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『闇の魔剣士』の幸せな結婚  作者: 桜 祈理
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6 精霊王は語る

「めっちゃ久しぶりですね、精霊王様」


 どことなく棘を含んだ私の声に、絶対的創生主であるはずの精霊王様は気まずそうに後退りする。


「アリエル、そなた、怒っておるのか?」

「この状況で怒るなって方がだいぶ無理だと思いますけどね。精霊王様、レヴィン様は早死にしないって、長く生きられるって言ってたじゃないですか。なのに、なんでこんなことになってるんですかね?」



 非難の色を隠さず睨みつけると、精霊王様は物憂げにため息をついた。



「……お前も知っているとは思うが、年々魔物の凶暴性が増し、強い毒性を持つものが増え、人間に甚大な被害をもたらすなど憂慮すべき事態となっている。これは闇の精霊が、この世界の均衡を保つ役割を長年放棄していることに由来するのだ。本来精霊とは、それぞれの属性を有する天地万物を統制・制御しながらこの世界の均衡を保つために存在している。しかも、闇の精霊が司るのは『調和と混沌』。闇の精霊がその役割を放棄し続けたことで闇属性そのものとも言える魔物の有する力が増大し、その結果調和が乱され混沌が深まっているのだ」

「闇の精霊って、エレストール家にまつわる誤解のせいでずっとやさぐれてるんですよね? 気持ちはわからないでもないですけど、それで自分の役割を放棄し続けて、挙句の果てに唯一闇の魔法を司るエレストール家の長男が死んじゃったら元も子もないんじゃないですか? 完全に本末転倒っていうか」

「わかった、わかった。そう、怒るでない」

「怒りたくもなりますよ。ていうか、精霊王様って、『唯一無二』とか『すべてを統べる』とか言うわりに、肝心なときに何もできないじゃないですか。闇の精霊くらい、なんとかならなかったんですか?」

「我は精霊の長ではあるが、すべての精霊を思いのままに管理できるわけではない。精霊にも各々意志や感情があり、それを尊重する必要がある。長いことなんとかせねばとは思ってきたが、それができていたらこうはなっていなかっただろうよ」




 いやいやいや、「こうはなっていなかっただろうよ」とか他人事かよ。


 とは思ったけど、言わなかった(でも渋い顔をしてたから、多分バレてる)。




「とにかく、もうご存じとは思いますけどレヴィン様を探しに行きます。精霊たちも精霊王様も、私を助けてくれるんですよね?」

「無論だ。『精霊の愛し子』を見守り、助け、支えることは我と精霊たちの使命でもある。お前には、一時的にすべての災禍災厄を退ける加護を授けよう。魔物に遭遇し攻撃を受けることがないよう、精霊たちも力を貸してくれる。お前と共に行く神聖魔法士にもその効果は及ぶゆえ、安心するがよい」

「ありがとうございます。それと」



 私はちょっだけ呼吸を整え、この世のものとは思えないほど整いすぎた端正な顔を真っすぐに見つめた。



「レヴィン様、生きてますよね?」



 精霊王様は一瞬だけ目を伏せ、怖いくらいの真顔のまま口を開く。



「……生きておる」

「よしっっ」

「だが、状況は危うい」

「はあ!?」


 そのまま闇雲に暴れ出しそうな勢いの私を制して、精霊王様は淡々と続けた。


「生きてはおる。ただ、魔物の攻撃を受けてしまってな」

「……なんで」

「友を救おうとしたのだ。レヴィンが害されることのないよう注意して見ていたのだが……。一瞬の隙をついて、魔物に襲われそうになった友の前に躍り出たのだ。そして、毒を含んだ魔物の爪による攻撃を受けてしまった」



 精霊王様の超絶美形な顔が、苦悩と後悔の色に歪む。




 レヴィン様が、友だちを救おうとして……?


 常に他人と距離を保ち、親密なかかわりを避け続けてきた、あのレヴィン様が……?




