発生
場末の酒場だった。
少ない照明に照らされている店内は暗い。
照明は暗いが、断じて高級な酒場という訳では無い。
ただ単に照明の数が少ないだけで、高級な店の様に各テーブルに洒落た燭台にローソクが立てられてる訳では無い。
店内には数席のテーブルが設置されている。
店の佇まいとは裏腹にその数席のテーブルは客で埋まっていた。
客層は様々、照明こそ暗いが店内の雰囲気は陰気という訳でもなく、ガハハと陽気そうな笑い声がそこかしらから聞こえて来る。
その中で1人の青年が木製のジョッキを手に取りそれを口に運んでいた。
そばに置いてあった料理を素手でつまみ口に入れると一瞬ウッという顔になった後、急いで酒でそれを流し込んだ。
どうやらかなり刺激的な味をした料理だった様だ。
「からっ」
辛味が口の中に広がり食べられた物じゃ無い。
元来俺は辛い物はあまり得意では無い。
苦手だ。
「はぁ〜」
ある程度通ってるんだから、客商売なんだろーに、つまみの味位、顔覚えて客の好みで出して欲しい物だが、こんな酒場でそれを期待するのも酷というものか。
「・・・・ふぅ」
辛いで度肝を抜かれてしまったが、酒自体は味気ない。旨くも無く、不味くも無く。
喉の渇きと憂さ晴らしの為に飲む酒はあまり味を感じなかった。
もっとも今日の酒はただ酔う為の酒、味は二の次でいい。
「もったいないけど」
もうこの料理は食べられないし、特にこの赤いカスみたいなのはもう勘弁だ。
手に持っていた匙でその赤いカスを退けながらチビチビと定期的にジョッキを口に運びながら店内を見回す。
清潔とは言えない店内、床には食べカスがそのまま捨てられている、ただ、その状況を不潔と感じる人間がこの中にはいないというのが不思議な所だ。
もっともそれが普通だというのに、どうも昔からこの光景には慣れない。
そんな俺が変なんだと昔誰かに言われた気がする。
「ハッ」
知るか!
である。
握り締めたジョッキをドンッとテーブルに置く。
それにこの匂い!
ゴミの匂い!
他の客の匂い!
しみったれた油の匂い!
そして何より一番我慢ならないのが自分自身の匂いというのがもうどうしようも無い。
仕方がないと諦めるしかない。
ゴクリと喉が鳴る。
安酒を飲めるのが町ではここを含めてあと2軒位しか無いのだ。
他はもう客で一杯だったから、どうしてもここになる。
まあいい方だ、相席が当たり前の状況で今日は1人で飲めてるんだから。
「・・・・。」
このテーブルも。
すーっとテーブルの表面をなぞると、ささくれだった木の棘が掌に刺さるようだ。
「・・・・・はぁ」
手に持ったジョッキの中で揺れる酒をいくら飲んでも酔える気がしない。
実際に酒には強いし、この酒もアルコールというより度数が低いのでジュースを飲んでいる感覚だった。
そういえば、度数、アルコール、ジュース、俺の記憶にある言葉はたまに他人に理解されない。
酒は酒だろっと一笑されて終わるのだが、ガキの頃聞いたんだろうか?
ガキの頃?
そんな訳はない。
親にも妙な顔をされ始めた頃から意味のわからん様々な言葉を口に出すのをを意識的に避けるようにしてきた位なんだから。
嫌・・・意味自体は理解してるんだよな、不思議な事に。
「・・・・うむ。」
考えたってしょうがないよな。
この歳になるまで別に深く考えた事なんて無かったしな。
それにしても・・・あと2回か。
「・・・・はは」
自分自身を嘲り笑う。
嫌嫌々・・・・マジかよ!!
心なしか背筋が寒い、酒の味も感じなくなってきた。
「からっ!!」
これの味は健在らしい。
赤いカスをポイっと皿に戻す。
・・・・。
握り締めた匙が折れ曲がりそうになり、チリっチリと鈍い音がする。
「・・・・・ふぅ。」
焦りとイラつきのせいで弁償代なんぞは出したくない。
酒を口に入れそのまま口を真一文字に結びテーブルを凝視する。
「・・・・・んふぅ〜」
そりゃ鼻息も荒くもなる。
後2回、25になる迄に残された試験の回数が後2回なのだ。
冒険者昇級試験。
目指せ銀級!
