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40.ハズい男

 翌朝、晶姫は登校するや真っ直ぐに教室へと向かった。

 本当なら今日から一緒に登校したかったが、刃兵衛はいつもの習慣でかなり早い時間に家を出てしまっていたらしい。


(明日からは絶対、一緒に……)


 そんなことを考えながら教室内に入ると、窓際の自席でだらけている刃兵衛の姿を発見。

 もうその姿を見ただけで気分が早くも高揚してきた晶姫だったが、刃兵衛は晶姫の姿を見ても、挨拶代わりに弱々しく手を挙げるばかりで、何故かテンションが低かった。


「お~はよっ、ジンベ!」


 にこやかに声をかけてみたものの、刃兵衛はのろのろと顔を向けて挨拶を返すだけで、矢張り依然として死にそうな顔つきだった。


「……ってか、どしたの?」

「いや、何か昨日の自分を思い出してたら、急にハズくなってきて……」


 内心で晶姫は仰天した。刃兵衛でも恥ずかしいって思うことがあるんだ、と。

 しかし、その理由が分からない。

 通学鞄を机横のフックに掛けてから、晶姫はずいっと顔を寄せて刃兵衛の茫漠とした表情を覗き込んだ。


「何がどう、ハズいって?」

「ほら、僕なんか昨日、エラい変なテンションやったでしょ? 何か、アホ丸出しで……」


 いわれて初めて、晶姫もああ成程と納得した。

 確かに昨日の刃兵衛はちょっとおかしかった。偽装彼氏を演じると宣言した前後の彼のあのハイテンションぶりは、いつもの刃兵衛からは考えられない程の勢いだった。


「いやぁ、僕ね……たまにああいう変なテンションになることあるんですよ。何ででしょうね?」

「それ、アタシに訊く?」


 晶姫は驚き呆れながらも、苦笑を返した。

 が、ここでふと別のことを思い出した。そういえば刃兵衛、妙にテンションが高い時は他にもある、と。


「え? んなことありました?」


 指摘された刃兵衛は、よく分からないといった調子で眉間に皺を寄せる。

 晶姫は、刃兵衛と接し始めた最初の頃を思い出していた。


「ほら刃兵衛さぁ……アタシにめっちゃ凄い勢いで土下座してたじゃん? あれもさぁ、テンション高くなかったら普通、出来ないよね?」

「あ……あぁ、成程、確かに」


 刃兵衛は漸く気分的に持ち直してきたのか、若干上体を持ち上げた姿勢で座り直し、晶姫の美貌を正面から見つめてきた。


「そうか、成程……そいやぁ、これは絶対にやらなあかんとか、ここは何が何でもキメとかなあかんって思ったら、僕って変なスイッチ入ってまうみたいですね」

「うんうん……何か、そんな感じ」


 やっと昨日の自分を正確に分析することが出来てほっとしたのか、刃兵衛も薄い苦笑を返してきた。その姿が堪らなく可愛く思えてきて、晶姫は思わず刃兵衛の頭を撫でてしまった。

 と、そこへ愛梨子が近づいてきた。


「よぅご両人。おはよう」

「あー、おはようリコ……あ、そだ。アタシ、ちょっとメイク直してくる」


 愛梨子の顔を見るや、晶姫は目配せしながら立ち上がった。その晶姫の仕草に何かを感じ取ったらしく、愛梨子もじゃあ一緒に、と晶姫と連れ立って教室を出た。

 そして廊下に出たところで早速、愛梨子が昨日はどうだったのかと声を潜めて訊いてきた。


「うん、まぁ、半分は上手くいった、かな?」


 はにかんだ笑みを返す晶姫。愛梨子は一体どういうことなのかと、微妙な顔つきで小首を傾げている。

 晶姫は、昨日刃兵衛のマンションのエントランスで交わされた一連のやり取りを、掻い摘んで説明した。

 最初のうちは苦笑を浮かべてふんふんと聞いていた愛梨子も、最後の方になると若干の呆れた色が見え隠れし始めていた。


「さっすがお師匠……変なところでコミュ障発揮しちゃったね……」


 はははと乾いた笑いを漏らす愛梨子。

 しかし晶姫としては、結果オーライだから別に構わないとかぶりを振った。


「で、さっきのアレは何?」


 晶姫が刃兵衛の頭を撫でていたことを指している様だ。晶姫は、刃兵衛が時々自分でもよく分からないハイテンションスイッチが入ってしまうことに、恥ずかしさを覚えているらしいことを告げた。

 愛梨子が、刃兵衛でも恥ずかしいと思うことがあるんだと静かな驚きを示していたが、その点については晶姫も同感だった。


「まぁでも、良かったじゃん……親友と推しのカンフー師匠がカップルかぁ。うちも何か、嬉しい」


 愛梨子は刃兵衛に対してオトコを感じることは無いと常々いっていたが、この分なら刃兵衛を巡って恋のライバルに、ということも無さそうだ。

 晶姫としては、その一事だけでも随分と心が軽くなった気分だった。


「でも、大変なのはこっからだよね……どうやってお師匠の心を振り向かせるか」

「うん……そこなんだよねぇ。刃兵衛は彼氏を演じてるって気分だから、今は自然体で居られるのかも知んないけど……」


 ふたりの美少女は廊下の隅で、そろって腕を組んだ。

 如何にして刃兵衛の気持ちを晶姫に向けさせるか。ここが最大の難所だ。


「まぁ、嫌いって訳じゃないと思うよ? じゃなかったら、晶姫の為に彼氏役を引き受けてやろうなんて思わないだろうし」

「うん、そこはアタシもちょっとは安心材料かなって思ってはいるんだけど」


 と、その時だった。

 晶姫の美貌が引きつる出来事が起きた。

 拓哉が、晶姫の居ない一年B組の教室に入ってゆく姿が見えたのである。


(え、何? たっくん、何しに来たの?)


 嫌な予感がする。

 晶姫は愛梨子に拓哉来訪を告げた。


「あ、何か拙くない?」


 愛梨子も危機感を募らせた表情を返してきた。

 ふたりは大急ぎで、教室に戻ることにした。

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