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『闇の魔剣士』の幸せな結婚  作者: 桜 祈理
8/10

8 闇の魔剣士は帰還する

「アリエル……」



 名前を呼ばれた気がして、ふと目が覚めた。


 ゆっくりと顔を上げると、うっすらと目を開けたレヴィン様の顔が、視界に入る。


「え? レヴィン様!?」

「うん……」


 握っていたレヴィン様の左手が、わずかな力で私の手を握り返した。


「レヴィン様! わかりますか? レヴィン様!!」

「……聞こえてる、から」


 ちょっとだけ眉尻を下げて苦笑したレヴィン様が、弱々しく口を開く。


「悪かった、な……」

「そんなこと……!」

「アリエル」

「……はい」

「愛してる」


 真剣な表情でそう言ったレヴィン様は、またすうっと眠ってしまった。




 意識が戻ったら、もう大丈夫と言われていた。


 でも意識が戻らなかったら、もうどうにもならないとも言われていた。




 私とリネット先生がレヴィン様とブライアン先生を見つけてから、すでに三日が経過していた。


 討伐部隊の人たちは、私たちがレヴィン様たちを見つけたことをすごく不思議がっていたけど、そんなことに構っていられないくらいには予断を許さない状況が続いた。


 何人もの神聖魔法士の人たちが、交代で二人の治療に当たってくれた。





 学園の生徒たちだって、春になれば魔法騎士として討伐部隊に所属するようになるわけだし、実践に耐えうる訓練をずっと続けてきた人たちである。


 それに、レヴィン様は「闇の魔剣士」の二つ名があるくらい、剣術に長けている。さらに闇魔法の使い手でもあるから、魔物に対しては有利に戦闘を進められるはずである。


 それなのにここまでの打撃を受けてしまったのは、魔物のスタンピードの規模が大きすぎたのと、厄介な毒を有する魔物が増えていたことが原因だった。



 みんなが散り散りになりながらも魔物と応戦する中で、咄嗟に友だちをかばったレヴィン様は毒を含んだ魔物の爪による攻撃を受けてしまったらしい。



 この毒、ほんとに性質(タチ)が悪かった。



 レヴィン様を探しに行く前に精霊王様が話していた通り、魔物の中に強い毒性を帯びた爪や牙を有するものが増えていたうえ、この毒が過去に類を見ないほど深刻な被害をもたらしていたという。


 解毒に時間がかかるだけでも厄介なのに強い毒が神経にまで作用し、完全に解毒しきる前に体の組織が毒に侵されて何らかの後遺症が残るケースがほとんどだったとか。



 ブライアン先生や、ショーンのお父上がそうだったように。




 だからレヴィン様も、もしかしたらこのまま、と思われていた。




 なんせ、「呪われた早死に侯爵家」、エレストール家の長男である。


 やっぱりそうだよねと、エレストールの男子だから仕方がないと、私の前では誰もそんな素振りは見せなくても、心の中ではみんなが当たり前のようにその死を受け入れたがっているのが嫌というほどわかった。



 私はここで、精霊王様の言葉の真の意味を、理解することになる。



 ――――人は、自らその思い込み通りの結末を、引き寄せてしまう――――



 長い時間をかけ、常識として人々の生活に深く根付いてしまった「思い込み」は、そう簡単に打ち破れるものではなかった。



 それでも。



 抗い切れない空気の中で、私は必死に祈った。祈り続け、そして信じた。



 大丈夫。レヴィン様は、帰ってくる。


 私の元に。必ず、帰ってくると。






*****






 それから、二カ月が経った。


 一命を取り留めたレヴィン様はしばらく魔物との戦闘地点に近い町で療養し、それから侯爵邸へと無事に帰還した。


 魔物の毒を受け、瀕死の重傷を負ったのだから何らかの後遺症は免れないだろうとみんなが思っていた。

 でも予想に反して後遺症の類いは一切残らず、今は侯爵邸で体を休めながらゆっくり過ごしている。




 本来であれば、もう卒業が間近の時期である。卒業式やら記念パーティーやらの準備で慌ただしいはずだったけど、今回のスタンピードの被害は大きく、怪我をした二年生が多数いたため卒業式は延期となっていた。




「リネット先生から、手紙が届きました」

「そうか。お元気なのか?」

「はい。ブライアン先生もだいぶ回復されて、先週から剣技の授業に復帰されたそうです」

「そうか」



 レヴィン様が、ソファにもたれながらほっとしたように微笑む。



 スタンピードのあったとき、たまたまレヴィン様とブライアン先生は近くにいたらしい。


 友だちをかばって魔物の攻撃を受けたレヴィン様を連れ、あそこまで一緒に逃げてくれたブライアン先生がいなかったら、レヴィン様はどうなっていたかわからない。



「先生には、感謝してもしきれないな」

「そうですね。でも、もう十分に恩は返したと思うんですよね」

「……リネット先生のことか?」

「はい」


 含み笑いで答えると、レヴィン様もくつくつと笑って「そうだな」とつぶやく。




 二人を見つけたあと、リネット先生はブライアン先生に治癒を施しながら一方的に思いの丈をぶちまけていたらしい。

 



「あなたは、勝手すぎます! 私の気持ちを弄んで……!」

「は? もてあそぶ、とは……」

「あんなふうに、思わせぶりな態度ばかり……! 気にするなと言われても、気になってしまうものでしょう!」

「はあ」

「どういうつもりだったのか、元気になったら、絶対にお聞きしますからね! 覚悟していてくださいね!」




 レヴィン様を助けるのに必死だった私はまったく気づいてなかったのだけど、リネット先生が泣きながら全力で治癒を施したおかげもあって、ブライアン先生は九死に一生を得た。


