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オルディリの終末者  作者: 西田トモセ
血塗れの蜂は躊躇わない
10/12

遺物の爪痕 三

 

「ガァッ!」

「――!」


 不意打ちで飛び出したにも関わらず、その化け物は図体に見合わぬ速度でイェトに反応した。振り向きざまに襲ってくる丸太の如き腕を避け、その足元に着地して落ちていた銃を拾う。間髪入れず振り下ろされる追撃を躱し、イェトは化け物に銃を向け躊躇うことなく引き金を引いた。


 ガガガガガガッ!


 近距離から放たれたマシンガンの弾が化け物の胴体に命中する。しかし全弾打ち切っても、敵は少し動きを止めただけでダメージを喰らった様子は無かった。しゅうしゅう、とその身が弾痕で焦げるのもそのままに、敵はイェトを見ておもむろに首を傾け――刹那、その手でイェトの首を狙った。


「――っと」


 後ろに跳びながら顎を逸らし、その一撃を回避する。硬く鋭いものが首元を通る感触がしたがそれは紙一重の差で彼女の肌には当たらず、着ていたマントの留め具を切り裂いた。

 ブチっという音の後、ぼろ切れのような汚れた布が宙を舞う。それを気に留めず敵から距離を取ったイェトは、二本の足と()()()()で静かに着地した。


「やっぱ、銃は効かないか」


 銃撃が効かないなら、残るは打撃と斬撃。恐らく血を流させる斬撃が一番有効だろう。

 イェトは二本の腕を床について姿勢を下げながら、もう二本の腕で腰に差していた二本の短剣を抜いた。マントの下に秘匿されていた二本の腕と剣――――それが、彼女の武器だった。

 イェトの雰囲気が変わったことに気付いたのか、化け物が唸りながらじりじりと動く。肌を刺す戦いの空気に己が身を巡る血が反応するのを感じながら、イェトはその金の瞳を細め息を吸い、吐いた。


「――、」


 一瞬のひと呼吸の後、化け物に向かって走り出す。同時に動き出した敵と接触する前に跳びあがり、空を切る腕の上に空いた手をついて側転しながらイェトはその硬い皮膚に剣を突き立て切り裂いた。


「ガゥアアッ!!」


 吠える敵の後ろに着地し振り向きざまにもう一斬り。どれほど硬い皮膚であろうと、それが鋼鉄でもない限りやり方を知っていれば斬ることはできる。イェトは時折蹴り技も交えながら、敵にその刃を浴びせた。

 皮膚を裂き、肉を断ち、血を出させる。第三、第四の腕も使いながらイェトは舞うように敵の周りを跳び回り、二本の短剣で相手の肉体を切り刻んだ。


「グゥァァォオッ!」


 イェトの剣が敵の身を切り裂く度に血飛沫があがり、彼女を染める。しかし、その小柄な身が真っ赤に染め上げられてもなお、化け物の動きは微塵も鈍らず、ただイェトを捕まえ破壊することを望んでいた。


「――お前……」


 捕まれば一瞬で終わる破壊力の攻撃を紙一重で避ける中、血走った化け物の目と視線が合う。理性を失い破壊のみを求めるその血色の光を見て、イェトは確かな既視感を抱いた。


 ――――こいつ、『同じ』だ。


「グォァアアッ!!」

「――ふぅん、そう」


 大の男を噛み裂いた牙がイェトを襲う。しかし彼女はそれを避けることはせず、その顎が己の肩に喰らい付くのに構うことなく手に持つ二本の剣をその喉奥に突き刺した。


「――グゥァッ!?」


 急所に深く届いた刃に敵が動きを止めた隙に、噛みつかれていることも気にせず剣を捻って傷をえぐる。そして突き立てられた牙にその肌が引き裂かれるのを甘んじて受けながら、イェトは力づくで己の腕を引き抜いた。


「ガッ、グッ、ゴボッ」


 化け物が、ふらつきながら剣を突きさされた喉元をかきむしる。血を吐き、必死に剣を抜こうとするそれの体の上で一度跳ねたイェトは、そのままの勢いで化け物の首を蹴りつけた。


 ――――バァンッ!


