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オルディリの終末者  作者: 西田トモセ
血塗れの蜂は躊躇わない
8/12

遺物の爪痕 一

 

 大破した時に爆発したのだろうか。大扉の向こうは、爆炎を喰らったように荒れていた。

 プレートがひしゃげ内側の配線類が見えている壁。焼けて黒くなった床や天井。割れて飛び散っているガラス片。半端に開いたまま沈黙している横スライドの扉――――恐らくこの船が死んだ時のままであろう船内の有様を、生きている照明が煌々と照らしている光景はなんだか奇妙だった。

 等間隔に並ぶ照明に照らされ昼のように明るい廊下を、イェトが静かに歩き出す。瓦礫などで荒れてはいるものの、死体の類は無さそうに見えたことに安堵しながら、ネイサンはイェトに続いた。


「旧型の軍用艦だから戦時廃船で間違いないだろうけど……どこの船なんだろう」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、傍らにそう語り掛ける。旧型軍用艦そのものも写真でしか見たことがないし、廃墟化しているものに至っては情報自体がないに等しい。幽霊船に怯える肝の小ささはあるものの、船そのものには興味津々なネイサンは、イェトが共にいるからか今は好奇心の方が上回っていた。


「調べろって言われてるし、とりあえず探索するよ」


 近くに人が通れそうな程度には空いている扉を見つけ、イェトがそう言ってネイサンを振り返る。扉の向こうは照明がついていないのか真っ暗で、先ほどまで主張の強かった好奇心が肝に押されるのを感じつつもネイサンは「うん」と頷いた。

 明るい廊下から暗い一室へ足を踏み入れる。数秒待って闇に慣れてきた目が捉えたのは、会議室のような風景だった。

 長方形の机の両脇に、半球体型の椅子が並んでいる。廊下から想像したのよりもずっと広かった室内の奥の方からは、不定期に点滅する薄暗い光がぼんやりと辺りを照らしていた。どうやら、壁面プロジェクター機能がオンになっているらしい。


「なにかわかるかな?」


 ネイサンはそう言って、一番奥の壁に映し出されたノイズ混じりの映像を見上げた。ブロックノイズや点滅が酷くてよくわからないが、そこには何やら文章が映し出されている。


「読めない」

「見づらいもんね。えーっと……」


 少し見上げてすぐ音を上げてしまったイェトに代わり、目を細めてじっと見つめる。残念ながら、切れ途切れにしか読めない所為で文章の内容は把握できなかったが、ひとつわかったことがあった。


「……これ、リヴェルト語じゃなくてテオラス語だ」


 ロアセル星系の政治的中心地・首星リヴェルティスから始まり、世界共通語として広まったリヴェルト語はこの世界のあらゆる場所で見ることができる。今イェトとネイサンが話しているのだってリヴェルト語だ。しかしこの映像に映っていたのは、そのリヴェルト語に似て非なる言語だった。


「テオラス?」

「センティエナにあるヒューメニアンの国のひとつだよ」

「センティエナ……ああ、リヴェルティスの双子星ね」


 惑星センティエナはロアセル星系で最も恵まれた環境と言われる首星リヴェルティスから見て、恒星ロアセルを挟んで真反対に位置する星だ。恒星との位置関係が似ているからかその自然環境もよく似ており、このふたつは遠く離れた星同士でありながら俗に『双子星』と呼ばれていた。


「あと……」

「あと?」

「……いや、なんでもない」


 テオラスについて補足を入れようとして、思いとどまる。テオラスは、ネイサンの故郷カルボアの隣国でもあった。しかしその情報は、イェトにもこの船にも関係はないだろう。

 ゆるゆる首を横に振ったネイサンをイェトは横目で見たが、深追いする気はないのか視線を正面のノイズだらけの映像に戻した。


「テオラスのものってことなら、やっぱりこの船はLASの連盟軍艦か」

「そっか、テオラスはLAS側だったから……でも、よくわかったね」

「右上、見づらいけどLASのロゴがある。それに、この船は全体的にLASの船とよく似てるから」

「見たことあるの?」


 話を戻したイェトの言葉に驚き、ネイサンは傍らを見下ろした。LAS――星際平和連盟とは、三十年前に終わった世界大戦の中心にいた勢力のひとつで、当時のロアセル星系全体を統括していた星際(せいさい)組織だ。終戦後、新しく作られた全ロアセル人道共和連合にその機能を吸収され完全解体された過去の組織である。

 ネイサンは学校で学んだ関係でLASの船を知識としては知っているが、細かい外観や内装までは把握していない。宇宙船に詳しくないはずのイェトが知っている様子なのが、単純に不思議だった。


「何回か乗ったことあるから。LASの船」

「え?」


 三十年前に無くなった組織の船に、十歳前後にしか見えないイェトが乗ったことがある?

