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31. 意志の力

 目を閉じて部屋に響く残響を聞きながら、ミリエルは嬉しそうに笑う。


「いい音なのだ、クフフフ」


 叩かれたところをなでながら、困惑する玲司にシアンが声をかける。


「彼女は美空の本体なんだゾ」


「は? 本体?」


「彼女はここで星系を管理している管理人(アドミニストレーター)、偉いお方なのだ」


 シアンは両手で彼女を紹介し、彼女は得意げにニヤッと笑う。


「え? 世界の管理者?」


 玲司は驚いて彼女を見る。


「そう、あたしはミリエル・アン・ジョベール。この辺の地球たちの偉い人なのだ! クフフフ」


 楽しそうなミリエル。


「え? じゃぁ、あなたの分身が地球上の美空? 分身は死んだけど本体は無事ってことですか?」


「そういうことなのだ。美空の身体は消えたけど、記憶も体験も共有してるから何の問題もないのだ」


 ミリエルはニコッと笑ってサムアップする。


「あ、そ、それは良かった……」


 玲司は自分のせいで失われてしまった美空が、ちゃんと息づいていたことにホッとし、思わず目頭が熱くなる。


 もう二度と会えないとあきらめていた美空。絶望のどん底で彼女の真っ赤な血を唇に塗ったことも、いい思い出にできるかもしれない。ちょっと変わっているけど、こんな立派な女性となって目の前にいる。なんて素敵な奇跡だろう。


 玲司は感極まって、ポトリと涙をこぼした。


「な、何で泣くのだ?」


 ちょっと引いてしまうミリエル。


「美空にはもう二度と会えないと思ってたからうれしくて」


 玲司は手を伸ばし、ミリエルのすらっとした白い綺麗な左手を握った。


「な、何なのだ。調子狂うのだ」


 ミリエルはほほを赤らめてコーヒーをズズっとすする。


「良かった」


 玲司は美空との別れ際にしっかりと握っていた手を思い出しながら、ミリエルの手の温かさに癒されていた。


「それが、事態は全然良くないのだ」


 ミリエルはふぅ、とため息をついて言う。


「え? あ、そう言えば東京はどうなったの?」


「東京どころじゃない、これを見るのだ」


 ミリエルはテーブルの上に、一メートルくらいの丸い地球の映像を浮かべる。しかし、青いはずの地球は薄汚れており、明らかに異常だった。


 え……?


「東京、ニューヨーク、パリにロンドン……」


 ミリエルはそう言いながら瓦礫だらけの地獄絵図を次々と映していった。


「な、なんで……」


 真っ青になる玲司。なぜ地球が廃墟に覆われているのか理解できず、玲司は唖然として、ただ瓦礫の地平線を眺めていた。


「これはあたしたち管理側の問題なのだ」


 ミリエルはそう言ってため息をつく。


「管理側?」


「要は不毛な縄張り争いなのだ」


 そう言ってミリエルは肩をすくめ、じっと玲司を見つめた。


「こ、これ、俺みたいに生き返らせたり、街を元に戻したりできる?」


「そりゃもちろん。全てデータはアカシックレコードに残ってるのだ。だけど……」


 そこまで言うとミリエルは背もたれにドサッと体を預け、渋い顔をした。


「俺で手伝えることがあったら何でも言ってよ」


「君が?」


 鼻で笑ったミリエルだったが、ハッとなって少し考えこみ、


「いや、むしろ適任かも……しれんのだ」


 そう言ってまじまじと玲司の顔をのぞきこんだ。


「え? 適任?」


「君のデータセンター爆破はすごい良かったのだ。意志の力(グリット)はバカにできない」


意志の力(グリット)?」


「最後までやり遂げる力のことなのだ。これが高い人はあまりおらんのだ」


「さすがご主人様!」


 シアンは自分のことのように喜ぶ。


「あ、いや、まぁ、あれは美空が殺されちゃったから」


「君は何でもやるって言ったのだ。ちょっと手伝うのだ」


 ミリエルはニヤッと笑うとガシッと玲司の手を握った。


「あ、も、もちろん。手伝ったら地球は元に戻してくれるんだよね?」


「もちろんなのだ。今までいろんな調査隊を送り込んだんだけど、みんな帰って来なくて困ってたのだ」


 ミリエルは嬉しそうに握った玲司の手をブンブンと振った。


 え?


 ひどく重大なことを言われて凍りつく玲司。地球の管理者が解決できずに困っている難問なのだからその危険性は最高レベルに決まっている。


 玲司は余計なことを言ってしまったと、宙を仰いだ。















32. 宇宙大浴場


「そ、そんなに危険なことなの?」


「大丈夫なのだ。君には意思の力(グリット)があるのだ」


 ミリエルは気楽にサムアップしてウインクするが、嫌な予感しかしない。


 玲司は思わず天を仰ぐ。またドローンと対峙したときのようなチキンレースをやる羽目になるのではないだろうか?


「ご主人様、大丈夫! 僕も行くゾ!」


 シアンが玲司の手を握ってくる。


「シアンちゃん、頼んだのだ。玲司だけだと即死なのだ。クフフフ」


「任せて! きゃははは!」


 二人は嬉しそうに笑う。


「即死!? 勘弁してよ……」


 玲司はガックリとうなだれた。


「えーっと、そうしたらどうしよっかなのだ……」


 ミリエルは人差し指をあごに当てて宙を見上げる。


 ポワンポワン! ポワンポワン!


 その時部屋に呼び出し音が響いた。


「あっ、いけない! 行かねばなのだ」


 そう言ってミリエルは慌てて立ち上がると、スマホを取り出して何かをパシパシ叩いている。そして、


「じゃ、ちょっと飲み会に出かけてくるからゆっくりしてて!」


 そう言って、ブゥンとまた空間を割ってドアを開いた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 地球はどうするの?」


 崩壊しきった地球の復旧は八十億人の人生のかかった大問題である。急ぐべきではないだろうか?