「ガッ……ゥ……!」


 化け物の巨体が吹っ飛び、廊下の壁にぶつかる。一拍の間を置き、それは事切れて崩れ落ちた。






 ――――なんて、圧倒的な『力』。

 ネイサンはただ、そう思うことしかできなかった。

 敵は完全にその命を停止させたようで、もうピクリとも動かない。自分も何倍もの大きさの相手を、イェトはあっさり倒してしまった。

 隠し持っていた剣、そして彼女の言っていた通りの『四本の腕』。その戦いぶりは驚きの連続だったが、何より印象的だったのはその飛び回るような動きと返り血も厭わない容赦のなさだった。

 戦いが終わりシンと静まり返る中で、イェトは無表情に敵だったものを見下ろしている。その、血で赤く染まりながらただ立つ様を見て、ネイサンの脳裏に不意に彼女の異名が思い浮かんだ。



 蜂のように軽やかに、容赦ない攻撃で敵を殺す血染めの殺し屋――――


 ――――血塗れの蜂(ブラッディ・ビー)が、そこにいた。













「――終わったよ」

「っわぁ!?」


 その戦いに圧倒されていたネイサンは、イェトにそう声を掛けられたことでようやく我に返った。


「う、腕! 大丈夫!? 手当てしないと……!」


 身体も顔も真っ赤なイェトに、慌ててそう問いかける。今彼女が血だらけな理由は、何も返り血だけなわけではない。あまりにも大胆に、敵の牙を甘んじて受けた彼女の身が心配だった。


「要らない。もう治った」

「そんなわけないでしょ!」

「本当。ほら」


 裂かれたはずの二の腕の血を手で拭って、イェトがそれを見せてくる。赤の下から姿を現したのは傷ひとつない白い肌で、ネイサンはその光景に目を見開いた。


「え……!?」

「治ってるでしょ」


 驚愕でぽかんとしているネイサンにいつも通り淡々と言い、イェトは離れた所に落ちていた自分のマントを取った。


「ほ、本当に大丈夫なの……?」

「大丈夫だから言ってる」


 取り合う気は無いようで、イェトは振り返ることもなくそう返してくる。未だに信じられないネイサンの前で拾ったマントを着直すと、彼女は袖でその顔の血を拭った。


「怪我してもすぐ治る体質なの。だからいちいち騒ぐな」

「……わ、わかった」


 少し面倒臭そうな声音で言われたそれに、ネイサンは無理やり頷くことにした。すぐ治るとしても無茶は良くないのでは、とは思うが、これ以上突っ込んだことを言うのもあまり賢明ではないだろう。


「敵、まだいるかな……? こいつみたいなやつ」


 気を取り直し、周囲を見ながらそう問いかけてみる。一体でもヤバそうだったのに、二体も三体も出て来られたら大変だ。ネイサンのその問いに対し、イェトは「さあ」と関心無さそうに言った。


「あれだけ騒いで出てこないなら、いないんじゃない」


 言いながら死体の傍へ寄り、躊躇いなく敵の口に手を突っ込んで喉に差した自分の剣を引き抜く。


「……やっぱり潰れた」


 ぐちゃ、と嫌な音を響かせて抜かれた剣の刃を見てイェトはそう呟くと、手に持ったものをその場にぽいと放り投げた。


「え、捨てるの!?」

「使えなくなった武器なんか、持ってても仕方ない」

「いや、それはそうかも知れないけど……」


 自分が使っていたものを使い捨てのように扱う様に驚くが、イェトは一切のこだわりがない様子だった。戦う人間は自分の武器を大事にするイメージがあったが、イェトは違うらしい。

 もしかして、潰れる度に新しいものを買っているのだろうか、と考えて、それがイェトの懐事情が潤っていない理由のひとつなのでは、とネイサンは思った。賞金稼ぎというものがどれくらい稼げるものなのかはよくわからないが、イェトの様子を見る限りそこまで稼げているようでも無さそうだ。