 その後、お互いの気持ちを確かめ合った二人は婚約をすっ飛ばしてすぐに結婚してしまった。


 そういうわけで、リネット先生はもうリネット・オラノールではなく、リネット・ギレノールなのである。



「結婚式は、夏頃を予定しているそうです。ぜひ来てほしいと書いてありました」

「それまでには、もう少し動けるようになってないとな」

「何言ってるんですか。もうすっかり全快してるくせに」



 ジト目で言うと、レヴィン様は楽しそうに頬を緩ませる。



「生きるか死ぬかの瀬戸際だったやつが、すぐにピンピンしてたらみんなに怪しまれるだろ」

「それは、そうなんですけど」



 瀕死の状態だったレヴィン様だけど、実は町で療養している頃にはほぼ全快に近いほど回復してしまっていた。


 それはもちろん、私の神聖魔法のおかげではなく、精霊たちと精霊王様のありがたい加護のおかげ。


 私の祈りに呼応するように精霊たちや精霊王様ができ得る限りの力を貸してくれたおかげで、レヴィン様は同じように療養している誰よりも早く全快してしまった。そう、例えばブライアン先生よりも早く。



 でも、それがバレるといろいろまずい。



 なので、レヴィン様は早々に療養していた町から侯爵邸に帰ってきて、そのあとも療養しているフリをしている。



 本当はまったくもって健康かつ元気そのもので、毎朝の鍛錬は欠かさないしご飯もたくさん食べるし、それから私を愛でることも忘れない。というか、もうほとんどずっと、愛でられている私。



「俺だって、しばらくはお前と二人だけでゆっくり過ごしたかったんだよ」


 と言いながら、レヴィン様は自分の太ももを軽く叩いて「ここ」と合図する。


「え」

「早くしろ」

「えー」


 ソファから立ち上がっておずおずとレヴィン様に近づくと、否応なしにぐいっと膝の上に乗せられてしまう。



 ち、近い……。



「レヴィン様、最近ちょっと、キャラ変してません?」

「なんだそれ」

「結婚してからレヴィン様が愛の暴走機関車になったのは重々承知してましたけど、怪我が治ったら暴走機関車から暴走特急になってませんか?」




 療養していた町にいた頃も、何かと私を呼びつけてはそばにいたがったレヴィン様。


 侯爵家に帰ってきたら、もう人目をはばかる必要もないとばかりにとにかく密着しようとするし、やたらとスキンシップの類いが多い。


 最近のお気に入りはこの「自分の膝の上に私を乗せて愛でる」ことらしく、事あるごとに私を膝に乗せようとする。


 そして私はといえば、今まで以上のレヴィン様の溺愛に、ちょっとだけ逃げ腰である。


 

「いつも思うんですけど、重くないですか? ていうか、ここじゃなくても話はできると思うんですけど」

「うるさいな。俺はもう、後悔したくないんだよ」



 レヴィン様は一瞬真面目な顔つきになって、それから私を支えていた腕の力をぎゅっと強めて抱きしめる。



「手が届くところにお前がいるのを実感したいんだよ。いちばん近くでお前の笑顔を見ていたいし、お前の声を聞きたいし、お前に触れていたい。悪いかよ」

「悪くは、ないですけど」



 これはもう、完全なるキャラ変である。



 正直、悪くはない。悪くはないけど、ちょっと、いやだいぶ、調子が狂う。




「まだしばらくは、ここでお前と二人だけの時間を過ごしてたいんだけどな」

「え……」

「でもまあ、確かに、そろそろ学園に戻る頃合いだろうな。お前がいないと治療院も大変だろうし」

「早く戻ってきてほしい、とは言われてますけど」

「リネット先生は結婚してもしばらくは治療院にいるんだろ?」

「そうですね。でも、子どもができたら辞めるかも、と言ってました」



 これでリネット先生まで産休に入ったらサンドラ先生どうなっちゃうのかな、過労で倒れたりしないかな、なんて一人であれこれ考えている間、レヴィン様は密着した姿勢のまま、私の髪を一房取ってくるくると弄んでいる。


 しかもだいぶ、甘い視線を感じるんだけど。



「アリエル」

「なんですか?」

「やっぱり学園に戻るのはやめる」

「え? なんで」

「お前が俺以外のことを考えてるのが許せない」

「ちょ、何言ってるんですか」



 レヴィン様は拗ねたような表情を見せたかと思うと、急に何かを思いついたのかにんまりと顔をほころばせた。



「なあ」



 色っぽく匂い立つような声が、耳元をくすぐる。



「討伐に行く前に、約束したこと覚えてるか?」

「え? あ……」

「あの約束、まだ果たしてないよな?」

「いや、あれはもう、十分に……」

「俺はまだ全然足りない。もっとお前を、死ぬほどかわいがりたい」



 そう言って、レヴィン様は甘く優しく、蠱惑的な微笑みを浮かべた。








 その日の夜。



 私は夢を見た。



 色とりどりの花が咲き乱れる侯爵邸の庭に出ると、大きな欅の木の根元がなんだか妙に光り輝いている。


 なんとなくどこかで見たシチュエーションだなと不思議に思いながら近寄ると、欅の木の根元はふわふわと踊るように漂う無数の精霊たちの光で溢れていて、その中心では小さな黒髪の赤ちゃんがすやすやと眠っている。


 当たり前のように手を伸ばしてその小さな命を胸に抱くと、精霊たちが今度は私たちを取り囲むようにふわふわと踊り出す。






 そこで、目が覚めた。








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