックに愛梨子の肩をほぐしてゆく。その都度、愛梨子の喉の奥から甘い喘ぎが漏れた。
「中津川さん、変な声出さんで下さいよ。皆さんめっちゃ注目してはるやないですか」
「え……そんな……お師匠……ムリ、だよ……だって……気持ち……良過ぎ……」
やがて、刃兵衛の施術は終了した。
座った状態で出来ることはたかが知れているらしく、それ以上のマッサージは意味が無いということだが、それでも愛梨子はさっきまでの苦痛に歪んだ顔がすっかり晴れやかな表情になっていた。
「うわぁ~……マジで凄い! お師匠、プロの整体師になれんじゃない?」
「僕はまだまだですけど、兄が一応それに準じた免許か何か持ってた筈です」
しれっと答える刃兵衛に、愛梨子は何度もありがとうを連発していた。
その傍らで晶姫は、何となく不満顔。
愛梨子だけがあんなに気持ち良くなっているのが、何となく許せなかった。
「ねぇジンベ……アタシも、お願いしたいんだけど……その、全身コースで」
周囲のギャラリーが掃けていったところで、晶姫は刃兵衛前の自席に戻りながらそっと耳元で囁いた。
すると刃兵衛は、晶姫さんもコリでしんどいんですかと問い返してきた。
「別にそこまでコってるって訳じゃないけど……でも、アタシもやって欲しいの!」
「コリが無いんやったら、却って痛いだけかもですよ」
不思議そうに小首を傾げる刃兵衛だが、晶姫の頭の中はもう、何が何でも刃兵衛に依る全身マッサージを受けることで一杯だった。
「でも、どこでやるんです? ソファーかベッドでも無いと全身なんて無理ですよ」
「そ、それじゃあさ……今日アタシん家においでよ!」
この瞬間、晶姫は妙に胸が高鳴るのを感じた。
そういえば、刃兵衛を自宅の部屋に誘うのは今回が初めてだった。
今まで色んなオトコを連れ込んではセックスの快楽に溺れる日々を送ってきたが、どういう訳か今回は異様に興奮してしまった。
対する刃兵衛、そんなに全身コリまくってんですかとすっとぼけた表情。
相当な温度差だった。