「だいじょぶ、だいじょぶ。地球の時間は今止めてるし、飲み会でこそ解決の糸口はつかめるのだ。じゃっ!」


 ミリエルはそう言って嬉しそうに手を上げ、ウインクするとドアの向こうへと消えていった。


 玲司はシアンと顔を見合わせ、


「こんなんでいいのかな?」


 と、首をかしげる。


「ミリエルには何か考えがあるんだよ。それよりお風呂に行くゾ!」


「ふ、風呂?」


「こういう時はゆっくりとお風呂につかって英気を養うのが大切なんだゾ!」


 シアンはそう言うと空間を割ってドアを出し、玲司の腕をつかんで引きよせた。


「なんだ、お前、もうずいぶんなじんでるな」


「ふふーん、ご主人様は四十九日寝てたからね。その間にこの世界もハックしたのだ」


 ドヤ顔のシアン。


「お、おぉ、そうか。それは……頼もしいな」


「ハイハイ! 大浴場へレッツゴー!」


 シアンはそう言うと玲司をドアの向こうへドンと押しこんだ。



         ◇



 へっ!?


 ドアの向こうに行って玲司は驚いた。


 目の前には満天の星々、そして、下を見れば巨大な海王星の紺碧の雲海が広がっている。


 一瞬落ちるのではないかと思って身構えてしまったが、無重力で身体はふわふわと浮かんでいた。よく見れば大きな温室みたいに周囲はガラスのようなもので覆われた構造体となっているようだ。


 そして、正面には巨大な水晶玉のようなものが浮かんでいる。天の川を背景に、水晶玉には海王星の美しい碧い水平線がひっくり返って映り、まるでファンタジーの秘宝の部屋のように神秘的な情景だった。


 おぉ……。


 玲司が見とれていると、


「ハイハイ、一名様ご案内だゾ!」


 シアンはそう言って、玲司の服をバッと消し去り、素っ裸になった玲司をドーン! とそのまま水晶玉へと押し出した。


「うわっ! お前! 何すんだよ!」


 玲司はグルングルンと回りながら真っ赤になって叫ぶ。


 身体のコントロールを取ろうと思ったが、グルグルと回っている身体はどうやっても止まらなかった。


「なんだよこれ――――!」


 悲鳴にも似た玲司の叫びが浴室内に響く。


 大事なところを必死に隠しながら、なすすべなく水晶玉めがけて一直線に飛んでいった玲司は、そのままザブンと突っ込んだ。水晶玉は五メートルはあろうかという温水の塊だったのだ。


 温水は突入した玲司の衝撃で激しく波立ち、ボヨンボヨンと全体を震わせながらしぶきを辺りへとまき散らす。


「ストラーイク! きゃははは!」


 シアンは嬉しそうに笑うと、自分もスッポンポンになって玲司めがけてツーっと飛んだ。









33. ムニュッとマシュマロ


 シアンはそのまま頭から温水に突っ込んだ。


 そして、温水の中でぐるぐると回っておぼれている玲司の腕をつかみ、表面まで救い上げる。


「ブハッ! ゲホッ! ゲホッ!」


 温水から上半身を出してせき込む玲司。


 シアンは楽しそうに首を振って髪についた水滴を辺りに跳ね飛ばし、


「海王星温泉、どう?」


 と、ニコニコしながら聞いた。


「お、お前なぁ! いい加減に……」


 玲司はシアンの方を向いてそう言いかけ、目の前にたゆんと揺れている豊満な二つのふくらみを見つけ、固まった。シアンの均整の取れた美しい身体は、海王星からの照り返しで青白く浮かび上がり、まるで月明りに照らされたギリシャの女神像のように神々しさすら醸し出していた。


「気持ちいいでしょ?」


 屈託のない笑顔で笑いかけるシアン。


 玲司は真っ赤になって横を向く。女性の裸体は刺激が強すぎる。


「ご主人様、どうかした?」


「お、お前、なんで服着てないんだよ!」


「お風呂では服着てちゃダメなんだゾ! きゃははは!」


「いや、そういう問題じゃなくて。そもそもここは混浴なのか?」


「ん? 家族風呂だよ。入りたいときに各自で作るんだゾ」


 はぁ!?


 玲司は固まった。こんな巨大な施設を風呂に入るたびに作る。それはもはや人類の常識をはるかに超越している。改めてとんでもところに来てしまったことに言葉を失った。


「ご主人様、どうしたの?」


 シアンが玲司の腕にギュッと抱き着いてきて、マシュマロのようなムニュッとした感触が玲司の脳髄を(しび)れさせる。


「ちょっ! ちょっ! ちょっと待ったぁ!」


 玲司は腕を振り払おうとして、グンと力を入れたが、バランスを崩し、そのまま水中へと沈んでいった。


 ボコボコボコボコ……。


 玲司はもがくが、無重力なので水と泡の混合物が視界を遮り、まるでジャグジーの中に入ったかのようでどっちに行けばいいかわからなくなる。


 んん――――!


