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漁師の女と猟師になりたい男  作者: 雨月 そら
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漁師になりたい男

 一人の男が大きく使い古しのクタクタの黒いパンパンになったバックパックを背負って港へ歩いて来る。

 背が高いのだが猫背気味なので余程バックが重いのか、と勘違いしそうにもなる。

 この男の名前は、黒風矢渡(くろふしわたる)。真っ黒な髪にすらっとした手足、大型犬のような凛々しい顔つきでガタイも良いのこの一見物静かそうな男は、中学の時から手がつけられないほどにやんちゃであって、所謂不良という類の者だった。と言っても、髪を金髪に染めリーゼントにし、時代遅れのボンタン履いて改造バイクで仲間と走り回ってるくらいの、血の気がちょっと多い、口が悪く交通ルールを多少守らないくらいの悪。

 今時悪いといえば、薬中だの売人だの、オレオレ詐欺に手を染めてしまう若者が多い中、至ってそこは健全。

 田舎だからなのか、本人と仲間がズレてるのかはわからない。ただ言えるのは、皆で回し読みしていた週間漫画雑誌の不良漫画の影響をもろに受けて、その憧れからきているということだ。

 ただ渡は、その後また漫画から影響を受けて、ボクシングの道へと進む。喧嘩は強い方で、見込みがあると褒められて必死にやってきた。あとちょっとでプロで初勝利を飾れるという時だった。相手のパンチをもろに顔面にもらい、ノックダウン、意識不明になって病院。軽い脳震盪(のうしんとう)であったが、それよりもボクサーの引退にありがちな網膜剥離であることがそこで発覚した。本人も異変には気づいてらしいが、天然ゆえにそんなもんかなと思って異常とは感じていなかったらしい。このままでは続けるのは無理だろうという医者の診断に素直に従った渡は、結果らしい結果を残せないまま引退した。

 そこから不貞腐れてしまうかと思えば根がまっすぐなところがあり、入院中にテレビのベットで見ていた番組の、カジキマグロの一本釣りを見て漁師になろうと即決したのだ。兎に角単純な男である。

 切り替えが早いのが、渡のいいところでもあり、面倒なところでもある。


 そんな経緯を持って渡は名前の通り、まずは地元の埼玉から東京へと進出する。ただこの時、一本釣りに憧れていた渡は門前払いをくらう。

 東京がダメであれば、北へ進めば都会とは違い話を聞いてくれるかもしれないと思った渡は、電車に飛び乗る。

 幸い馬鹿がつくほとんどバイト魔で暇さえあればバイトとバイクである程度金は持っていて、ついでに保険には入っておきなさいとキツく母親に言われていたので入院保険や失業時に降りる保険に入ってたおかげで、資金の心配はなかった。

 ただ、猪突猛進な性格ゆえに、退院してボクサーをあっさり辞めて、母に聞きながらあらゆる手続きが済ますと家にある自分の衣類を高校の入学祝いに母親が買ってもらったバックにつめ、海外赴任中の父にこれまた高校の入学祝いと買ってもらった使い古しの財布と携帯をズボンのポッケに押し込むとすぐさま家を飛び出た。

 決めたらやり遂げるまでとことんやらないと気が済まないタチで、寝る暇惜しんで東京を駆けずり回っていたものだから、電車に乗った時には激しい眠りが襲ってきて爆睡してしまったのだ。

 それが普通の電車であればよかったが、すぐに遠くへ行きたいと新幹線に乗ってしまったが最後、目が覚めた時には福島だったというわけである。

 渡はこう見えて方向音痴で、仲間がいないとどこか山奥に迷子などよくあった。

 バイク人生だったこともあり、電車がどこへどういくかなんて全然知らないので、適当に話を流してとにかく早く遠く行けるチケットと駅員に迫って、困った駅員が最北端の切符を発行したのを買って乗ってしまったということである。幸い、東北方面の切符で途中下車だったわけだが、本人はよくわかっていない。