「あいつ気が付いた?」


 ネイサンが変な邪推を巡らせている間に、イェトは元々隠れていたコンテナの陰を覗き込んだ。そしてそこで倒れ伏したままの犬顔の男を見て、面倒そうな声を出す。


「……まだか」

「その人、殺した訳じゃなかったんだ……」

「聞きたいことあったし、生け捕りにして連れて帰る予定だったから」

「聞きたいこと?」

()()がなんでいるのか」


 イェトが、くい、と倒れ伏した化け物だったものを顎で示す。それを見てネイサンは、犬男が何か知っていそうな様子だったことを思い出した。


「そういえば……アレ、この人と同じ服だったよね? あと、さっき見つけた死体も……。もしかして、宙賊の内輪揉め?」

「だろうね」

「でも、なんであんな化け物が……」


 ここで起きたことが内輪揉めであるとしても、なぜあの化け物がいるのか――――あるいは、生まれたのか。その疑問に首を傾げたネイサンは、ふと目に入った箱に動きを止めた。

 コンテナの陰に隠されるようにして、木箱が置いてある。その表面には『K』を示しているらしき飾り文字が刻まれていた。


「ねえ、イェト。あれ何かな?」


 己の見つけたものを指さして尋ねる。振り向いたイェトはそれを見て、一瞬沈黙したあとその箱に近づいた。ネイサンもそれに続き、彼女の後ろ側から箱を覗き込む。

 木箱は既に開けられていて、中身が少し見えている。イェトがその中に手を突っ込み取り出したのは、緑色の小瓶だった。引っ張り出された衝撃で、入れられた液体が揺れるのが見える。


「……小さな瓶に入った、水薬……」


 ――――飲んだだけで強くなれる、便利な代物だよ。


 倉庫で聞いた、サ=イクの男の声が蘇る。

 飲むだけで強くなれる、便利で、恐ろしい薬。ネイサンは、イェトが戦ったあの化け物が、男が言っていた『中毒者』によく似ていたことに気が付いた。


「ねえ、これってもしかして……」

「……カッリァヴァーレ。これか」


 イェトも同じことを思ったようで、手に取った瓶を掲げながらそう確かめるように呟く。目を細めて薬を見るその様が、ネイサンには少し、睨んでいるように見えた。


「倉庫のあいつが言ってた通り、ってところかな。こいつらは、この薬をスフィリスで売りさばこうとして――自分でその封を開けてしまった」


 イェトはそう言って、今なお気絶している犬顔の男を見下ろした。


「売り物なら開けちゃダメなんじゃ……」

「手軽に強くなれる代物を、悪党が手を出さずに我慢できると思う?」

「……確かに」


 自分で言っておいてなんだが、まったくその通りだ。思わず深く頷いてしまったネイサンを他所に、イェトは手に持っていた瓶をマントの下に仕舞った。


「持って帰るの?」

「証人だけじゃなく、実物もあった方が話が早いでしょ」


 あの犬顔の男と一緒にバロールに引き渡す、ということか。そこでやっとネイサンは、この船に来たのはバロールの仕事の為であることを思い出した。


「じゃあもうそろそろ……――うっ」


 帰る時間か、と思い出口を向いたところで、ネイサンは思わず呻いた。この部屋のすぐ外に、先ほどの戦闘の残骸が転がっていることを忘れていた。血だまりの中にある凄惨な死体を直視してしまい、反射的に口元を覆う。さっきまでは神経が高ぶっていたのか平気だったが、落ち着いた状態で改めて見るとやはり怯んでしまう光景だった。


「……お前、ああいうの苦手なの?」


 死体とネイサンを交互に見たイェトが、首を傾けてそう問いかけてきた。ネイサンよりも遙かに太い神経をしているらしい彼女は、あの光景を見てもけろっとしている。まあ、自分で作り上げたのだから、ある種当たり前なのだろうが。


「まあ……得意とは言えないね」


 得意と言えないどころか大の苦手だが、だからと言っていつまでもここにいるわけにもいかない。というか、いたくない。

 腹を括る以外に道はない、と覚悟を決め、できるだけ直視しないようにしながら足を踏み出す。そんなネイサンを見ていたイェトは、そこで「じゃあ」と彼に声をかけた。


「先に戻ってな」

「へ?」


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