 慌てているとシアンがスーッと泳いでやってきて、玲司をお姫様抱っこして助け出した。


「ご主人様、遊んでると危ないゾ!」


 上目遣いに叱るシアン。


 玲司はあまりの間抜けっぷりにぐったりとして、ただ、「はい……」とだけ答えた。



        ◇



 一度上がって、もう一度お湯を綺麗な水晶玉のように戻してから再度入浴をする。シアンにはビキニの水着を着てもらった。


「よっこらしょっと……。あぁ、いいお湯だ……」


 玲司はシアンに手伝ってもらいながら、静かにお湯につかった。


 足元には壮大な(あお)い惑星が広がり、頭上には天の川がくっきりと流れている。まるで大宇宙を手にしたかのような気分である。最高の露天風呂と言えるかもしれない。


 ふぅ。


 玲司は天の川を見上げ、ゆっくりと息をついた。


 遠くの方に明るいものが動いているので何かと思ってよく見ると、それはガラスでできた構造体だった。巨大なサッカーボールのような多面体モジュールが無数に長く連なり、それが二本、DNAのようにお互いに絡みあいながら伸びていた。


「あれがさっきいたところだゾ」


 シアンが説明してくれる。ミリエルの部屋はあのモジュールのどこかにあるのだろう。


 くっきりと流れる天の川を背景にガラスの構造体はゆっくりと回り、チラチラと明りを瞬かせている。その近未来的な宇宙ステーションのきらめきに玲司は魅せられ、しばらくその不思議な螺旋(らせん)の動きに見入っていた。


 何とも不思議な世界に玲司は息をついて静かに目をつぶる。


 そして、さっきミリエルに聞いたことを丁寧に思い出していく。地球は壊滅したが直せる。今は時間を止めている。なぜなら彼女が美空の本体で、地球たち? の管理者(アドミニストレーター)だからだ。でも、それには解決しなければならないことがあって、今まで多くの人を送り込んだけれども失敗している。そこに自分も投入される……。


 ふぅ。玲司はため息をついて首を振った。何が何だかさっぱり分からない。ただ一つ言えるのは八十億人の未来はこの可愛い美少女AIと自分の働きにかかっているということ。地球の未来をかけてこの大宇宙の試練を越えねばならないということだった。


 その責任の重さに押しつぶされそうになりながら、玲司はギュッと奥歯をかみしめ、足元に揺れて見える(あお)い輝きを放つ海王星を見つめた。














34. 一万個の地球


「ご主人様、何かあった?」


 シアンは透き通った青い瞳をパチクリとして、深刻そうな表情の玲司をのぞきこむ。


「あー、なんでこんなことになってるのか、さっぱり分からないんだ。教えてくれる?」


 シアンはうんうんとうなずくと、一つ一つ丁寧に説明を始める。


 世界は情報でできていること。地球はスーパーコンピューターの一兆倍の計算力のあるシステムで作られたものであること。そのコンピューターは海王星の中に構築されていて、一万個あること。


 シアンは空中に全長一キロメートルもある巨大なコンピューターの映像を浮かべ、身振り手振り交えて丁寧に解説していった。


 玲司はそのとんでもない話に圧倒されたが、この大宇宙の露天風呂に浸かっていたらすべてを信じざるを得ない。それに、何しろ一回死んで生き返らせてもらっているのだ。死んだ人間が生き返る、それはつまりこの世界が情報でできている何よりの証拠でもあったのだ。


「ふへー。なんだかとんでもない話だね」


 玲司はため息をつき、足元に広がっている巨大な(あお)い惑星を眺める。この中に地球が一万個息づいていることを想像してみたが、八十億の人間が暮らす壮大な地球が、この(あお)いガスの塊の中にたくさんあるというのは、さすがに飛躍しすぎていてイメージがわかなかった。


 渋い顔をしていると、シアンが、


「まあ、そうじゃないかなって思ってたけどね」


 と、ドヤ顔で言う。


「え? シアンは知ってたの?」


「だって順調に進化していったら僕だって地球は作れるんだゾ。だったらもう作っている人がいると考えた方が自然なんだな」


「あ……、そ」


 玲司はそんなこと、全く気が付かなかった。見破れなかった自分がちょっと負けた気がしてむくれた。


「え? じゃ、そうなると、美空は知ってて俺に絡んできたってこと?」


「そうだね。ちょっと怪しかったゾ」


 確かに変な登場の仕方をしてたし、女子高生にしては手際が良すぎたことを思い出しだ。そもそも車を運転したこともない女子高生が、スーパーカーで宙を飛べるはずなどないのだ。


 玲司は首を振って両手でお湯をすくい、ビシャッと顔を洗った。


「あーあ、『彼女になって』なんて言っちゃってたよ……」


 水しぶきがキラキラと輝きを放ちながら星空を舞っていくさまを、玲司はぼんやりと見つめた。


 シアンの話によると、ミリエルは四千年前から管理者(アドミニストレーター)をやっていて徐々に担当の地球の数を増やし、今は八個任されているそうだ。そして、それを良く思わないライバルが妨害工作をはじめ、副管理人が寝返って管理が上手くいかなくなっていること。それが玲司の地球の人類が滅亡した原因ということだった。


