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18.前門の愛梨子、後門の晶姫

 中津川愛梨子に呼び出しを喰らった時から、刃兵衛は嫌な予感しかしていなかった。


(あかんあかんあかん……あかんって。このひと、めっちゃ怖い)


 校舎裏の焼却炉前で、刃兵衛はじりじりと迫る愛梨子からのプレッシャーに耐え続けていた。

 彼女は長い黒髪が特徴的なクールビューティーで、クラス内の男子生徒のみならず、他のクラスや上級生からも注目を浴びている屈指の美少女だ。

 凛とした表情と、年齢不相応なグラマラス過ぎるボディラインは女子からも人気を博しており、晶姫とは真逆の所謂高嶺の花として、こちらもスクールカースト上は頂点に位置する人物だといって良い。

 そんな彼女が先程刃兵衛に声をかけてきた時、敢えてクラスメイトだったことを知らぬ体を装った。

 下手に関われば面倒なことになりかねないと直感したからだ。

 晶姫とは随分仲が良い様に見えたが、だからといって愛梨子が刃兵衛に友好的な存在であるかどうかは皆目不明である。

 もしかすると晶姫は、大の仲良しであろう愛梨子には我天月心流について何か喋っている可能性もある。

 人間、絶対に秘密を守り切るということは不可能だ。必ずどこかから漏れるものとして、その上で対応を重ねてゆく必要がある。

 これはハッカーとして天才的な技量を誇る兄の厳輔から、日頃口酸っぱくいわれていることでもあった。

 如何に晶姫が秘密を守るといっていても、本人の無意識のうちに何気なく口を滑らせる可能性は、常に潜んでいる。ましてや親友ともいえる存在に対してであれば、何かの拍子にぽろっと口走っていたとしても、然程におかしい話ではないだろう。

 その愛梨子が、わざわざ晶姫の居ないタイミングを見計らって接触を図ってきたということは、その時点でもう明らかにヤバい状況に陥っていると考えて良さそうだった。


(美樹永さんは自分の意思では喋らんって約束してくれはったけど、このひとは何かヤバそうや……これ絶対、口止め料取られるパターンや……!)


 致命傷となり得る人物は晶姫ただひとりと勝手に安心し切っていた、己の迂闊さを呪った。

 晶姫がそれなりの交友関係を築いている以上、いずれどこかから漏れる可能性があることを、もっと真剣に検討しておくべきだった。

 それなのに刃兵衛は馬鹿正直に、晶姫の言葉を信じてしまった。お人好しにも程がある。

 晶姫は決して、悪くない。

 拙いのは、最悪のケースを想定してリスクマネジメントをしっかり取っていなかった刃兵衛の方だ。間違い無く、己に非がある。

 である以上、この場を切り抜けるにしても、それは刃兵衛自身の力に依るべきであろう。

 とはいえ、これといった策がすぐに思い浮かばない。

 ここはもう、アレだ。全面降伏して何とか情状酌量の余地を勝ち取るしかない。

 そう思った次の瞬間には、刃兵衛はその場に這いつくばって土下座スタイルに突入していた。


「こ、こここここの通りで御座いますぅ! 出せるものは全部出しますので、ここはどうか、どうか平にご容赦をば賜りたくぅ!」

「えっ? えっ、えっ、えっ? な、何事? 何でいきなり土下座してんの?」


 愛梨子は慌てた様子で、しきりに周囲の視線を警戒している。この現場を目撃されたら拙い、とでもいわんばかりの様子だ。

 しかし刃兵衛はひたすらに頭を下げ続けた。

 絶対的な強者を前にした時、弱者はひたすら相手のお情けにすがるしかない。そのセオリーに従い、刃兵衛は何とかしてこの場を切り抜けようと必死になっていた。


「中津川さんのご意向ならばこの笠貫、指の一本や二本、今すぐにでも詰めて御覧に入れます故、何卒、なにとぞぉ!」

「いや、だから! 何でそういう話になんのよ!」


 愛梨子は動揺している様にも見えたが、きっとこれも刃兵衛を試す為の演技に過ぎない筈だ。彼女はきっと腹の底で、


「ふふふふふ……逃がしはせんぞ小僧」


 などと悪鬼の如き嘲笑を垂れ流しているに違いない。

 そんな怪物に対しては、兎に角慈悲を乞うしか無かった。それ以外の策は全て悪手だ。下手な考えは捨てた方が良い。

 刃兵衛はひたすら誠心誠意、頭を下げ続けるしかない。それが今、彼に許された、たったひとつの道だ。

 ところが――。


「あれー? リコと笠貫、んなとこで何やってんの?」


 まさかの晶姫登場。


(うわ……拙い!)


 刃兵衛は今にも死にそうな表情でがばっと顔を上げ、にこにこと機嫌良さそうに近づいてくる晶姫の美貌に、絶望の視線を送った。

 きっと晶姫は刃兵衛との約束などあっさり反故にして、愛梨子との友情を取る。そして愛梨子が、


「やっぱこいつから口止め料取ろーぜー」


 と囁きかけようものなら、その一瞬で晶姫は再び刃兵衛の脅威と化すだろう。

 そんな最悪のタイミングで、彼女は現れてしまったのだ。

 もう絶体絶命だ。


「ってか笠貫、アンタまた土下座やってんの? めっちゃうウケるぅ~」


 晶姫が腹を抱えて笑い出した。

 しかし刃兵衛にしてみれば、笑いごとでは済まない。人生を賭けた、一世一代の勝負をかけているのだ。

 ここで対応を誤れば、中学時代の地獄と同じ展開が繰り返されることになる。

 それだけは、何としてでも阻止しなければならない。


「なななな中津川さんと美樹永さんに於かれましては、この笠貫刃兵衛の穏便なる高校生活を送りたいというささやかな希望を是非とも汲んで頂きたく、何卒、なにとぞ寛大な御心でお見逃し願いたく」

「だからさ笠貫、アタシはもう絶対にアンタを守ってあげるって、こなだもいったじゃん。ってか何? この状況……全然ピンと来てないんだけど」

「や……御免、晶姫。ちょっと笠貫君に、どうしても訊きたいことがあってさ……」


 愛梨子は凄まじくバツの悪そうな顔で頭を掻いた。

 その美貌には、諦めの色が浮かんでいる様に見えた。

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