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「一生結婚出来なかったらどうしよう……」
私は、お父様が疲れた様子で馬車から降りるのを眺めながら、ため息を吐く。これで何度目だろうか。
私はオリビア、クレルモン子爵家の長女で19才である。私には妹がいて、二人とも婚約者がいる。次女マリアンナが17才、三女シャーロットは14才だ。
私のため息の理由は、私の結婚相手がなかなか見つからないことだ。
自分で言うのもなんだが、見た目はそこそこ良いのである。さらに我が家はお父様に商才があり、かなり裕福である。長女である私の婿になれば、自動的に裕福な子爵家がついてくる。
よって、継ぐ家のない長男以外の貴族の子息達にとって、わりと良い物件なのである。だから婚約の申し込みもこれまでたくさんあったらしい。
それなのになぜ婚約者がいないかと言えば、占いのせいである。
我が家では、婚約の申し込みがあると、魔女にその縁組みの良し悪しを占ってもらうのだ。魔女は誰が良い相手かは占えないので、申し込みが来る度に相手との相性を占ってもらうこととなる。
魔女は気に入った人からの依頼しか受けてくれないし、占い料は高額であるため、こうやって相手を選んでいるのはとても珍しいと思う。
羨ましいことに、妹達は良いご縁であると言われた男性と、11才と14才で婚約した。
それなのに長女で一番申込みが多い私は、まもなく20才になろうかというのに、相手が見つからないのである。
無駄と思いながら居ても立ってもいられず、お父様の元へ向かう。お父様は、私に婚約を申し込んだ相手との相性を、占ってもらいに行っていたのだ。
「お父様あの」
「オリビア、悪いが婚約はお断りするよ。『悪くはない程度の御縁、オススメはしない』と言われた相手に、大切なオリビアを嫁がせることは出来ない」
「そ、そうですか」
流石にそう言われると、それでも結婚したいとは思えない。またか……私は予想通りの結果に打ちのめされて、部屋へ戻った。
女性は20才くらいまでが適齢期で、それを過ぎると婚約の申し込みも一気に減り、父親に近い年代の方や、再婚の方からの申し込みが多くなるようなのである。焦らない方が不思議だろう。
このまま良いご縁を待っているだけでいいのだろうか? というか、もう待ちくたびれた。落胆してばかりのこの生活に疲れ果てた。
自分が好きになった人と結婚するなら、占いなどせず結婚させてもらえるかもしれない。今度の夜会では、誘われるのを待つだけではなく、もっといろんな人と関わってみよう。
夜会の日がやってきた。次女のマリアンナは、当然婚約者が迎えに来る。
私はお父様にエスコートをお願いしていた。
お父様に、自分でも相手を探してみるので、良い人がいたら占いなしで結婚させて貰えないかと伝えると、
「そうだな。オリビアも、もうすぐ20才になるから不安だろう。私も協力は惜しまないよ。オリビアがどうしてもその相手と結婚したいと言うなら、その時は占いはしないよ」
そう約束してくれた。
会場に着くと、お父様が何人かに紹介してくださった。なかなかピンと来る相手はいない。
話し掛けられた方と親交を深めてみようとしていると、お父様が邪魔してきた。
「申し訳ない。ちょっと先約があって。オリビア行くよ」
男性に挨拶して、彼から離れたところでムッとしたままお父様を見ると、
「さっきの人は前お断りした人だから、相性は良くない」
と、言われた。これまで婚約を申し込まれたら占いをした後に、どこから申し込まれたか教えてもらってはいたけれど、面識のない人もいてすべて覚えているわけではない。家に帰ったら相性が悪かった人のリストを貰おう。でないと相手にも悪いし、労力の無駄である。
とりあえず、話す前にお父様を見て、相性の悪い相手かどうか確認した。
ダンスを踊って良い雰囲気になった人もいたが、実は私より3つ年下で、それが発覚した途端、お互い微妙な雰囲気になってしまった。
感じの良い人だなと思う人には婚約者や恋人がいる。色んな人に話しかけられるが、この人はと思って父を見ると首を振られたり、せっかく良い感じかもと思っていると、別の人が割り込んできて、話せなくなったりと思うようにならない。