「じゃあ、その副管理人を見つけ出して捕まえればいいってこと?」


「そうだゾ。でも、どこにいるか分からないし、管理者権限を持っているから簡単じゃないんだゾ」


「あぁ、敵も超能力者みたいなもんだからなぁ」


 玲司は渋い顔をする。


「でも、だいじょぶ。ご主人様ならできるんだゾ」


「ちょっと待って。俺はただの人間なの。そんな超能力者相手に勝てる訳ないじゃん」


「だいじょぶ、だいじょぶ。『言霊だゾ!』って言ってれば上手く行くゾ!」


「また、そんな、無責任なこと言って!」


 玲司は眉を寄せてシアンをにらむ。


「いざとなったら僕が守ってあげるんだゾ! きゃははは!」


 シアンはそう言って玲司に抱き着いた。


「いや、ちょっと、お前、当たってる! 当たってるって!」


「え? 何が当たってるの?」


 シアンはそう言って玲司の背中にグリグリとその豊満な胸を押し付けた。


「おまえ! わざとやってるな! もう!」


 急いで振りほどこうとした玲司は、またバランスを崩して温水玉の奥へと潜っていってしまう。


 ぐわっ! ボコボコボコボコ……。


「ああっ! ご主人様ぁ!」


 シアンは再度玲司を救出しに潜っていく。


 シアンにお姫様抱っこされながら、玲司は恥ずかしさと情けなさで真っ赤になっていた。







35. いきなりの異世界


 しばらくシアンとお湯をぶつけ合いっこしたりして遊んだ後、部屋に戻ってきたが、ミリエルはいなかった。きっと遅くなるのだろう。


 ピンクのフワフワのパジャマ姿になったシアンは、手際よくベッドマットを出して空中に浮かべると、


「ご主人様、寝る時間だゾ!」


 と嬉しそうに言って、玲司にかかる重力を減らし、腕をつかんでベッドに放り投げた。


「うわ! ちょっとお前、毎回投げるの止めろよ!」


 ベッドマットの上でボワンボワンと弾みながら玲司は怒るが、


「これが一番速いゾ!」


 と、ニコニコして自分も飛び込んできた。


「え?」


 驚く玲司をしり目に、


「ご主人様はもっとそっち。僕はここね。おやすみ!」


 そう言って毛布を掛けて寝始めた。どうやら一緒に寝るつもりらしい。ベッドなんていくらでも出せるんだろうからなぜ一緒に寝るのだろうか? もしかして、もしかして夜のお楽しみがあるということだろうか? ハーレム展開?


 玲司は真っ赤になってドキドキと高鳴る心臓を持て余した。


 しかし、しばらく待ってもシアンは動かない。


 チラッと見ると、幸せそうな寝顔を見せて静かに横たわっている。


「ほ、本当に、一緒に……寝るの?」


 玲司は声を裏返らせながら聞いてみる。


 しかし、シアンからは返事がなかった。


「お、おい……」


 一瞬で寝てしまったということだろうか? AIならそう言うこともあるのかもしれないなと思ったが、なんて無防備なのだろうか?


 玲司はシアンの可愛い顔をじっと眺める。透き通るようなキメの細かい肌に美しくカールした長いまつ毛。AIなのだから理想の顔を作ったのだろう。ある意味作り物なのだ。でも、作り物でもこれだけ美しければ心を揺るがすには十分だった。


 ぷっくりとしたイチゴのような唇。もし、キスをしたらなんて言われるだろうか? もしかしたら『ご主人様、キスしたいの? いいわよ?』と返すかもしれない。


 ふぅ。玲司は大きくため息をつくと首をブンブンと振って妄想をふりはらう。


 さっきから調子を狂わされっぱなしである。


 諦めて寝ようかと思ったが、ふんわりと甘酸っぱい華やかな香りが漂ってきて頭がくらくらしてくる。健全な青少年にはこんな魅惑的な女の子の隣で寝るのは心臓に悪い。


「ちょっと、起きて」


 玲司は遠慮がちにすべすべなほほをピタピタと叩いた。するとシアンは、


「ンン――――!」


 とうなり声をあげ、眉をひそめると、腕をブンと振る。


 ドン!


 玲司はベッドから弾き飛ばされた。


 うわぁ!


 叫んで落ちていく玲司のことはそっちのけに、シアンは毛布に深くもぐり寝返りを打つ。


 弾き飛ばされた玲司はゆっくりと床まで落ちて、そしてゴロゴロと転がった。


「なんなの……、これ?」


 玲司は床に寝転がったまま、ひどく理不尽な扱いに途方に暮れる。


 すると、シアンが叫んだ。


「ご主人様! もう食べられないよぉ……」


 ひどい寝言である。ご主人様を弾き飛ばして自分は幸せな夢を満喫してるのだ。


 玲司はムッとしたが、怒りのやり場に困り、ため息をつくと窓の外を眺める。


 そこには静かに雄大な海王星がたたずみ、玲司の悩みなどお構いなしに悠然と辺りを青い輝きで満たしていた。



         ◇



「うーい、玲司! 起きるのだ!」


 ソファーで寝る玲司を誰かがバンバンと叩く。せっかく寝付いたのに。


 んー?


 玲司はソファーの上で目をこすりながら声の方を向くと、上機嫌に真っ赤な顔をしたミリエルがワインボトルを片手に立っている。


「飲み会終わったの? ふぁーあ……」


「聞いて喜ぶのだ! 君の出撃を決めてきたぞ!」


 玲司は半開きの目でミリエルをにらむ。どこに喜ぶ要素があるのだろう?


「君は異世界物のラノベが好きだろ? 異世界転移させてやるのだ」


 は?


 玲司は何を言われたのか全く分からなかった。


 最近はやりの異世界物。ラノベにマンガにアニメに大ブームだ。しかし、地球を破壊した副管理人を捕まえることと異世界に何の関連があるのか全く分からず、目をゴシゴシとこすった。












36. ピンクのパジャマ


「ゴブリンにドラゴンに魔法陣に聖剣、大好きだろ?」


 ミリエルはノリノリでずいっと身を乗り出す。とても酒臭い。


「いや、まぁ、人並みには……」


「よろしい! 君もこれから冒険者なのだ!」


 ミリエルはワインボトルを高々と掲げ、そして満足げに一口あおった。


 話を総合すると、ミリエルが担当している八個の地球の中に、魔法と魔物を実装した地球があり、そこに元副管理人が潜伏しているらしい。そして、そこに冒険者として潜入して元副管理人を捕縛してほしいということだった。


「魔法!? 魔法が使えるってこと、ですか?」


 すっかり目が覚めた玲司は叫ぶ。この世界はコンピューターが創り出している。であれば、魔法なんてゲームみたいにいくらでも実装できてしまうだろう。むしろ、日本ではなぜ実装してなかったのか?


