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 結構いい相手だと思ったんだけどなあ。本気で好きになる前で良かった。そういう意味のショックはないのだが、本当にビックリした。衝撃的だった。まさかこんな形で終わってしまうなんて。

 なんだかおかしくなってきて笑いが込み上げてくる。


 そうやって、先ほどのことに気を取られながら歩いていると、路地から飛び出して来た男にぶつかりそうになった。よけようとしてバランスを崩したら誰かが支えて助けてくれた。


「大丈夫ですか?」


 振り返ると、一見身なりの良さそうな若い男性が立っていた。


「ええ。ありがとうございます」


 彼に向き直ってお礼を言った。


「貴方みたいな綺麗な方が、一人でこんなところを歩いていると危ないですよ。送りましょう。どちらまで帰られるのですか?」


 彼は微笑んで親切そうに言った。


「タスナル通りなのですが」


「私が案内しますよ。さあ行きましょう」


 男性はにこやかに笑いながら、細い通りに入ろうとした。私は、言われるまま彼について行こうと、一歩足を踏み出した。



「あんたさあ、そいつについてったら危ねえぞ」


 いきなり他の男の声がした。


「なんだ君は」


 邪魔された男は声を荒げた。


「身なりの良いふりしてるけど、使ってる生地は安もんだし、靴はボロい。貧乏人なのがバレバレなんだよ。ついて行ったらどこに連れていかれるやら分かったもんじゃない」


 言われてよく見れば、着ている服は、デザイン的に一見高そうに見えるが、生地が安物のようだし、足元は見られることを予想してないのだろう、ヒドイ。


 慌てて男から離れた。


「くそっ」


 男は口出ししてきた男を睨み付けると、路地の方へ足早に歩き去った。

 男の豹変ぶりに私は呆気にとられた。



「あの、ありがとうございました」


 呆然としながらも、とりあえず助けてくれた男にお礼を言う。


「なんで貴族のお嬢様がこんなとこ一人でうろうろしてんだよ。あぶないだろーが」


 男は、不機嫌さを隠さず言った。20代半ばか後半くらいだろうか。


「そうね。迂闊にもほどがあるわね。ちょっと色々あったから、ボーッとしてたわ」


 男の厳しい言葉に、やっと我に返った。


「ボーッとしすぎだろ。私、隙だらけですって宣伝しながら歩いてたぞ」


 男は遠慮のない調子で、ずけずけと言う。


「……よく見てるわね」


「ものすごく目立ってたからな。男は皆見てたさ。後ろから見てたからよく分かったよ。この調子で歩いてると、また変な輩に声かけられるぞ」


 町中を貴族女性が一人で歩いていては大変目立つ。いくら庶民の女性のようにワンピースを着ているからと言っても、生地やデザインが良いので上等なものを着ているというのは一目で分かるし、歩く姿が美しくゆったりとしているので、平民の女性とあきらかに違って目立ってしまうのだ。さらにオリビアは、男たちが振り返って見てしまうほど綺麗だった。


「そうね」


 確かに貴族女性の一人歩きは目立つわね。彼は口は悪いが、悪人ではなさそうだ。不機嫌そうに見えるのも、もしかしたら私の迂闊さに腹を立てているのかもしれない。

 先ほどの男の服装をこきおろしただけあって、彼の服装は見た目は地味であるが、なかなか良い生地で、オーダーメイドのように体にピッタリと合っており、靴も磨かれていて綺麗だった。裕福な商人だろうか?


「あの、タスナル通りに行くにはどうしたらいいのかしら?」


 彼は呆れ果てた顔で私を見る。


「そんなんで、よく一人でうろうろするよなあ。本当気が知れないよ。はあー。やれやれ」


 彼はわざとらしくため息を吐く。


「お説教はいいから、どうしたらいいか教えて下さらないかしら」


 いちいち感じ悪い男だなあと、思いつつも尋ねた。


「この先から馬車が出てるけどさあ、まさか辻馬車に乗ったことあるのか?」


「ないわ。乗ってみたいけど」


「こりゃダメだな……俺もさあ、暇じゃないんだよ。この後お屋敷に届け物に行かなきゃいけねえし」


 彼は苛立たしげに前方を見る。


「あら、どこ?」


「はあ? ロンバスト伯爵家だ」


 彼は面倒くさそうに答えた。


「うちのすぐそばだわ。その2つ隣よ」


「あの辺りか。使いを出して迎えを呼んだほうがいいな。俺はたしかに近くには行くが、ボロ馬車の御者台に乗ってもらうことになるから無理だよ」


「えっ、御者台に乗れるの? 乗ってみたいわ!」


 思わず、声をあげた。楽しそう!


「はっ、子供か?」


「それでどこの家だ?」


「クレルモン子爵家よ」


「通り道か……しょうがねえなあ。後で文句言うなよ。じゃあついてこい。すぐそこだから」


 男は呆れたように言うと、歩き出した。


「ありがとう! あなたのお名前は?」


 私は、ワクワクしてきて機嫌良く聞いた。


「ルイスだ」


 私に返事をしながらルイスはスタスタと歩いていく。


「私はオリビアよ。ルイスさん申し訳ないけど、もっとゆっくり歩いてくださる?」


 彼とはぐれて、また変な人に声をかけられても困る。


「……これだからお嬢様は……」


 そう言いながらルイスはあきらめたように、私の隣を歩く。

 私は馬車に乗ることが楽しみで、もはや彼がどんな態度だろうと気にならなくなっていた。



「オリビアさん!」


 二人で並んで歩きだしてから間もなく、誰かに名前を呼ばれた。驚いて声のした方を見ると、ロイだった。さきほどの女性も一緒である。先ほどは、ほとんど顔が見えなかったが、とても可愛らしい女性だった。


「ロイ様、どうされたのですか?」


「オリビアさんを一人で帰してしまったので、どうされたか心配で」


 ロイが神妙な顔で言う。


「しっかり路地に連れ込まれそうになってたよ」


 ルイスが告げ口をする。


「ええっ!! 大丈夫でしたか?」


「ええ、ルイスさんがそうなる前に、助けてくださったので」


「ああ、良かった!……一人にして申し訳ありませんでした。ルイスさんありがとうございました。オリビアさん、家まで送りましょう」


 ロイは、浮かれて私のことを忘れ去るような、薄情な人ではなかったようだ。

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