 その奇想天外な発言に、ネイサンはますます瞬きをした。

 バロールと既に十年来の付き合いだという発言だけで終わらず、そんなことまで言い出すなんて。映画でたまに見る、子どものまま何十年も生きたりする創作亜人種でもあるまいし――――そこで不意に、ネイサンの脳裏でとある声が響く。


 ――――彼らはね、成人の儀をこなさない限りずっと子どものままなんだ。


 己がハッと息を飲んだ音を、ネイサンは確かに聞いた。


「……イェト?」

「なに?」


 己の名を呼ばれ素直に振り向いた金色の瞳を見る。その光を見て、なぜ今まで自分は忘れていたのかと、己の鈍さに恥ずかしくなった。

 ――――彼女に初めて会った時、思ったじゃないか。『世界のどの宝石よりも美しい瞳』。それを持つのは――


「――イェトって……オルディリ、なの?」


 ほとんど囁きに近いような、かすれ気味のネイサンの声に、イェトは一度瞬きをした。


「そうだよ」

「……ほ、ほんとうに……?」


 あまりに淡々とした肯定に、返す言葉が震えているのが自分でわかる。そんなネイサンに、イェトは「嘘吐く理由ある?」と逆に訝しそうにした。


「……い、居たんだ。オルディリって、本当に……」


 そう納得すると同時に、勝手に体から力が抜ける。その場にへなへなと座り込んでしまったネイサンに、イェトがますます首を傾けた。


「ネイサン?」

「……あ、いや、ごめん。なんか驚きとかいろいろで、今ちょっとぐちゃぐちゃで……」


 目の前に、『本物』がいる。その事実が受け止めきれなくて、ネイサンは頭を抱えた。


「遙か昔、この世界を支配した古の一族、オルディリ……」


 己の混乱を収めるため、ネイサンは半ば無意識にそう声に出して呟いた。

 オルディリというものは、ネイサンにとってずっと中途半端な存在だった。その名を初めて知ったのは、今より遙か前の幼少期。父の語る宇宙冒険譚の中に出てきたのが最初だ。


 この世界はかつて、ひとつの種族に支配され纏まっていた。その名はオルディリ。彼らは人類(ヒューメニアン)より遙かに長い寿命と、美しい金の瞳、そして優れた技術を持つ人々だった。その超高度な文明と手腕で長く世界を支配したオルディリは、しかしながらどうしてか、1000年前に絶滅してしまった――――


 父の語るオルディリの話は多くは無かったが、高度な文明と力を持ちこの世界をひとつに纏め上げた一族がなぜか跡形もなく滅んでしまった、という謎と儚さが印象的でよく覚えていた。とても不思議な存在で、でもその実在を疑ったことはなかった。

 問題が起きたのは、ネイサンにオルディリを語った父が亡くなり、成長したネイサンが学校に行き始めてからだ。

 一般教養としての星系史、専門分野に進んでから興味で取っていた言語学、航宙士としての勉強の傍ら世界をもっと知ろうと学んでいた現代人類学――――そのすべてに『オルディリ』は出てこなかった。父が語ってくれた話は幻想だったのではないかと思うほど、影も形もなかった。友人や教師、果ては専門の学者にすらその名を知る者はおらず、ネイサンが最も信頼していた研究者には「どれほど過去に遡っても『金色の瞳』を持つ種族なんて存在しない」とまで言われてしまった。誰もかれもその存在を知らず、ネイサンの父は嘘吐きのように扱われた。


「でも……本当だった」


 万感の思いで、ネイサンは顔をあげた。話に付いていけてないだろうイェトは、しかし特に気にする様子もなくただ黙ってこちらを見ている。静かにネイサンを見るその金色は、ただ真っすぐに光っていた。