「魔法なんて使っても奴には効かんのだ。奴は管理者権限持ってるからな」


「え? じゃあどうやって?」


「君にも限定的管理者権限を付与しよう。まあ、チートなのだ。この権限を使えば魔法なんて比較にならん破壊力なのだ」


 ミリエルはそう言うと、上機嫌にワインボトルをあおった。


「お、おぉ! チート!」


 玲司は夢にまで見た異世界のストーリーに胸が高鳴った。


 ゴブリンを、ドラゴンを倒し、極大チート魔法を放って反逆者の副管理人を成敗し、地球を救う。なんとも素敵な英雄(たん)ではないか。イッツ、ファンタジー!


 玲司はガッツポーズを決め、いきなりやってきた冒険ストーリーに酔った。


「あ、消息を絶った調査隊の人たちも探してよねぇ。期待してるのだ!」


 ミリエルは酒臭い息をはきながらパンパンと玲司の肩を叩いた。


 浮かれていた玲司は凍りつく。


 そうだった。この挑戦はいまだ誰も上手く行っていないのだった。まさに前人未到の命がけの挑戦。玲司は浮かれた気分はどこへやら、目をギュッとつぶりどうしたものか考えこむ。


「ふわぁーあ。ご主人様、だいじょぶだって。ほら、言霊、言霊」


 ベッドで寝ころびながらシアンが無責任なことを言う。


「くぅぅぅ! できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!」


 玲司は半べそをかきながらそう叫び、ソファーにボスっと身を沈めた。


 大きく息をつき、横を見ると、窓の外では海王星が美しい青をたたえてたたずんでいる。


 玲司はしばらくうつろな目で、その青い星から立ち上る天の川をぼーっと眺めていた――――。



       ◇



 翌朝、いい気分で夢を見ていると、


「ご主人様、朝だゾ!」


 そう言ってシアンがパシパシ叩いてくる。


「うーん……。もうちょっと……」


 玲司は向こうへ寝返りを打った。


「もう朝食の時間だゾ!」


 シアンは玲司の身体の重力効果を切って無重力にすると、ふわりと浮かべてテーブルへと連行する。


「うわっ! お前、ちょっと何すんだよ!」


 玲司は空中で手足をばたつかせる。しかし、空中をクルクルと回るばかりでどしようもない。


「じゃあ起きる?」


 シアンは上目遣いで玲司を見る。


「わ、分かったよ。ふぁ~あ……」


 玲司は観念して思いっきり伸びをする。


「じゃあ重力戻すからね」


「ん? 重力?」


「ホイ!」


 そう言ってシアンは玲司の重力を戻した。


 いきなり床へと落ちていく玲司。


 うぉぉぉ!


 慌ててシアンに掴まろうと手を伸ばしたが、手が届いたのはピンクのパジャマまでだった。


 ビリビリビリビリー! ゴン!


 シアンのパジャマは盛大に裂け、玲司は床に転がった。


「きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑うが、玲司は焦る。


「ゴ、ゴメン!」


 急いで起き上がろうとした時、空間にドアが開いた。


 ブゥン!


 入ってきたミリエルは、


「おはようなの……、えっ!?」


 と、固まる。


 パジャマを裂かれて豊満な胸を露わにしながら笑うシアンと、そんなシアンに近づく玲司。ギルティ。


「あ、こ、これは……」


 必死に説明しようとする玲司に、ミリエルはギリッと奥歯を鳴らすとカツカツと近づき、


「このケダモノ!」


 と、渾身のビンタをバチーン! とおみまいした。


 あひぃ!


 玲司は吹き飛ばされ、クルクル回りながらソファーまで行ってひっくり返る。


「ミリエル、これは事故なんだゾ」


 シアンはフォローをするが、ミリエルはフゥーフゥーと鼻息荒く、まるでおぞましいものを見るような目で玲司を見下ろしていた。








37. 絶品のモモ


「なーんだ、事故なのね。そう言ってくれればよかったのだ」


 そう言いながらミリエルは、テーブルのBLTサンドをつまみ、パクっとかぶりついた。そして、


「んー、美味いのだ! シアンちゃん料理上手!」


 と、にこやかにシアンにサムアップする。


「きゃははは!」


 嬉しそうなシアン。


 しかし、玲司はほほに赤い跡を残したままブスッとしていた。


「ゴメンてば! ここに座るのだ」


 ミリエルはそう言ってコーヒーを入れ、玲司の椅子を引いた。


「叩く前に確認しようよ」


 仏頂面で玲司は席に着く。


「分かったのだ。はいこれ君の!」


 ミリエルは玲司の皿にBLTサンドを載せた。


 玲司はコーヒーをすすり、BLTサンドにかぶりつく。


 カリカリのベーコンが生み出す芳醇なうまみが口いっぱいに広がり、玲司は驚いた。こんなおいしいベーコンは食べたことがない。


 さらに、シャキシャキとしたレタスのさわやかな苦みが、フワフワのパンの甘味と相まって素敵なハーモニーを奏でている。


「おぉ、ホントだ! 美味いよ! このベーコンがまたいいね」


 玲司はすっかり上機嫌になってほめた。


「このベーコンはどこのベーコンなのだ?」


 ミリエルがかぶりつきながら聞くと、シアンは嬉しそうに、


「僕のモモだよ!」


 と、言って自分の太ももを指さした。


 ブフ――――! ゴホッ!


