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 ルイスにどうやってお礼をしようか。


 借りた上着を洗濯してもらうよう使用人に頼んだ後、部屋で考える。

 ハンカチに刺繍する? お菓子は好きじゃないかしら? 自分では作れないけど、そう言えば一番下の妹のシャーロットはお菓子を時々作っているから、、教えてはもらえるわね。他のものを贈るといっても、庶民の男性に何を贈っていいか分からない。あまり高価なものもいやがるだろう。やっぱりお菓子にしよう。



 ハンカチを用意してもらうよう頼んだ後、シャーロットの部屋へ行った。


「シャーロット、お菓子の作り方を教えて」


 シャーロットは何事かと、大きな目をぱちくりさせた。


「オリビア姉様がお菓子を作るの? 何を作りたいの?」


「お世話になった方にあげたいのだけど何がいいかしら?」 


「それって男性なの?」


「ええ」


 嘘をついても意味がないので素直に答える。


「えー! どんな方? 何があったの?」


 シャーロットの目が輝いた。


「大したことないわ。ただのお礼よ。それより何を作ったらいいかしら?」


 頼むからそっとしておいて欲しい。


「それより詳しく聞かせて? どういう方にどんなつもりで贈るかによって何にするか考えるから」


 いやいや、ただ話が聞きたいだけじゃないのかと思いつつも、言うことに一理あるので、仕方なく話す。料理長に聞けばよかったと後悔するが、後の祭りである。

 シャーロットにきゃあきゃあ言われながら、どうにか作るものを決めた。


「じゃあ明日の朝よろしくね」


 シャーロットに色々しゃべらされて、身体中の生気を吸いとられた気分だった。



 夕食が済み風呂に入りながら、何を刺繍するか考えた。

 ルイスは何が好きだろうか。ルイスのことを考えると自然と笑顔になる。  

 初めは言葉遣いも悪かったが、気がつけばいつの間にか普通に話してくれていた。言葉遣いの悪さは、何だったのかよく分からないけれど、もしかしたら、わざとやっていたのかもしれない。今日は本当に楽しかった。もっと話したかった。


 犬の刺繍はどうだろうか。何かルイスは目付きの悪い大型犬みたい。実際に彼は目付きが悪いわけではない。初めのうち不機嫌そうだっただけである。怖そうだけど実は優しい。シベリアンハスキーといったところだろうか。途中からどんどん雰囲気が変わったけど。

 そんなことを考えながら、ウキウキと刺繍をした。



「何だかオリビアは嬉しそうね」


 翌日、朝食の時お母様に言われた。シャーロットが意味ありげに私を見た。


 朝食後にクッキーを作った。と言っても、言われるがままに手を動かしただけである。一番難しい焼き加減は、シャーロットがやってくれた。

 その後は刺繍の続きである。ルイスと名前を入れた。

 刺繍もクッキーも、納得のいくものが出来た。



 上着も乾いたのでルイスの店に行ける。お母様に事情を説明し、外出の許可を取る。

 お母様にも色々詮索され、私の迂闊さを怒られた。

 


 メイドと護衛を連れてルイスの店に向かった。店に入ると昨日の店員がいたので、ルイスを呼んでもらった。

 ルイスの顔を見ると自然と笑顔になった。


「ごきげんよう。昨日はありがとうございました」


「問題なかったか?」


「ええ。お陰様で。昨日借りたものを返しにきたの」


「いらっしゃいませ」


 女性店員の声が響いた。お客さんが入ってきたようだ。


「ちょっと裏へ行こう」


 ルイスと一緒に店の外へ出て、裏へ向かう。メイドと護衛も少し離れてついてきた。荷馬車で影が出来ていたので、そこでルイスが立ち止まった。


「これ昨日のお礼に。たいしたものではないけれど、本当にお世話になったので」


 そう言いながら持ってきた紙袋を渡す。

 ルイスは紙袋を開け、ハンカチを取り出した。


「この刺繍あんたがやったのか?」


「そうよ。刺繍は結構得意なの」


 ルイスは、刺繍を見つめている。


「へえ、上手いもんだな。こっちはクッキーか。さすがにこれは作ってないよな?」


「えっと、教えてもらいながら作ったの。一番難しい、焼くところは妹がしたから、自分で作ったとあまり大きな声では言えないけど」


「そうか……」


 そう言うとルイスは、一つ取り出して食べた。サクッと良い音がした。


「うまいな。食べるか?」


 ルイスがクッキーの袋を差し出した。


「えっ」


「ああ、お嬢様は外で立ち食いなんかしないよな」


「……食べるわ」


 なんか、自分達とは違うよなと言われたようで嫌だ。クッキーくらいなら食べても良いわよね。

 私も一つ手に取る。少し周りを見てから、口に運ぶ。美味しくて笑みがこぼれる。立って食べるのもちょっと悪いことしてるみたいで楽しいわ。

 

 ルイスは嬉しそうにクッキーを食べているオリビアを、面白そうに見ていた。


「これは味が違うな」


「アーモンド入りと普通のと2種類あるのよ」


「こっちがアーモンド入りか? こっちの方が好きだな」


 ルイスは女性から物を貰うことに慣れているのかもしれない。もう少し驚いたり、喜んだりしてくれるかと思ったが、わりとアッサリした反応であった。やっぱりモテるわよね。

 顔がいい上に、身なりもいい。清潔感に溢れている。身近な王子様に女の子は憧れるだろう。そう思っていたらルイスが言った。


「ここまでしてくれるなんて驚いた。意外だな」


「何もできないお嬢様だと思った?」


「まあな」


 ルイスは再びクッキーを口に運ぶ。


「恩人だもの当然だわ。本当に感謝してるの」


「恩人は大袈裟だ」


「あのままついて行ってたら、今頃こうして笑っていられなかったもの。あなたは、ただ声をかけてくれただけでも、私の人生と子爵家を守ってくれたのよ。……あら、そのわりにはあまりにもお礼がお粗末だったわ、どうしよう。気を遣わせまいと思ったら」