 ――――父さんは、嘘吐きなんかじゃなかった。

 その確信がこれほどまでに自分を喜ばせるのか、と驚くくらい、ネイサンは今、安堵と喜びに満ちていた。『金の瞳』は存在した。嘘などではなかったのだ。


「イェト」

「なに?」

「……ありがとう」


 そう言うと、イェトは首を傾げた。


「私なにもしてないけど」

「それはそうなんだけど。でも……うん、お礼言わせて」


 自分でも変なことを言っている自覚はある。だがそれでも、感謝したかった。

 父の言葉を疑われる度に、ネイサン自身の中にも持ちたくもない疑念が積もっていた。父さんはオルディリは存在したと言っていた。でもどこにも、オルディリの実在を示すものがない。父を信じたいのに、信じられない――――その複雑で苦しい気持ちを、イェトは晴らしてくれたのだから。


「……まあ、お前がそれでいいならいいけど」


 イェトは怪訝そうにしたまま、それでも特に拒否はせずそう頷いた。


「でも、よくオルディリを知ってたね。……私にそれを聞いて来たのは、お前で二人目だ」

「そうなの?」


 二人目、というのが多いのか少ないのか、ネイサンにはわからなかった。イェトはもう何十年も生きているのだろうから、その間に自分のように指摘した人間がゼロというのは考えにくい。しかし一方で、専門家を名乗る者ですら誰も知らなかったことを踏まえると、少なすぎるということもないのかも知れない。


「その人はどんな人? やっぱり歴史とか詳しいの?」

「さあ? ただ、親戚に伝説を聞かされてた、とだけ言ってた」

「伝説?」

「オルディリの創世神話みたいなものだって」


 イェトは「詳しくは忘れたけど」と前置きしつつ、記憶を掘り起こすように首を傾けた。


「始祖の民オルディリはある人物によってひとつの纏まった集団となった。その人物……初代族長の名がイェト――――私と一緒なんだってさ」


 だから、名前で私をオルディリと思ったって。

 イェトは、どこか遠くを見る目をしてそう言った。


「初代族長と同じ名前かぁ。すごいものをもらったんだね、イェト」


 名前の継承は歴史があって初めて成り立つ。時の流れの証を前に、ネイサンはアカデミックな高揚感を感じていた。


「……別に、すごくないよ」

「……?」


 対するイェトの答えは、いつも通り淡々と、いやそれ以上の温度の無さを感じさせるものだった。まるで、そのことに一切の興味がないと敢えて主張するかのように。


「――――……そ、それにしても!」


 無表情のイェトの横顔がどこか、今までで一番の冷たさをはらんでるような気がして、ネイサンは慌てて話題を変えた。


「オルディリが糸を出せるなんて知らなかった! ほら、倉庫で戦った時に出してたやつ! 現人類とは違う機能があるんだね」


 言いながら、失敗したかも知れない、と内心で思った。話題転換をしたかったのに、結局オルディリの話をしている。己の機転の利かなさに落ち込むネイサンに、イェトはやはり淡々と、しかし先ほどのような冷たさのない声で答えた。ネイサンを振り返るその表情は、だんだん見慣れてきたいつもの無表情だ。


「オルディリは関係ないよ」

「え?」

「あれはただ単に、私が蜘蛛と融合しちゃったから出せるだけ」

「……はい?」


 思いもよらない――イェトと会話していると定期的にこんな感じになっている気がするが――言葉に、ネイサンの目が点になった。蜘蛛と融合? なぜ? どうやって?

 頭の中が疑問符で埋まるネイサンを意に介さず、イェトは続ける。


「手足も四本ずつあるよ」

「……えーっと、冗談だよね?」


 あまりに当然のことのように言うので、ネイサンは恐る恐るそう尋ねた。イェトの顔があまりに変わらないので、本気なのか冗談なのか判断がつかない。困惑するネイサンにイェトは「お前の好きに考えたらいい」と言って、体の向きを変えた。


「そんなことより、探索の続き行くよ」


 話の続きをする気はないようで、イェトはそのまま歩き出す。同行者が動き出すのを待つ気も無さそうな彼女に「ま、待って!」と声をあげながら、ネイサンは小さな背の後を追った。



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