 二人は一斉に吐き出す。


「ちょっと! 何食わせるんだよ!」「そうなのだ! 人肉食は禁忌なのだ!」


 二人は怒ったが、シアンは、


「でも、僕の脚、美味しかったでしょ? きゃははは!」


 と、屈託のない笑顔で笑った。


 この世界はデータでできた世界なので、自分の脚はいくらでも複製できる。しかし、だからといって人間の肉は食べたくないものなのだ。


 二人は顔を見合わせ、首を振ると、渋い顔でBLTサンドを皿に戻した。



         ◇



 口直しにミリエルの出してくれたパンケーキを食べ、コーヒーをすすりながら玲司は窓の外を眺めた。


 そこには変わらず天の川が流れ、海王星が青く広がっている。


「太陽が出ないと朝って感じがしないよね」


 そう言うとミリエルは、


「何言ってるのだ。あれが太陽なのだ」


 そう言ってひときわ明るく輝く星を指さした。


 は?


 玲司は何を言われたのか分からず、窓の近くまで行って上を見上げる。


 確かにそこには地球上では見たことがないようなひときわ明るい星がある。


「えっ!? あれが太陽?」


 玲司は驚きを隠せなかった。


「太陽まで光の速度で四時間、太陽系最果ての星へようこそなのだ」


 ミリエルはニヤッと笑った。


「はぁぁぁ……」


 言われてみたらそうだった。海王星が青色で輝いているのは太陽が照らしているからなのだ。つまりずっと昼間だったらしい。


 玲司は夜空にまばゆく輝く星を見つめ、とんでもない所へ来てしまったと改めて感慨深く思った。


 灰色に薄汚れてしまった僕たちの地球は今、あの海王星の中で稼働を停止させられている。そして、八十億人の命運は自分の手に託すとミリエルは言っていた。ただの高校生が地球の未来をかけて異世界で悪い奴と戦う、そんな荒唐無稽(こうとうむけい)なストーリー、誰がどう考えても上手く行きそうにない。一体、運命の女神は自分に何を期待しているのだろうか?


 玲司はコーヒーをすすり、どう考えても無理ゲーな現実に首を振りながら、大きくため息をついた。



「それで君たちの出撃だけど……、どうする?」


 ミリエルはコーヒーをすすりながら言う。


 玲司は逃れられぬ運命にくちびるをキュッと()み、


「まず、計画から教えて」


 と言って、ミリエルを見た。


「あー、#3275、Everza(エベルツァ)って地球があるのだ。そこに送るから、元副管理人のゾルタンを捕まえてきて」


 ミリエルはそう言うと、小皿に積まれたチョコを一つ口に放り込んだ。そして、美味しそうに甘味を楽しむ。


「ゾルタン、ね。その人の情報とかは?」


「そういうのは全部現地のあたし、【ミゥ】から聞いて。……。おっといけないもうこんな時間なのだ。じゃあ、行ってらっしゃーい!」


 ミリエルはそういうと、満面に笑みを浮かべ、玲司とシアンを青白い光で包んでいった。


「えっ? もう? ちょっと! えっ!?」


 玲司はコーヒーカップを持ったままEverza(エベルツァ)へと飛ばされていった。








38. 美空ねぇさんの仇


 気がつくと二人は石畳の広場に立っていた。


 重厚な中世ヨーロッパ風の石造りの建物がぐるりと周りを囲っていて、奥にあるのは教会だろうか、天を衝く尖塔が見事で思わず見入ってしまう。そして、そばには噴水があり、英雄のブロンズ像が高々と剣を掲げていた。


 カッポカッポと荷馬車が行きかい、ワンピース型の民族衣装を着た女性たちが買い物かごを手に雑談しながら通りすぎていく。


 すると急に影に覆われた。


 え?


 見上げると巨大な翼を広げた恐竜のような生き物が青空を横切っていく。背中には誰かが乗っているようだった。


 玲司はそのファンタジーな巨大生物に目を奪われる。飛行機代わりに魔物を使役しているらしい。


「うわぁ……、ここがEverza(エベルツァ)? すごい、まさに異世界そのものだ……」


 やがて魔物はバサッバサッと翼をはばたかせながら尖塔の向こうへと着陸していった。


 シアンは魔物なんてどうでもいいかのようにBLTサンドにかぶりつき、


「美味しいと思うんだけどな?」


 と、首をかしげている。


「そんなのいいから、冒険だよ、冒険!」


 玲司は生まれて初めて見た本物の魔物に浮かれ、ポンポンとシアンの背中を叩く。


 と、その時だった。


「この人殺し! 成敗してやるのだ!」


 と、叫び声がした。


 へっ!?


 声の方を見ると、白いワンピースの少女が剣を掲げて突っ込んでくる。その綺麗な燃えるような真紅の瞳には殺意がたぎっていた。


「ご主人様、下がって!」


 シアンは玲司をかばうように前に出ると、手に持っていたBLTサンドを投げつける。


「邪魔するなぁ!」


 少女はそう言うとBLTサンドをスパっと剣で切り捨て、そのまま振りかぶるとシアンに切りかかった。


 シアンは青い髪の毛をブワッと逆立て、全身から青白い光を浮かべると、


「きゃははは!」


 と嬉しそうに笑う。そして、目にも止まらぬ速さで手の甲を振りぬき、パーン! と剣を吹き飛ばした。


 カラーン、カラカラ、と石畳に剣が転がる。


「くっ! 美空ねぇさんの仇をとるのだ! 邪魔するな!」


 少女は叫ぶ。少女は赤毛で目の色も違ったが、美空とうり二つだった。


「え、もしかして、あなたがミゥ?」


 いきなり殺意を向けられて玲司は圧倒されながら、おずおずと聞いた。


「ふん! ミリエルが許しても、あたしは許さないのだ!」


 ミゥは叫び、ギリッと奥歯を鳴らすと空中に真紅に輝く魔法陣を展開していく。六芒星に二重丸、そしてルーン文字がそろった瞬間、激しい炎がブワッと噴き出してくる。


 しかし、シアンはすかさず空中に空間の亀裂を作り、ブゥンとドアを開く。


 噴き出した紅蓮の炎は玲司に届く前にドアの中へと吸い込まれ、消えていった。


「あぁ! ダメなのだ! ここで管理者権限使っちゃ!」


 ミゥは焦って周りをうかがい、プクッとほおを膨らませた。


「だって僕、魔法知らないもん。きゃははは!」


「むぅ! 一発殴らせるのだ!」


 ミゥは『瞬歩』を使って一気に玲司の前まで行くとこぶしを振りかぶった。


 おわぁ!