会場の隅の方には、相手のいない人がポツリポツリと見受けられる。
女性に話しかける勇気がないだけで、良い人がいるかもしれないと勇気を出して話しかけてみた。
その男性は話しかけるたびに嬉しそうにしてくれるものの、口下手なのか緊張しているのか全く話が続かなかった。
それでも、『ここで頑張らないといつ頑張るの!』と自分に気合を入れ、また別の人に話しかけたが、私が好意を持っていると勘違いされたのか、やたら馴れ馴れしく、鳥肌が立った。「知り合いを見つけたので」と言って、逃げ出した。
三人目にチャレンジする勇気はどこにも残ってなかった。
結局何の成果もないまま、舞踏会は終わってしまい、ぐったり疲れて馬車に乗った。
「オリビアどうだった?」
お父様が早速話しかけてきた。
「見ての通り、疲れただけだったわ。感じのいい人はお相手がいるし、頑張って話しかけた人とは、全く会話が弾まないし、次は逆に馴れ馴れしくて気持ち悪いし、……」
「そうか……、私が探してやるわけにもいかないんだよなあ。話を持って行っておいて断わるわけにいかないし、探しておいて、あっちもこっちも断ると、私だけでなくオリビアも悪く言われかねない。数人くらいなら、良さそうだと思う相手を見繕って占いで見てもらうという手もあるが、出来るのはその程度だな。やりすぎると魔女に出入り禁止にされる。ただでさえ『また来たのか、もう引退したいんだ。私をあまりわずらわせるな』って毎回言われてるからな」
「お父様やお母様が動くとさわりがあるわよね。自分で探すにも限界があるから……そうだわ、友達に頼んでみるわ」
早速仲の良い友人であるエレインに頼むと、快諾してくれ、すぐに段取りをしてくれた。
一人目はエレインの従兄弟で、その人はとても優しそうな人だった。優しいが気が弱そうな感じも受けた。穏やかには過ごせそうだが、なんだかピンとこない。申し訳ないけれどお断りさせて貰った。
次にエレインの幼馴染みのロイを紹介して貰った。ロイはとても気さくな人だった。話しやすくて好感が持てた。次回も会うことになった。
2回目は、二人で町の中の喫茶店でお茶をした。話が弾んで楽しく過ごした。お茶も飲み終わったので、化粧直しに席を立った。
今日も良い雰囲気だったから、また誘ってもらえそう。このままロイと結婚することになるのかしら?
能天気にそんなことを考えながら席に戻ろうとしたら、なぜか彼の隣に女性が座っているのが見えた。二人は私に背を向けて座っていて、こちらには気が付かない。近づくと女性の声が聞こえた。
「……ずっと後悔してたの。あんなこと言いたかった訳じゃない。ただ寂しかったって言えば良かったのに、あなたに文句ばっかり言って。あなたなんて大嫌いって言って。まさかあなたが私の側から居なくなるとは思ってもみなかった。あなたに会えないのが、こんなに寂しくてつらいとは思わなかった」
「……」
ロイは下を見つめたまま黙っている。
「やっぱりあなたがいいの。あなたじゃないと駄目なの……あなたのことが好きなの」
「ジュリエッタ!」
ロイの声にはよろこびが溢れていた。彼は彼女の方へ体を向けた。
彼女の顔を見つめようとしたところで、ようやく私に気づき、口を開けたまま凍り付いた。
「ええっと、私は急用ができたので帰りますね」
私は我に返ってそう言うと、足早に喫茶店を出た。ロイは慌てて追いかけてきた。
「あの、ごめん。もしかして聞いてた?」
焦りを顔に浮かべたまま、青い顔をして問いかける。
「私のことは、お気になさらないで下さい。そう言えば、支払いするのを忘れましたが」
「それはもちろん俺が払います。こちらから誘っておいて、こんなことになって本当に申し訳ない」
彼は、頭を下げた。
「お幸せに。それでは」
私は淡々と言うと、さっさと踵を返し歩き始めた。
目の前で繰り広げられた出来事に、私は自分が思っている以上に衝撃を受けていたらしい。自分が知らない道を一人で歩いていることや、帰る方向さえ分かってないことに思い至らぬまま、先ほどの光景を思い出しながら通りを歩いていた。