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24.絵師テロ

 遠足を翌日に控えた木曜日の朝。

 登校した愛梨子は昨晩どうしても分からなかった数学の宿題を教えて貰おうと、通学鞄を提げたまま刃兵衛席へと急行した。


「お師匠、これこれ。ここが分かんなくて」

「あれ? これ昨晩教えませんでしたっけ?」


 訝しげに眉根を寄せる刃兵衛だったが、愛梨子は数学の教科書とノートを当たり前の様に刃兵衛席上に広げながら、てへぺろで軽く誤魔化した。

 刃兵衛は二度手間だ何だとぶつぶつ文句をいいながら、それでも何だかんだで詳しく解説してくれた。


「あ……そーゆーことだったんだ。あー、なーるほどー」

「いやだから、それ昨晩も五回ぐらい説明しましたよね?」


 昨晩刃兵衛は愛梨子の求めに応じてSNSの通話アプリ機能を駆使し、わざわざビデオ通話をONにしてまで細々と解説してくれたのだが、結局愛梨子が漫画を読みながら話半分で聞いていた為、大して理解出来ていなかったのである。

 勿論その様に横着な真似をしていたなどとは、刃兵衛には口が裂けてもいえないのだが。


「リコってさー、普通にしてればキリっとしてるクールビューティーなのに、そーゆーとこ、ちょっと抜けてるよねー」


 こちらは既に宿題を仕上げてきたからなのか、余裕の表情でふふんと笑いながら胸を反らせている晶姫。

 ところがそこへ、愛梨子や晶姫と普段から仲良くしているふたりの女子生徒が、実は同じところが分からなかったと恥ずかしそうに頭を掻きながら、教科書とノートを抱えながら近づいてきた。


「あれ? アンナとミニーも分かんなかったんだ?」


 そのふたり、今藤杏奈(いまふじあんな)(愛称アンナ)と小倉美音子(おぐらみねこ)(愛称ミニー)は揃って両手で拝む仕草を見せながら、ぺこぺこと頭を下げている。


「御免、笠貫君! マジで助けて!」

「購買のオレンジジュース、今度奢ったげるからさぁ~」


 愛梨子も晶姫も、他の女子だったなら刃兵衛を取られまいと必死にガードしたかも知れないが、杏奈と美音子ならば助けて貰っても全然OKだという意識があり、彼女達の為にも頼み込んでやった。


「お師匠、ほら、新しい友達増やす機会じゃない?」

「オレンジジュースの為なら僕も吝かじゃあないですよ」


 などと、結局杏奈と美音子にも解説してやった刃兵衛。

 ふたりが刃兵衛の教えの通りに宿題の回答に取り掛かると、暇を持て余していた晶姫が、そういえばと思い出した様子で刃兵衛の横顔を覗き込んだ。


「笠貫さ、絵、めっちゃ上手いじゃん。だったらさ、ちょっと描いて欲しいモンがあんだけど」


 晶姫はいきなり、数学担当の吉中教諭の似顔絵をリクエストした。


「ほら、吉中ってさ、誰か当てる時にめっちゃ渋~い顔、してんじゃん。あれ、描いてよ」

「吉中先生ですか。まぁ何度も見て知ってるから、描き易いっちゃあ描き易いですけど」


 などといいながら、刃兵衛は適当なノートを広げて、シャーペンの先をすらすらと走らせてゆく。すると、ものの数分としないうちに凄まじくリアルな吉中教諭が紙面上に現れた。

 それもただ似ているというだけではなく、授業中に生徒を当てる際の仕草とか表情とか、更にはチョークを持つ手の小指が微妙に立っているところまで実に事細かに再現されている。

 その余りに高過ぎる完成度に加えて、何ともいえぬシュールさが際立っており、これを見た晶姫はもう堪えられないと両掌で顔を覆ってしまった。そしてそのまま全身を小刻みに震わせ、声の出ない笑いを漏らしながらひぃひぃと喘ぎ始める始末。


「晶姫、完全にツボったね……」


 などといいながら愛梨子も何気なく、刃兵衛が描いた絵を覗き込んだ。

 その瞬間、愛梨子の喉の奥からも、


「ぶふっ」


 と、妙な笑い声が漏れてしまった。そしてそのまま膝から崩れ落ち、晶姫と同じ運命を辿った。


「く……く、苦し……ちょ……何、コレ……めっちゃ……似て、んだけど……」


 愛梨子も晶姫から、刃兵衛の絵の技術が相当に高いという話は聞いていたが、まさかここまでだったとは思いもよらなかった。

 更に犠牲者は、愛梨子と晶姫だけにとどまらなかった。


「笠貫君、出来たー」

「ありがとありがと。じゃあ約束通り、後でオレンジジュース……」


 杏奈と美音子も喜びながら顔を寄せてきたのだが、その時不用意にも、刃兵衛が描いた吉中教諭の似顔絵を目撃してしまった。

 その瞬間、ふたりも揃ってその場にへたり込み、腹筋を破壊された。


「ちょ、ちょっと……お、お師匠……これ、反則……」

「えー? そんなにおかしいですかー? 僕ちゃんと、いわれた通りに描いただけなのに」


 笑われている理由が今ひとつ分かっていないのか、刃兵衛はしかめっ面で自作の絵をじぃっと見つめている。その姿も更にシュール過ぎて、四人の女子はもう立ち直れなかった。


◆ ◇ ◆


 そして、その後に始まった一時間目。

 これがよりにもよって数学の授業。教壇には吉中教諭の姿が。


(う……も、もう駄目……!)


 愛梨子は先程の絵を思い出してしまい、笑いを堪えるのに必死だった。

 どうやら晶姫や杏奈、美音子も同様らしく、揃って顔を伏せて笑いを堪えようとしているらしい。

 吉中教諭は余りに不自然な四人の女子に、


「どうかしたのですか? 体調が悪いなら保健室に行って良いですよ」


 と気を遣ってくれたのだが、まさか似顔絵が可笑し過ぎて笑いを堪えていますなどとはいえず、愛梨子はただ必死に、大丈夫ですとかぶりを振るしかなかった。


(く、くそぉーーーーー! お師匠めーーーーーー!)


 愛梨子は心の内で猛然と吠えた。

 この後、彼女ら四人の間では刃兵衛は飯テロならぬ絵師テロと呼ばれる様になった。

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