 頭を抱え、しゃがみ込む玲司。


「まぁまぁ、落ち着くといいゾ」


 シアンはそう言ってヒョイとミゥの身体を捕まえ、持ち上げる。


 今まさに殴ろうとしていたミゥはバランスを崩し、慌てた。


「ちょっと! あんた! 放すのだ!」


 ミゥは身体の周りに電撃をバリバリと走らせる。閃光があたりを包んだ。


 しかし、シアンはそれをシールドでうまく防御している。


「ぐぬぬぬ! 放すのだ!」


 ミゥは両手を組んで何かをつぶやくと、今度は炎をぼうっと自分の周りに吹き上げる。


 しかし、シアンは焦ることもなく、


「きゃははは!」


 と、炎を纏いながら嬉しそうに笑った。管理者権限を使ったシールドには魔法は一切通用しないようだった。












39. 冒険者ギルド


 ミゥはふぅと大きく息をつくと、うなだれる。


「ぬぅ、分かったのだ……。ちょっと降ろして」


 と言って、ポンポンとシアンの腕を叩いた。


「はいはい、どうぞ」


 シアンはニコニコしながら丁寧にミゥを地面に立たせてあげる。


 ミゥは玲司をキッとにらむと、


「あんたが一番悪いのだ!」


 と、玲司を指さした。


 ミゥは目鼻立ちは美空そのものだったが、美空より少し年上、十六歳くらいに見える。美空とは違って燃えるような真紅の瞳が印象的であった。赤い紐を胸のところに編み込んだ白いワンピースも似合っている。


「いや、まあ、確かに美空についてはホント悪かったなって思ってるよ」


 玲司は頭を下げた。


「そうよ! あんたのせいよ!」


 プリプリと怒るミゥ。


「いやでも、ミリエルが、美空は自分の中に息づいてるって言ってたよ」


「そうよ! 別に消えたわけじゃないわ。地球と共に復活もさせるのだ。でも美空ねぇさんがこんなのを気に入って殺されたのが気に食わないのだ!」


 ミゥはビシッと玲司を指さして怒る。プロセスが納得いかないらしい。


「うーん、でも今はゾルタンを捕まえるのが先だよね?」


「ふん! あんたたちがいなくたってあたしが捕まえるって言うのに……」


 ミゥは眉をひそめて口を尖らせた。


 そのしぐさに玲司はハッとする。それは美空そのものであり、玲司は思わずほおが緩む。このツンツン娘もまた美空と繋がってるのだ。きっといつかは仲良くできるに違いない。


 ふん!


 ミゥは鼻を鳴らすと、しばらく玲司とシアンを交互に眺める。


 そして、ふぅと大きく息をつくと、 


「でもまあ、何かの役には立つかもなのだ……。とりあえず、あなたたちの実力を見せてもらうのだ! ついて来て」


 と言って、クイクイッと手招きしながら、スタスタと歩き始める。


 玲司はシアンと目を見合わせると肩をすくめ、そしてため息をつくと、速足で後を追った。



       ◇



 しばらく石畳の道を行く。石造り三階建てのしっかりとした建物が両側に延々と連なり、建物の一階にはパン屋にアパレルに花屋といろんな店が入っていてにぎわっている。中には魔法の杖を掲げた看板があり、のぞくと怪しげな魔法グッズが並んでいた。


 玲司はワクワクして、


「見ろよシアン、魔法グッズだよ」


 と、指さす。


「んー、どれどれ……。この店はダメだ。品ぞろえが悪いゾ」


 と、首を振る。


「えっ? なんでわかるの?」


「僕たちには管理者権限があるんだから、ステータス表示させると全部分かるゾ」


「おぉ! さすが異世界!」


 玲司のテンションは一気に上がる。


 ミゥは玲司をチラッと見ると、


「なによ、ど素人なのだ。ミリエルは何考えてるのだ?」


 と、毒づいた。


 玲司は何か言い返そうとしたが、確かにど素人なのはその通りなので、ふぅと嘆息(たんそく)をもらした。本当にミリエルは何を考えているのだろうか?



         ◇



 しばらく歩いて剣と盾のゴツい看板の前でミゥは止まった。それは年季の入った石造りの建物で、古びた木製の大きなドアがついている。そして、玲司をギロッとにらむと、


「まず、ギルドで冒険者登録なのだ」


 そう言ってドアをギギギーっと押し開けていった。


 中は武骨な木製の古びたインテリアで、壁には青い龍のタペストリーがかかり、天井からは魔法のランプの球がいくつも吊り下げられていた。異様にタバコ臭いので、見ると脇のロビーで皮(よろい)を着た冒険者たちがタバコをふかしながら歓談している。傍らにはデカいハンマーや盾などが立てかけてあった。