事情により俺が冒険者稼業を始めたのが2年前、23の頃、灰級、鉄級、銅級とトントン拍子で昇級してきた。
単純な武力、戦闘力が評価される階級だから当然といえば当然の事だ。
自惚れにも聞こえるかもしれないが、それなりの実力はあるつもりではある。
だが、
「残念だったな」
いつからか、何度もそう言葉をかけられる様になった。
残念?
何が?
銀級。
試験内容だけでいえばそう難しい物では無い、銀級と言えば上から数えて4番目、金剛、白銀、金、銀、それなりの戦闘力が求められるがそれは問題ない。
筆記試験もあるにはあるが、一般常識を理解していれば問題なかった。
では問題は?
ああ、コミュ力では無い。
・・・確かに人付き合いは苦手ではある。
銀級からは1人ではこなせないような依頼も増えてくるだろう。
その時に特定の仲間を持たない俺は即席でのパーティーでの戦闘を求められる。
だが、それは相手も同じなのだ、相当頭がパッパラな奴じゃ無い限り、お互い気遣いながらそこは適当にこなせるだけのコミュ力は持ち合わせていると思う。
だが、1回目の昇級試験の際、俺はそのパッパラを引いてしまったのだ、自分1人で何とでもなる試験内容だったが、そいつのせいで実技試験をパスする事ができなかった。
今思えば、あれだけのパッパラ、ギルドの仕込みだった可能性が無い訳ではない。
あんな人間が本当に日常生活をおくっているのか疑問に思う程だった。
悪い意味で傑物だぞあれは。
あれの振る舞いを思い出すだけで胃が痛くなる。
仮にあれが円滑にパーティの役割を回す事が出来るのかを見る為の裏試験だったと言われても驚かない程だ。
・・・ああ、本当に酷かった。
最終的にパッパラの暴走自滅のせいで試験が終了した。
・・・・・あいつのあの様を見てパーティの仲間全員がほくそ笑んでいたのを思い出した。
俺も同じ表情をしていたと思う。
銀級昇級試験って意外と難易度高いのか?
「んな訳ないか」
2回目は天災だ。
試験の日、前日からの大雨により発生した山崩れが近くの山で発生し、山村集落がそれに呑み込まれた。
当時、試験の時間迄ギルドで待機していた冒険者は皆、等級に関係なく救助や復興にかりだされたので当然、昇級試験は中止
になった。
他のギルド支部との兼ね合いで振替試験も行われなかった。
何でだよ!
兼ね合いって何だ?
その後も何やかんや、実力ではどうする事も出来ない事が重なり、試験に受かることが出来なかった。
運が無い。
もうこれは、異常と思わざるを得ないレベル。
呪いでも掛けられていると思う位だ。
後2回。
その2回のどちらかでパスしなければ、俺は一生銅級のままだ。
食うには困らない程度稼げているから問題は無いのだが冒険者という人生を選んだからには俺は目指さなければならないのだ、高みを。
これは誓いであり約束なのだ。
さてと
席を立つと立てかけてあった剣の鞘を手に取り腰の剣帯に差し込む。
腹はあまり満たされていなかったが酒のおかげで食欲はあまり無かった。
腹が空く様なら宿に帰る途中の屋台で串焼きでも買えばいい。
勘定をテーブルに少し多めに置いておく。
チップというやつだ。
「ここに置いておくよ」
「毎度あり!」
店の娘さんだろうか?
いつも化粧っ気の無い顔に笑みを浮かべて元気に気持ちのいい挨拶を返してくれる。
チップはこの為に払っているというのも過言では無い。
まぁ料理に関してはあれだが、彼女の笑顔には単純に元気を貰えた。
扉を開くと階段があるのを忘れそのまま足を踏み外してしまった。
「へ?」
ガクンと下半身が崩れ落ち3段程の高さを転げ落ちてしまった。
「つう」
音が大きかったのか店の中から彼女が出てくる。
「お客さん大丈夫ですか?」
「ああ、すまないね邪魔して」
不格好のまま手を振り、俺が立ち上がるのを確認すると彼女は苦笑しながらまた店に戻っていった。
不格好か、、はぁ。
ピコン
・・・?
何だ今の音は・・・。
頭に直接響く様な。
・・・珍しく酔っ払っているんだろうか?
不幸ポイントが一定ポイントまで貯まりました。
ポイントショップが開放されます。
ポイント・・・ショップだと?