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35.決着をつけた女

 私立N高校に入学後としては初めてとなる定期考査、即ち一年生の一学期中間テストが漸く終わった。

 教室内の生徒達は解放感に身を任せ、今からどこかへ遊びに行こうと口々に誘い合う者が大半だったが、しかし晶姫の心は未だ、緊張の糸がほぐれていない。

 彼女は今ここからが勝負だとばかりに、後席で帰り支度を整え始めた刃兵衛へとその美貌を振り向かせた。


「笠貫……あのさ、今日の夜、時間貰えないかな?」

「駄目です」


 相変わらず刃兵衛の態度はにべも無い。彼は徹底して、彼氏持ちとして半ば公認となっている晶姫とは距離を取ろうとし続けていた。

 しかし今回ばかりは晶姫も引き下がるつもりは無かった。彼女は刃兵衛が手に取ろうとした鞄に自らの上体を覆い被せ、まだ帰らせないとの意思表示を見せた。


「あの、やめてくれません?」

「やめない……笠貫がアタシの話をちゃんと聞いてくれるまでは、絶対にやめたりしないから」


 この時、教室内のそこかしこから奇異の視線が次々と飛んできた。

 しかし晶姫はクラスメイトらからの注目など全く意に介さず、ひたすら刃兵衛だけに意識を集中させた。

 と、そこへ愛梨子も歩を寄せてきた。彼女もまた刃兵衛をこのまま帰すまいと、通せんぼの形で彼と教室出入口の間を塞ぐ位置を取った。

 刃兵衛はあからさまに迷惑そうな顔つきで、ふたりの美少女を交互に見遣った。


「あのぅ、だから困るんですよ……僕が彼氏持ちのスクールカースト最上位美女のおふたりに、横恋慕してるみたいに思われるじゃないですか」


 この時刃兵衛は、廊下に佇むふたつの影に視線を向けた。啓太郎と拓哉が、お互いに距離を取った位置で室内を凝視している。彼らの目は晶姫と愛梨子それぞれに向けられていた。

 晶姫も拓哉が一緒に帰ろうという意図を持って、廊下に佇んでいることを理解している。が、今日ばかりは拓哉ではなく、刃兵衛に対してだけ気持ちを向ける必要があった。

 晶姫自身そうすべきだと思ったし、何よりそうしたかった。晶姫が自らの心で、刃兵衛と話がしたかった。

 すると刃兵衛は、ゆっくりと拳を持ち上げた。今にも、晶姫に向かって必殺の一撃を叩き込もうという構えだった。

 その時だ。

 見かねたらしい拓哉が勢い込んで駆け寄ってきて、刃兵衛の拳を両手で掴んだ。


「な、何するんだ! あっちゃんを殴ろうだなんて、絶対許さないからな!」


 教室内が大いにざわついた。

 ぼっちのクソ野郎刃兵衛が、学内トップクラスの美少女に暴力を振るおうとしている。それを、彼女の恋人である拓哉がすんでのところで何とか守り抜いた――そんな構図がこの場で出来上がってしまっていた。

 晶姫は、しまったと喉の奥で唸った。

 これではますます、刃兵衛と自分の距離が大きく引き離されるばかりではないか。

 恐らく刃兵衛は本気で晶姫を殴るつもりなど無かったのだろう。これは恐らく、晶姫と拓哉がカップルであることを知らしめる為のアピール、狂言に過ぎないのではないか。

 そして拓哉はまんまと刃兵衛の策に引っかかり、まるで彼氏然とした態度で晶姫を守った。

 これだけ印象的な光景を突きつければ、もう誰が何をいってもふたりのカップルとしての信憑性が揺らぐことは無いだろう。

 晶姫は呆然と、刃兵衛の無表情な面を見上げた。愛梨子も何もいえず、ただその場に立ち尽くすのみだ。

 その間に刃兵衛は通学鞄を取り戻し、拓哉の手を邪険に振り払って教室を飛び出していった。


「あっちゃん、大丈夫?」


 心配そうに覗き込んでくる拓哉に、晶姫は唇を噛んだ。

 またしても、失敗してしまった。

 一体何が足りなかったのだろう。何をどうすれば、刃兵衛に自身の声を聞いて貰えるのだろう。

 逆に拓哉は、周囲から囃し立てる声にすっかり照れた様子で、恥ずかしそうに頭を掻いている。

 この時晶姫は、咄嗟に理解した。


(そうだ……アタシも全然、覚悟が足りてなかった……!)


 刃兵衛は鋼の精神で、晶姫と愛梨子の為に自らの心を抑えようとしている。

 しかるに晶姫は、どうか。刃兵衛の為に己の全てを投げ打つ覚悟は出来ているのか。刃兵衛だけでなく、拓哉にも嫌われたくない――そんな八方美人な発想で、煮え切らない態度を取り続けているのではないのか。

 だから、こんな中途半端な結果に終わる。

 晶姫は漸く、己が今何をすべきかを理解した。


「ねぇ、たっくん……ちょっと良いかな」

「え? あ、うん……どうしたの?」


 尚も浮かれ気味な笑顔で晶姫に振り向いた拓哉。

 晶姫は、腹を括った。もう、こうするしかないと覚悟を決めた。


「ちょっと……付き合って貰える?」


 いうが早いか、晶姫は拓哉を連れて校舎裏へと足を急がせた。

 拓哉はそんな晶姫の勢いに驚いたのか、ただ目を白黒させながら晶姫に手を引かれて、何もいわずに校舎裏へと連れ込まれていった。


「ねぇたっくん……今からいうこと、これ全部、本当のことだから」


 そして晶姫は、全てを語った。

 自分が処女ではないこと。最初の彼氏に全てを捧げていたこと。更に、その恋人と別れた後は色んな男をセックスフレンドに抱えていた時期があったこと。

 本当なら、こんな話は初恋の相手にはしたくなかった。だがそれでは、刃兵衛の心を取り戻すことは出来ないと確信した。

 だから拓哉に全てを語り、彼の反応を待つことにした。拓哉は周囲の噂にすっかり気を良くして、晶姫の彼氏であると思われていることに浮かれている様子だった。

 その拓哉に真実を告げて、彼の気持ちを確かめる必要がある。そうでなければ、刃兵衛との仲をはっきりさせることが出来ない。

 ところが、そんな晶姫の決意を嘲笑うかの様に、拓哉は驚愕し、次いで僅かに嫌悪感を匂わせる感情を漂わせ始めた。


「そんな……あっちゃん、どうして、そんな……そんな汚らしいことを……」


 その瞬間、晶姫の心は決まった。

 全てに決着がついた瞬間だった。

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