 「...あちゃー...ここどこだ?なんか降りた時に潮風の匂いがしたような気がしたから、匂いを辿ってきたけど...」


 方向音痴ではあるが、昔から犬並みの嗅覚を持っているのだ。


 「えーと...」


 周りをキョロキョロしてやっとその時、自分が港にいることに気づく。


 「おぉおおお!!港じゃん!!市場じゃん!!!テンション上がるー!!」


 猫背を伸ばすように、両手を上に大きく広げて馬鹿でかい声を張り上げる。これでもボクサーの時ほどではないものの筋トレは欠かさず、元々声がでかいのも合間って腹から声を出すとついつい声が大きくなるのである。


 「にーぢゃん、声がずねぇな...お?見ねえ顔だが、どっから来だんだ?」


 「うわぁぁぁ!!え?え?あ、あー...びっくりした!」


 「おらの方が、びっくりしたわ」


 「あー...すみません。急に話しかけられたから、驚いちゃって」


 「まぁ、おらは忍者がどよぐ言われるがんな。そだこどより、何しにこごへ来だんだ?」


 「あー...えーと...ぶっちゃければ、漁師になりたくてここまで来てしまったというか...」


 「漁師になりだぐで?市場さ来ても、もう漁師の奴らはもういねえぞ」


 「え!そんなんですか!!」


 カッパに長靴に大きすぎるジャンバーを着づらそうにしながら、背の低い皺皺のお爺さんは、なんだこいつと言わんばかりの呆れた顔で見ている。


 「(むね)さん、どうかしたの?」


 少し離れた建物の中から、同じくカッパに長靴にジャンバーを着た金髪が輝く女性が出てきた。渡は、その女性を見ると、その輝く金髪に目を奪われる。


 「んー...なんか変なやつがな」


 「あんた、何?市場はもう終わってるから、朝一見学ならまた別の日にしてくれる?手続きは、あっちの事務所にまだ事務処理の人いるから、行けば教えてくれるわ」


 「いやいや、怪しくはないし。ちゃんと、漁師になりたいって言ったし」


 「はぁ〜?何、言ってんの?漁師になりって、急に来てばっかじゃないの?」


 「な!人の夢をバカにするな!」


 「...はぁ...なんか、テレビの影響か...」


 女性は小さな声で吐き捨てて、苦虫を噛んだような顔を一瞬見せるが、小さくため息をつくと顔を真顔に戻す。


 「で、あんた、船に乗った経験は?」


 「あるよ!東京で、水上バスに乗った!」


 「はぁ?そういうんじゃなくて、漁業船みたいな船に乗って、そうね...海釣りとかはするの?」


 「...いや...やったことないし...海釣りって?」


 「はぁぁああ???あんた、海の上で釣りに出かけたこともないで、船酔いするかどうかもわかんないじゃない!漁師になりました、船酔いで仕事できませんなんて、話にならないんだけど!」


 「え?でもほら、テレビで見たカジキマグロの一本釣りは、海は穏やかだったしさぁ...」


 女性は話を聞くやいなや、頭を抱えて深いため息を漏らしてから、腕を組んで仁王立ちになると自分より大きな渡を軽く睨んで見上げる。


 「......バッカじゃないの?なんのテレビ見て影響されたか知らないけど、ここ福島。一本釣りなんかしてないの。だいたいここら辺は、家族や隣近所で組んで漁業してて、沿岸漁業って言って、ざっくり言えば海に仕掛けておいた網を朝早く船乗って引き上げて魚介類を取ってるの。朝早いから寝坊助じゃ務まらないし、体力がないと続けられないほどハードだし、海の上は暑い、寒いで、きつい、汚い、危険の3Kだけど都会育ちのお坊ちゃまに務まるって、自分で本当にそう思うわけ?」


 「3K??はよくわからないけど、きついとか汚いとか危険なんてへっちゃらだ!」


 「はぁ...話聞いてた?一本釣りなんてしてないから、帰れ、言ってるの!」


 「な!ここまで来て、逃げ出すなんて男が廃る!俺は、ここで漁師になる!」


 「人の話を聞け!!!」


 女性の大きな怒声が、静まり返った市場に響いた。

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