 私は、自分の迂闊さに慌てた。身代金を請求されればすごい金額だろうし、私に何かあれば子爵家の評判も地に落ちる。守られたものは大きいのに、それに見合ってないわ。


「ハハハ、お礼は充分もらったよ。実際、わざわざ送ったわけでもないし、怖いのに勇気を出して声をかけたわけでも、身を挺して守ったわけでもない。知り合いに羨ましがられて、根掘り葉掘り聞かれたのがめんどくさかっただけだ」


 あの一連の行動の中に、羨しがられるようなことがあったのだろうか? 貴族と仲が良いと思われたから?


「だから何も気にする必要はない。あんたに手作りのものを贈られたなんて、あいつらからしたら、王様から褒美を貰ったようなもんだ。知られたら大騒ぎだ」


 ルイスの知人は、女性から手作りのものを贈られる機会がなかったのかしら?


「あまり高価なものはかえって迷惑になると思って、でもせめて感謝の気持ちを込めたかったから作ったの。あなたの喜ぶ顔が見たくて」


「えっ?!」

 

 ルイスが目を見開いたまま固まった。口も開いている。その表情に、自分の失言に気づいた。


「あ、あの、()()だから! 感謝してるから」


 私は恥ずかしくて、目をそらしたまま言った。顔から火が出そうだ。喜ぶ顔が見たいだなんて、男性に対して迂闊に言っていい言葉じゃない。今の説明で誤魔化せただろうか?


「あ、ああ。そうだよな」


 彼が戸惑いながらも返事をしてくれたが、何ともいたたまれない。


 私は、恥ずかしくて彼の方を見られないので、誤魔化すように周りを見回した。


「そう言えば、あなたも服を作っているの?」


 彼のお店に目をやった私は、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。


「ああ、少しずつ任せて貰えるようになってる」


 ようやく彼の顔を見ることが出来た。彼は自信に満ちた嬉しそうな顔で答えた。


「そうなのね。服を作るのが好きなのね」


「ああ」


 彼の瞳がキラキラと輝いている。


「いい服を作ってね」


「ありがとう、オリビア……さん」


 ルイスが名前を呼んでくれた。貴族なので一応()()付けをしたのだろう。ジーンとした。覚えてくれていたんだと思うと、無性にうれしい。


「名前覚えてくれてたのね」


「まあな」


「あんたとしか言われないから、忘れてるのかと思ったわ」


 私は思わず拗ねたように言う。


「美人の名前は忘れない」


 ルイスはニヤッと笑った。明らかに私をからかっていた。


「へっ?」


 それなのに、私は思わず変な声を出した。頬が熱を帯びた。ルイスが声をあげて笑った。


「ハハハ、まるで初めて言われたような反応だな。本当は15才くらいか?」


「ちょっとビックリしただけよ。口の悪い人に褒められるなんて思わないもの」


「余裕がないなあ。まだまだ、お子様だな」


 ルイスは馬鹿にしたような笑みを浮かべて私を見た。


「6才しか違わないのに大人ぶるのは止めてくださる?」


「6才の差が大きいんだよ。お嬢ちゃん」


 そういうとルイスは私の頭をワシャワシャと撫でた。


「ちょっと! ぐしゃぐしゃにしないでよ」


 髪を直しながら彼を見上げて抗議した。顔が火照って熱い。

 彼は、私と目が合うと、目を見開いた。それから、目をそらして何でもないように言った。


「そんな可愛い顔で、そこらの男を見るなよ。皆勘違いして大変なことになるから」


 今度は可愛いって言われた!!!

 嬉しさで緩む口元を両手で隠しながら下を向いた。直前に見たルイスの少し照れたような顔を思い出して、さらにドキドキ、キュンキュンと心臓が暴れまくっていた。

 ああ、なんだか幸せすぎて死にそう。私は脳内で、くるくる回りながら喜びの舞いを舞っていた。



「オリビアさん、大丈夫か?」


 私が、黙り込んだまま胸を押さえているので、ルイスが心配そうに声をかけた。


「あ、ええ。大丈夫です」


 恥ずかしい、自分の世界に入っていたわ。私はすました顔をする。

 ルイスがチラリと店の方を見た。


「仕事中にお邪魔して、ごめんなさい」


「いや、ハンカチとクッキーをありがとう」


 ルイスの声には、気持ちがこもっているのが感じられた。


「馬車まで送るよ」


 そう言うので、二人でしばらく並んで歩いた。言葉が出てこない。


 馬車の扉の前で立ち止まる。


「ありがとうございました。それではお元気で……」


 別れの言葉は直ぐに言い終わってしまった。きちんと笑顔で言えたのだろうか。


「ああ、気をつけて」


 ルイスはやさしい微笑みを浮かべて言った。

 ルイスが手を貸してくれて馬車に乗り込んだ。続いてメイドが乗ると扉が閉められ、間もなく馬車が走り出す。あっという間にルイスの姿は見えなくなった。

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