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39.偽装彼氏

 刃兵衛に手を握られたまま、晶姫はひとり頭の中で盛大にパニクっていた。


(え? なんで? どっからそんな話が出てくるの?)


 晶姫は大きく見開いた目で、何度も何度も瞼を瞬かせていた。

 目の前の小柄な少年は、僕に任せろと白い歯を見せてワイルドに笑いながらドヤ顔をキメている。

 しかも彼が語ったのは晶姫が全く想像だにしていなかった奇想天外なストーリーだった。

 これから刃兵衛は晶姫の恋人役を演じ、拓哉に嫉妬心を盛大に湧き起こさせると宣言していた。


(いやいやいや、ちょっと待ってって……アタシ、たっくんとはもう本気で別れたから!)


 が、刃兵衛のデキる男感満載の笑顔を見ていると、とてもそんなことは口が裂けてもいえない。

 それにしても、何という逞しい想像力だ。よくぞここまで独自の理論を築き上げることが出来たものだ――などと考えていた晶姫だが、ここではっと気づいた。

 そういえば、先日刃兵衛と一緒に見たオリジナルドラマに、似た様な展開があった。

 もしかすると彼は、そこから着想を得て、彼の頭の中でそんなホロ苦ラブストーリーを創造してしまったのだろうか。

 いやしかし、このコミュ障ならやりかねない。ひとと接するのは下手な癖に、こういう変なところでの想像力が人一倍強いというのが、ここ数週間彼と接してきて何となく分かってきたことだった。


(あれ? でも、ちょっと待ってよ)


 と、ここで晶姫はふと、思考の矛先を変えた。

 刃兵衛が例え勘違いで恋人役を演ずると決めたとしても、だ。明日からは公に、堂々と刃兵衛と一緒にいちゃいちゃ出来るということになるのではないか。

 刃兵衛は晶姫を助ける為の任務だとして、恋人役を全力で演じてみせるという。

 それならば晶姫はそこに乗っかって、本当に心からいちゃいちゃしてやれば、周囲はどういう反応を示すだろうか。


(え、イケるじゃん……これって、周りにアタシと笠貫が付き合ってるってことを、めちゃアピール出来るじゃん! 既成事実イケるじゃん!)


 例え刃兵衛の勘違いでも何でも良い。

 周囲がふたりを本物のカップルだと思い込んでくれれば、刃兵衛が晶姫の本当の気持ちに気付いたとしても、困ることは無い筈だ。

 後は晶姫が、刃兵衛の気持ちを自分に振り向かせれば良いだけの話である。

 が、これが最も難しい。

 刃兵衛の心は既に一度、離れてしまっている。

 今回も、飽くまで恋人役という立ち位置で晶姫の望みを聞き入れてくれた以上、そう簡単に晶姫の本当の気持ちを彼に気付かせるのは困難を極めるだろう。

 だがそれでも、晶姫は希望を抱いた。

 どんな形でも良いから、チャンスがあるのなら、そこに賭けたい。

 或いは刃兵衛は、晶姫と拓哉が既に別れていることを知った時には騙されたと憤慨するかも知れない。しかしそれでも構わない。

 怒るよりも、事実を知って安心してくれる様な、そんな状況に持っていければ万事OKだ。

 その為には徹底して刃兵衛に尽くして、彼の心を引き寄せ、自分に惚れさせなければならない。思っている以上に茨の道かも知れないが、それはもう覚悟の上だ。

 晶姫は、もう後ろを振り向かないことにした。


「お願いね、笠貫。アタシ、アンタに一杯、期待してるから」

「任せて下さい、美樹永さん」


 刃兵衛は騙されているとも知らず、物凄くやる気満々だった。何となく後ろめたい気分の晶姫だったが、もうこの際、手段など選んでいられない。

 要は最終的に、刃兵衛が晶姫に惚れてくれさえすれば、それで良いのだから。


「あ、ところでさ……呼び方、どうしよっか」

「呼び方ですか?」


 晶姫は、折角恋人同士になるんだから、呼び方ぐらい変えておこうと提案した。

 刃兵衛も、それは確かにその通りだと頷き返した。


「じゃあさ……アタシはこれから、刃兵衛ってそのまま呼ばせて貰うね」

「僕は勿論……晶姫姉さん一択ですよ」


 この時一瞬晶姫は、物凄く微妙な顔つきになった。

 何故、晶姫姉さん一択なのか。そもそも刃兵衛とは同じ学年である。姉さん呼ばわりされる覚えが無い。

 というか、このままでは先輩女芸人みたいな呼ばれ方になる。それは余り嬉しくない。


「あのさ刃兵衛……もうちょっと、こう、ちゃんとした恋人同士みたいに呼べないかな?」

「ちゃんとした恋人の基準が、僕には分からんのですけど」


 途方に暮れた様に情けない顔を見せた刃兵衛。

 中学三年間のぼっち生活経験が、こんなところで威力を発揮することになろうとは彼にも予想出来なかったのだろう。

 ならばここは、晶姫が考えてやるしかないか。


「もう、そのまんま晶姫で良いよ。アタシだって刃兵衛って呼ぶんだから」

「いやいや、そういう訳にはいきませんて、ボス」


 今度は、ボスときた。

 そういえば最初の頃は女帝陛下と呼ばれていた様な気がする。コミュ障って、呼び方ひとつ決めるのにもここまで苦労するものだっけ――晶姫は軽い眩暈を感じた。


「もう良いからさ……呼び捨てがキツいんなら、晶姫さんでも晶姫ちゃんでも良いじゃん……」

「ほんなら晶姫さん。シャス! 晶姫さん! シャス!」


 急にヤクザの舎弟みたいな態度を取り始めた刃兵衛。

 こりゃ駄目だと思わず天井を仰いだ晶姫だったが、しかしその頬には、嬉しくて堪らないという微かな笑みが浮かんでいる。

 オトコは恋人役のつもりだが、オンナは本気の恋人。

 奇妙な偽装彼氏誕生の瞬間だった。

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