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オルディリの終末者  作者: 西田トモセ
血塗れの蜂は躊躇わない
1/12

紅の望みを託されしモノ


其は天と地を支配せしもの

星々の主

生命の統治者


響かせる音はすべてを酔わせ

煌めく金色は叛意を溶かす


其は誇り高き始祖の民

大地と雨に連なるもの


あまねくすべての(かみ)となる

黄金の人と呼ばれしものなり



(『遙か果ての栄光より』)

 

「――本当に、良いのか?」


 出立の準備をする者達が周囲を行き交う中、輝く金の瞳を持った少年がそう言った。その目の前には、子どもがうずくまったら入れそうな大きさの長方形のカプセルがふたつ並んでいる。


「この凍眠カプセルの解除手順は複雑だ。我らがここで行ってしまう方が良いように思うが……」

「いいえ、お気になさらず。手順は正確に記録してありますし、何よりこの子たちは生まれたばかりの時に凍結されたのでしょう? その状態の赤ん坊にカプセル無しの宇宙航行をさせて、重大な影響を受けてはいけませんから」


 少年の隣に立つ男は、そう言ってカプセルを見下ろした。上部に作られた窓から、しわくちゃで不細工な赤子の顔が見える。生まれたばかりの子どもはイメージほど可愛くないというのは、奴らも変わらないのだな、と男は思った。


「そうか。……では、どうかよろしく頼む」


 男が考えていることなど露知らず、少年は男に向かって頭を下げた。


「この双子は我らの最後の望み、最後の希望だ。これを守る為に我らの多くが血を流した。くれぐれも扱いは慎重に、そして必ずや我らの悲願を達成せしめる英雄となるよう……」

「もちろんですとも」


 少年の言葉が言い切られるよりほんの少し早く、男はそう頷いて応えた。その顔には、見本のような笑顔が浮かんでいる。


「これは契約。この赤子を託されるに値する成果を、我々はお約束いたします。無論、一朝一夕にいくことではありませんから、お時間はいただきますが」

「構わぬ。そちらにとっての長き時など、我らにとっては瞬きの間よ」


 男とは対照的な、いかめしい表情で言う少年の言葉に満足げに頷き、男は「では」と切り出した。


「我々はこれにて」

「ああ。……そちらの計画とやらが成就することを祈っている」


 鷹揚に言う少年に慇懃に礼をし、男はカプセルを伴って去っていった。










「本当に赤ん坊だ! こうやって見ると、僕らと変わんないなぁ」


 医療室に並べられた凍眠カプセルを覗き込み、その青年は人好きのする笑みを浮かべた。


「可愛いねぇ。どんな子に育つんだろう」

「……きみ、そんなに子ども好きだったか?」


 にこにこと笑って言う青年に、このカプセルを運び込んだ張本人の男は少し呆れたように首を傾げた。青年とはそれなりの付き合いになるが、この赤子を見てこうも機嫌が良くなるとは思わなかった。そもそも今彼が見ているのは、赤子が赤子らしくふっくらとした姿になる前の段階だ。可愛いとは言い難い。


「もちろん! 子どもは可愛いし、未来の希望だからね」


 しかし男の感想とは裏腹な表情で青年はそう頷き、赤子に触れられるわけでもないのにカプセルの天窓をつんつんとつついた。


「この子たちに名前はあるの?」

「男はカッラ、女はイェトだそうだ」

「へぇ~、不思議な響き。由来とかあるのかな?」

「雨たるカッラと、大地たるイェトとかいう奴から取った、と言っていたな。奴らにとって伝説の英雄らしい」

「かっこいい! やっぱりそういう伝承が彼らにもあるんだね」


 男の答えに青年は感心したように言うと、並べられたカプセルの間に立ち、ふたりの赤子の顔を交互に見た。


「雨と大地かぁ。どちらも、生命の誕生に不可欠なものだ。いい名前をもらったんだね」


 血の繋がった我が子でも見ているのかと言いたくなるような、慈愛に満ちた笑みをカプセルの中で眠るものに向ける青年に、男は密かに小さなため息を吐いた。純朴で、善性の塊のような彼のこういう側面は、常ならば男としても好感を抱くものだが――――やはり、少しお人好しが過ぎる。


「くだらない話は終いだ。我々には可及的速やかに本星へ帰る義務がある。そろそろ仕事を開始してくれ。――ホーキンス一等航宙士殿」


 男の言葉にホーキンスと呼ばれた青年は「はーい」と素直な返事を返し、カプセルを覗き込んでいた身を起こした。


「それじゃあ、船旅楽しんでね、ふたりとも」


 まるで起きている幼児に話しかけるかのようにそう言ってカプセルに手を振り、ホーキンスはご機嫌な調子のまま医療室を出ていく。そんな彼に男は再びため息を吐き、己も体の向きを変えた。――やはり彼は、お人好しが過ぎる。目的のため託されただけの『物』を、人間のように扱う必要などないのに。


「……」


 部屋を出る間際、ふと男は足を止めてカプセルを振り返った。そこには、生まれた瞬間のまま凍結された赤子がふたり、何も知らずに眠っている。


「……生命の誕生、か」


 雨と大地。水と土。命を生み、育む源。

 男は冷たい目でそれを見下ろし、そして鼻で笑った。


「――――皮肉だな」



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