「で、でも、レヴィン様の生命力は人より強いって以前言ってましたよね?」

「それ故に、なんとか持ちこたえておる。しかしそれももはや風前の灯火。魔物の毒が体中に回り切り、レヴィンの心が折れる前に急ぐのだ。道は開けてやる」

「お願いします。私が、レヴィン様を助けます」






*****






 現場は、想像以上に凄惨を極めていた。


 助かった人たちはそれぞれ体のあちこちに深手を負いながら、血の気の引いた顔で神聖魔法士の治療を受けている。


 野営地の奥の方に、いくつかの見つかった遺体が安置されていた。全員が討伐部隊の人たちで、レヴィン様と同じ学園の生徒はいないようだった。



 新たに編成されて応援に駆けつけた討伐部隊の人たちは、行方不明になっている何人もの人たちを探しながら、そのうえ遭遇した魔物を討伐し殲滅していかなければならない。

 その任務が相当に厳しく過酷なものになるだろうということは、想像に難くなかった。



 神聖魔法士はこの野営地に残り、怪我をした人たちの治療に当たるらしい。




「じゃあ、私は行きますね」


 状況を確認した私が迷いなく立ち上がると、荷物を整理していたリネット先生は訝し気に私を見上げた。


「行くって、どこへ」

「レヴィン様を探しにです」

「ちょっと待って。私たちは神聖魔法士として来てるんだから。まずは怪我人の治療に当たらないと」

「私は最初から、レヴィン様を探しに来たんです。そもそも神聖魔法士じゃないから治療できないし」

「そうだけど。でも私の助手として来てるんだから、勝手に出歩いちゃ――」

「そんなこと言ってたら、間に合わないんです! 早く行かないと、レヴィン様が……!」



 ただならぬ私の様子にリネット先生は荷物を整理する手を止め、眉を顰めた。



「アリエル。どういうこと?」

「レヴィン様、今生きるか死ぬかの瀬戸際なんです。早く見つけて手当てしないと、ほんとに間に合わなくなるかもしれなくて……!」



 その言葉に、探るような目をしながら私を見据えるリネット先生。



 いきなり何を言い出すんだろうと思われても、仕方がない。


 でも、何故そんなことが言えるのか、何故それを知っているのかを今このタイミングでうまく説明できる自信はなかった。



「……当てが、あるのね?」


 リネット先生の声は、思いのほか冷静さを保っていた。


「ありませんけど、行けばわかると思います」

「……わかった。私も行くわ」

「え、でも」

「あなたを一人で行かせられるわけないでしょ。神聖魔法士としてやるべきことがあるのは百も承知だけどね。いいから、一緒に行くわよ」






 そして、私たちはその場にいたたくさんの人たちの目をかいくぐり、野営地をこっそりと離れた。


 野営地はカルヒ山脈の麓にあり、そこから続く暗い森の中へと慎重に入って行く。



 森に入ってしばらく行くと、鬱蒼と生い茂る木々の中を幾筋もの光が飛び交い、行くべき道を照らしてくれた。

 たくさんの精霊たちが、ふわふわと飛び回りながら私たちを導き、魔物の害が及ばないよう守ってくれている。



 つい先日魔物のスタンピードに襲われた場所だというのに魔物が現れそうな気配はなく、ただただ静寂を湛えた森の中を、足早に歩いていく。



 しかも何故か、森の奥深くへと進んでいるというのに悪路に悩まされることもなく、むしろうっすらと道が出来ているように歩きやすい。



 精霊王様が「道を開いてやる」って言ってたのは、このことか。



 迷うことなくどんどん先を急ぐ私を不思議がる様子もなく、リネット先生は黙って私の後ろをついてきてくれた。


 先生には精霊たちの光が見えていないから、何がどうなってるのかほんとに訳がわからないとは思うんだけど。



 でも余計なことは一切言わず、また一切聞きもしないでいてくれるのは余裕のない私にはありがたくて、とにかくなりふり構わず精霊たちが照らす道をただひたすらに歩き続けた。








 そして。



 視界の奥の方に、一際強い光が飛び込んで来た。



「レヴィン様!!」


 咄嗟に叫びながら、その光に向かって真っすぐに走り出す。


「レヴィン様!!」

「え? レヴィン? どこ?」


 リネット先生も、私のあとを追って走り出した。



「レヴィン様!!」



 大きな木の根元、無数の精霊たちが放つ強い光の中で、レヴィン様は苦しげな表情のまま浅い呼吸を繰り返していた。



「レヴィン様! レヴィン様!!」

「アリエル、先生か……?」


 呼ばれて声のした方を凝視すると、レヴィン様のすぐそば、別の木の根元に瀕死の状態のブライアン先生が横たわっている。


「先生……」

「ブライアン先生!」


 気づいたリネット先生が、見たこともない俊敏な動きでブライアン先生に駆け寄った。


「え? リネット先生……? なぜ……」

「そんなことより! どこですか!? どこを怪我されて――」

「俺より、レヴィンを先に……。魔物の毒を食らっていて、だいぶ危ういのです……。はじめは会話もできていたのですが、それもだんだんままならなくなってきて……」


 途切れ途切れに話すブライアン先生も、かなり深手を負っているのか声が掠れている。



 私たちの声にぴくりとも反応しないレヴィン様は、意識があるのかないのか、定かではなかった。



「わかりました。リネット先生はブライアン先生をお願いします。レヴィン様は、私が助けます」

「アリエル! 気持ちはわかるけどここは私がやるわよ。あなただって神聖魔法は使えるだろうけど、私の方が効果も精度も上なのはわかってるでしょう?」

「それは、もちろんわかってます。でも大丈夫です。レヴィン様を助けられるのは、私だけなので」




 そう。多分私だけ。




 今のレヴィン様の状態は、恐らく神聖魔法だけでなんとかできるものじゃない。



 だとしたら、精霊たちや精霊王様の力を借りられる「精霊の愛し子」の私にしか、きっとできない。




 なけなしの自信を総動員して頷く私を見て、リネット先生は何かを察してくれたらしい。



「そうよね。ここまであっさりとレヴィンを見つけられたのは、あなただものね。わかった」



 心から納得したような微笑みで、この差し迫った状況に置かれた私を鼓舞してくれる。



「レヴィンのことは任せるわ。その代わり、何かあったらすぐに声をかけてちょうだい、手伝うから」

「ありがとうございます」




 それから私は、傷を負って血の滲んでいるレヴィン様の左手を取って、両手でそっと握った。


 その手を自分の額に押しつけるようにしながらゆっくりと目をつぶり、神聖魔法を唱え始める。


 魔法で治癒をかけながら、精霊たちや精霊王様に一心に祈りを捧げた。





 どうか、どうか。



 精霊王様、精霊たち。力を貸してください。



 レヴィン様を助けて――――




 




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