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オルディリの終末者  作者: 西田トモセ
血塗れの蜂は躊躇わない
11/12

終わりの旅路、始まり-①



「オルディリ、かぁ……」


 イェトに言われるがまま一足先に船に戻ったネイサンは、コックピットの椅子にその身を沈めてぼんやりと呟いた。イェトは廃船の残りの場所を軽く見て戻るということで、今はここにいない。

 出発の準備をしておこうと思ったが、船はエンジンを入れればすぐ動く状態だ。やることは大してなかった。故にネイサンはこうして、のんびりしているのである。イェトの意図は正直よくわからなかったが、気分を落ち着けるという意味でも、これはありがたかった。


「……本当にいたんだなぁ」


 金の瞳を持つ古の一族。父の他にその名を知る者はなく、実在すら怪しかったものをこの目で見て、喋っている現実にネイサンはしみじみとした気持ちになった。やはり世界は広い。自分の周りの誰もが知らなかったとしても、それが非存在の証明にはなるわけではないのだ。

 ネイサンはぼんやりと天井を見上げた。天面まであるフロントガラス越しに、廃船の発着口の向こうで輝く数多の星が見える。ネイサンは幼い頃から、あの星々に憧れてきた。大きくなったら父のように宇宙を飛び回り、目に見えるすべての星を訪れて、どんなものがあるのかを見るのだと思っていた。もちろん、現実にはそれは不可能だ。すべての星を巡るなんてネイサンの一生をかけても時間が足らないだろうし、そもそも現在の人類の航行技術では到達できない星だってある。幼い頃の夢は飽くまで、現実を知らない子どもの夢物語ではあったけれど、それでも宇宙を飛び回って星々を見るという夢は持ち続けた。それが、ネイサンの原動力だった。


「……戻りたくないな」


 自身が座る椅子の肘掛を撫で、ぽつんと呟く。自分の船ではないし、コックピットに座ること自体が一年ぶり。だがここにこうして座っていることは、これ以上なく我が身に馴染むことだった。

 これから向かう先はわかっている。『黒い星』スフィリス――ネイサンが囚われ、夢を断たれた星だ。

 そこに行かなくてはならないことはわかっている。イェトを乗せ、スフィリスまでこの船で戻るのがネイサンに課された仕事だ。そのことは十分に理解しているし、今更イェトを裏切ってひとりで逃げようという気分にももうなれない。

 イェトにとってネイサンは、多分大した存在ではないだろう。何度となく命を助けられたが助けたことに大きな意味はないのだろうし、そもそも今日ネイサンが被った理不尽はほぼイェトが原因とも言える。それでも、ネイサンが今こうして船を触れているのは彼女のお陰だし、父が語っていた憧れの一族の末裔である人を、最後の最後で裏切りたくはなかった。


「――ネイサン」

「うわぁっ!?」


 不意にかけられた声に、ネイサンの肩が文字通り跳ねた。心臓がドクドク脈打つのを感じながら振り返ると、怪訝そうな表情でイェトがこちらを見ている。


「……なに?」

「い、いや、ごめん。ぼーっとしてただけ! 用は終わった?」

「終わった」


 イェトはそう言って、行きと同じようにネイサンの隣の椅子に座った。残りの探索を済ませる間もずっとそのままだったようで、その白い顔には乾いて黒っぽくなった返り血が残っている。ネイサンの脳裏に、あの圧倒的で容赦のかけらもない光景が蘇った。


「……ねぇ、イェト」

「なに?」

「イェトってなんで、あんなに強いの?」

「……なんでそんなこと聞くの?」


 イェトはネイサンの問いに、そう問い返してきた。いつも通りの、無表情の金の瞳が貫いてくる。その真っすぐな光に、ネイサンは思わず目を逸らしてしまった。


「……正直、羨ましいなって」


 ネイサンは血も、暴力も苦手だ。だが実を言うと、あの強さを見て少し、ほんの少し羨ましくなった。イェトのような力があれば――――いや、彼女そのままじゃなくてもいい。彼女の力の10分の1でもあれば、自分は自由なままでいられたのではないか。自分のことも、一緒に乗っていた乗客仲間たちのことも守れたのではないか、と。そう、夢想してしまう自分がいる。


「あんなに強かったら、どこででも自由でいられるだろうから……」

「たとえ」


 それはいつも通りの淡々とした声のようで、妙に強い響きで耳朶を打った。思わず彼女に目線を戻すと、今度は逆にイェトの方が他所を向き、遠くを見ている。その横顔はいつも通りの無表情のようでいて、どこかぞっとするような冷たさを孕んでいた。


「――たとえ、1000人の命を奪う力があっても、自由でいられるとは限らない」

「……え?」


 戸惑うネイサンを他所に、イェトは静かに続ける。


「人を殺す力を持っていても、自由でいられるかは別の話。どんなに強い敵を倒せても、それとこれはあんまり関係ないよ」


 一番重要なのは、と、イェトはネイサンを振り返った。その顔に浮かんでいるのはもう、いつも通りの淡々とした無表情だ。


「一番重要なのは、抗う意志があるかどうか、なんじゃない」

「……抗う、意志……」

「誰かを倒す力なんて、抗う手段のひとつに過ぎない。それも、抗うために使ってなければ、意味も無い」


 戦い方は、人それぞれだよ。

 イェトはネイサンを真っすぐ見ながら、そう言った。自分の話をしているわけではなかったのに、まるで自分の現状に対して言われているような気分になる。抗う意志を持て。それが一番、今を打開する力になる、と――――


「――――あと、私の力は作り物だから」

「え?」

「あんまり羨ましく思わない方がいいよ」


 不意にネイサンの疑問に答える気になったようで、イェトはそう言って椅子に沈み込んだ。その目は伏せられ、ほとんど閉じるつもりでいることがわかる。


「出発して」


 フードすら下げ、ほとんど三角座り状態で体を丸め寝に入るようなその様は、もう彼女に会話する気が無いことを如実に語っていた。それを見て、少し悩んだのちにネイサンは頷く。


「……うん、わかった。行くね」


 疑問は解決したとは言えないし、迷いがなくなったわけでもない。スフィリスに戻りたくない気持ちはまだあるし、自分の現状を変えるためにはどうしたらいいのか、具体的なことはまだ不明だ。だが、イェトをスフィリスに帰さないという選択肢を取る気もネイサンにはなかったし、彼女に言われたことについて少し静かに考えたかった。


 ――――一度、ゆっくり考えよう。諦めなければ希望はあるはず。


 死にさえしなければ、きっといつか道は見つかる。イェトの言う通り、抗う意志さえあれば、きっと。

 彼女の言葉で胸に僅かに火が灯ったことを感じながら、ネイサンはスフィリスに戻るべく船を発進させた。



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