 おぉ……。


 それは異世界物のアニメで見た世界そのものであり、玲司は思わず声が出てしまう。まさに自分は異世界にやってきたのだ。


 ミゥはそのままカウンターまで行くと受付嬢に、


「あいつらにギルドカード発行してくれ」


 と、ぶっきらぼうに言った。










40. 伝説の最強冒険者


「あら、ミゥさん、お久しぶり。お知合いですか?」


 エンジ色のジャケットをピシッと着込んだ金髪の受付嬢は、ニッコリと営業スマイルで話しかける。


「ただの腐れ縁なのだ。ど素人だが頼む」


「分かりました。そうしたら、まず男性の方、こちらに手を当ててください」


 受付嬢はそう言いながら大きな水晶玉を取り出して、カウンターの上に載せる。


「え? 載せるだけでいいんですか?」


 透き通って真ん丸の水晶玉の上に玲司は恐る恐る手を載せる。すべすべの手触りでひんやりとしている。


 受付嬢が何やら呪文を唱えると、水晶玉はぼうっとほのかにオレンジ色の光を放つ。


 受付嬢はそのその光をじっと見て、


「うーん、Gランクですね」


 と、用紙に【G】と書き込んでいく。


「クフフフ、ど素人なのだ」


 ミゥは嫌な笑いを浮かべる。Gランクはかなり下の方のクラスのようだ。


 玲司はムッとして、


「なんでギルドカードなんて要るんですか? ゾルタン捕まえに行きましょうよ」


 と、言い返す。


 するとミゥは肩をすくめ、


「あんたみたいなのがゾルタンのところへ行ったら即死なのだ。まず、魔物と戦いながら戦闘に慣れてもらわないと話にならんのだ。で、そのためにはギルドの許可がいる。そのくらい想像力働かせてくれないと困るのだ」


 といって玲司をジト目で見る。


 玲司は仏頂面で目をそらした。


「ミゥは何ランクなの?」


 シアンが聞く。


「あたしはCランク。でも管理者だから本当は無敵なのだ。クフフフ」


 と、ドヤ顔で答える。


「ふぅん、じゃあ、同じくCランク目指すゾ!」


 そう言いながらシアンは水晶玉に手を載せた。


「C? ねーちゃんが? Cってのは一部のエリートしかなれないランクだぞ。わかってんのか?」


 皮鎧を着た筋肉むき出しのムサいやじ馬が近づいてきて、ニヤニヤしながら言う。


「放っておくとSになっちゃうからCに調整するんだゾ」


「こりゃ傑作だ! Sだってよ! みんな聞いたか?」


 男はロビーを振り返り喚く。


「いいぞ、Sねーちゃん!」「冒険者なめんな!」「今晩どう?」


 下卑(げび)たヤジが部屋に飛び交う。


 受付嬢は、


「静かにしてください!」


 と、可愛い顔に青筋を立て、ロビーをギロッとにらむ。その気迫に冒険者どもは気おされた。どうやら冒険者たちは受付嬢には頭が上がらないようで、お互い目を見合わせながら小声で何かをささやきあっている。


 もう……。


 受付嬢はため息をつくと水晶玉に視線を移し、呪文を唱えた。


 水晶玉が輝きだす。オレンジに輝くと次に黄色になり、黄緑になり、そして緑がかったあたりで止まる。


「おい、ホントにCだぞ」「マジかよ……」


 それを見たやじ馬たちはどよめき、そして言葉を失う。Cというのは一部のエリートを除けばベテランで到達できるかどうかのレベルである。まだ若い女の子がCランクなのはヤバいことだった。


「えっ? し、Cランク……ですかね?」


 受付嬢が目を丸くしてつぶやくと、


 ミゥはいたずらっ子の顔をしてシアンの後ろにそっと近づき、脇をくすぐった。


「きゃははは!」


 シアンが嬉しそうに笑った瞬間、水晶玉は赤になり水色になり、最後は紫色に激しく光を放ってパン! と音を立てて割れてしまった。


 え?


 凍りつく受付嬢。ザワつくロビー。


「ミゥ! いきなり何すんの?」


 シアンはそう言って素早くミゥを捕まえるとくすぐり返した。


「キャハ! フハッ! やめるのだ! キャハハハ!」


 ミゥは笑いながら逃げようとするが、シアンは楽しそうにミゥの動きを封じながらさらにくすぐった。


「分かった! ギブ! ギブ! 降参なのだ! キャハハハ!」


 ミゥは観念した。


 受付嬢はじゃれあう二人を気にもせず、紫色になって砕けた水晶玉を前に固まったまま困惑している。


「あのぉ……。紫は何ランクですか?」


 玲司は恐る恐る聞いた。


「紫は……Sランク。だけど、こんなに鮮やかな紫は見たことがないわ。SSとかそれ以上なのかも」


「SS!?」「紫なんて初めてだぜ」「おいこりゃヤバいぜ……」


 ロビーではやじ馬たちが青い顔をしながらザワついている。


 SSランクであればもはや伝説級の最強冒険者らしい。このままだと国中にシアンのことが広まってしまう。しかし、ゾルタンを探す上で目立つのは避けるべきだった。


「最初、Cランクでしたよね? CでいいじゃないですかCで」


 玲司は急いで交渉する。


「えっ? でも……」


「これはミゥがくすぐったからだゾ。Cちょーだい」


 シアンはニコニコしながら受付嬢に手を出した。


「うーん……。まあ確かに壊れた水晶玉の結果は使えませんし……。とりあえず、暫定でCで出しておきます。その代わりまた後日再計測させてくださいよ」


「分かったよ! きゃははは!」


 シアンは屈託のない笑顔で笑った。


 帰り際、やじ馬たちは小声で話しながらシアン達と目を合わせないようにしていた。本能的にヤバい奴らだと気が付いたようだ。冒険者にとってヤバい奴からなるべく距離を取るというのは、生き残るうえで大切なスキルだったのだ。


 玲司はやじ馬たちの変わりようがひどく滑稽に思えて、ついプフッと噴き出してしまう。


 敏感なやじ馬たちはそれを聞き逃さない。何人かにギロリとにらまれ、玲司は逃げるように我先にギルドを後にした。


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