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3.お洒落カフェでの攻防

 晶姫に手を引かれて近くのカフェに向かう道中、刃兵衛はスマートフォンを取り出して飲んだくれている筈の兄、厳輔と連絡を取った。


「おぉ? 何やぁ? エラい手間取っとるなぁ? 何ぞあったんか?」


 別段機嫌を悪くしてる様子も無く、厳輔はいつもの調子で問いかけてきた。

 刃兵衛はコンビニでの一連の出来事を手短に説明し、今はクラスメイトの女子に連れられて近場のカフェに移動している最中だと告げた。


「あぁそっか。まぁ気ぃつけて行ってこいな」


 そこで通話は途切れた。

 厳輔は全く心配する素振りも見せなかった。それもそうだろう。我天月心流の使い手が少々の事故に巻き込まれた程度で命を落とす筈も無い。

 そういう意味では、厳輔の呑気な対応はいつも通りだといって良い。


「っていうか、笠貫ってさぁ、大阪かどっかの生まれだったりすんの?」

「え……あぁ、はい。中学校まで大阪に居ました」


 刃兵衛は地元の関西弁を使う相手は、厳輔だけにとどめる様にしていた。東京で下手に関西弁を使えば、ガラの悪いチンピラだと思われる様な気がしたからだ。

 ただでさえ、暴力的な力を身につけてしまっているのだ。これ以上悪い噂を流されない為にも、危険な要素は徹底して排除すべきだろう。

 しかしそれさえも、目の前の恐怖の女帝には簡単に見抜かれてしまった。

 もう本当に、全てがおしまいだ。これからの三年間、彼女は刃兵衛のありとあらゆる物事を徹底的に支配し、彼を奴隷の様に扱うことは明白である。

 一体誰が、こんな人生にしたのか。

 いや、分かっている。全部自分が悪いのだ。我天月心流を軽率にひと前で披露してしまった己に、全ての責任があるのだ。

 である以上、最早弁解は不可能だ。

 このまま、闇色に染まる高校生活を甘んじて受け入れるしかない。

 そんな悶々とした思いを抱えながら手を引かれること、数分。

 いつの間にか、小洒落たカフェの前に到着していた。


「ここってさ、結構遅くまでやってんだよね……アタシのお気に入りの隠れ家なんだ」


 いいながら晶姫は味のある木製ドアを開き、慣れた様子で奥のテーブルへと刃兵衛の手を引いていった。

 席に就くなり、晶姫は立てかけてあったメニューを広げて、ここのケーキが最高に美味いだの何だのとよく分からない蘊蓄を並べてくる。

 その間、刃兵衛はどうやってこの場を切り抜けるかだけを必死に考えていた。

 ウェイトレスがふたり分のお冷をトレイに乗せてきて、あら晶姫ちゃん久し振り、などと気軽に声を交わしている。

 そうか――この店も、グルか。ならばここは全てがアウェーだと考えた方が良い。

 味方は居ない。頼みの綱である兄、厳輔はマンションで缶ビールをかっ喰らっている。

 今こそ最強にして国内無双といわれるハッカーとしての呼び声が高い厳輔の手を借りたかったが、この場は刃兵衛ひとりの力で切り抜けなければならない様だ。


(集中や……集中するんや! このお姉さんにも絶対、何か弱点がある筈や! つけ入る隙を見つけて、一気呵成に逆転まで持っていくんや!)


 だらだらと変な脂汗を流しながら、しかし刃兵衛は努めて何食わぬ調子を装いつつ、無難にオレンジジュースを注文した。

 それにしても、目の前の美女はさっきまであんなに怖がっていたのに、今はもうケロっとしている。

 刃物を喉元に突きつけられて精神的にも参っている筈だ。普通なら警察に保護され、その足で自宅に戻っても良さそうなものなのに、どうして今、刃兵衛とふたりで夜のお洒落なカフェなんぞに繰り出しているのか。

 やっぱり彼女は、恐怖と絶望を司る女帝なのか。

 刃兵衛は己の認識の不足を、今改めて思い知る格好だった。

 この悪魔の様な女は、きっと色々な修羅場を潜り抜けてきたに違いない。だからこそ、今こうして平然と目の前に座っていることが出来るのだ。

 そんなことを考えながら相手の出方を伺っていると、先程のウェイトレスがやってきて、オレンジジュースとアイスティーを置いて去っていった。

 刃兵衛は、ここで下手に守勢に廻っては先手を打たれると察し、自ら攻勢に出る腹を固めた。


「あの……美樹永さん」

「うん、何?」


 頬杖を突いて、何故かうっとりした笑みを浮かべながらじぃっとこちらを見つめてくる美貌のクラスメイト。その柔らかなライトブラウンのウェーブヘアから、シャンプーだか香水だかの心地良い香りが漂ってくる。

 大抵の男は、晶姫のこの仕草と匂いに一発KOされてしまうのだろうが、刃兵衛は違った。

 この悪魔の様な女は、乗り越えるべき障害なのだ。こんなところで手玉に取られてなるものか。


「えぇと……お幾らお支払いすれば、宜しいでしょうか」

「え? あ、良いよ別に。ここはアタシの奢り。笠貫の好きなやつ、頼んで良いからさ」


 どうやら晶姫は、何か勘違いしている。刃兵衛が訊いているのは、そんなことではない。

 或いは、敢えてとぼけた振りを見せて刃兵衛の出方を伺っているのだろうか。

 いや、きっとそうに違いない。

 何て悪辣で、恐ろしい女なのか。もしかするとこの美少女は、刃兵衛が想像していたよりも遥かに恐ろしい手練れのネゴシエーターなのかも知れない。

 ここは余程に気合を入れて臨む必要があるだろう。

 刃兵衛は腹を固めた。


「えっと、ここで飲み食いした分は僕が自分で払うんで結構です。そんなことより、僕は美樹永さんに幾らお支払いしたら、黙ってて下さるんですか?」


 そう、ここは口止め料を交渉する場に違いない。

 そうでなければ、彼女程の美女が、スクールカースト最上位の支配者が、刃兵衛なんかを誘って、たったふたりでお茶するなどあり得ない。

 今、彼女は刃兵衛に無言のプレッシャーを与えながら様子を伺っているのだろう。その射抜く様な観察眼で刃兵衛の弱気な部分を見出そうとしている筈だ。

 が、その手には乗らない。

 寧ろこちらが相手の狙いを的中してみせて、油断と隙を招くのだ。

 追い詰められ、窮地に陥った今の刃兵衛が活路を見出すとすれば、もうそれしか無かった。

 ところが――。


「え? 何の話?」


 晶姫はものの見事に、すっとぼけてきた。

 何という恐ろしい手合いだろう。ここまで完璧に何も知らぬ存ぜぬを演じ切るとは、最早只者ではない。

 刃兵衛は心の底から、恐怖した。

 美樹永晶姫という絶世の美少女は、その面の裏に怜悧な刃物の如き心理戦の極意をしたためていた。


(あかん……僕、このお姉さんには勝てへんかも知れん……)


 再び刃兵衛の心に絶望の芽が湧いた。

 本当に、ここで全てが終わってしまうのか。

 もう人目も何も忘れて、わんわんと声を上げて号泣したい気分だった。

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