7話 プライドの高い悪役令嬢の宥め方ってこれであってますか?
数日前に伝書鳩郵便局に出した手紙の返事を読んで満足した俺は、軽い足取りで渡り廊下を歩いていた。そこを、サーニャが呼び止めてくる。
「殿下。本日の昼食ですが、庭園にランチを用意させましたので、よろしければご一緒に……」
「ああ、もちろんだ」
「……では、庭園でお待ちしています」
感情を伺わせない対応で、サーニャは立ち去っていった。うーむ。以前の失敗がまだ尾を引いていそうな感じがするな。どうしたものか。
あと、そろそろ問題になりつつあるのが。
「殿下? アレクサンドラ様の調査もいいですが、たまにはこちらの食事会にも顔を出されては?」
目を細める俺の乳兄弟こと風のディル。そして彼が耳打ちしてくるのを、少し遠くで心配そうに見ているリーナと逆ハーメンバー。
「ああ、そうだな。ひとまず、今日はこのように返答してしまったのだ。近い内にまたそちらに戻る」
「……お待ちしていますよ」
ディルはそう告げて、俺から離れていった。俺を覗いたリーナたち五人は、俺をちらと見やってから消えていく。
「学生ってのはどこも変わらないな」
前世でもこう言うぎくしゃくはあったもんな、と思いながら、俺はサーニャとの昼食へと赴く。
「サーニャ。今日もお前は美しいな」
「ありがとうございます」
「何だ、照れてはくれないのか?」
「数日間ずっと言われれば慣れもします」
ダメだ。暖簾に腕押しという感じ。俺は難しい顔になりながら、シェフお手製のハンバーグを頬張る。うわうま。肉汁ドバドバ溢れるじゃん。
しかし、一緒に食べているサーニャがこの調子では、ハンバーグのうまさも半減というもの。どうにかして以前の失敗を取り返したいが、切り口が見つからない。
そのためじっとサーニャの顔を見つめながら、俺は唸るばかりだ。一方サーニャはツンとすました顔で、食事を淡々と進めている。
「殿下、一つ質問をしてもいいでしょうか」
と思ったら質問があるご様子。
「ダメだ」
「ッ。そ、そうですか。分かりました」
「違う。サーニャが一向に俺に視線を合わせてくれないからダメだ。俺の方を見てくれたら質問を許す」
「……」
ここ数日間で久しぶりに、サーニャの顔に表情らしきものが浮かんだ。それは生憎と悔しさの類だったが、それだけでもうれしいというもの。
「やっとこっちを見てくれたな。それで、質問と言うのは何だ」
「……最近、嫌がらせが急になくなりました。教科書を破られることも、私を見てくすくすと笑う声も、そういった類すべてが、です」
「それは良かったな」
「殿下とでっ、……デートの翌日、あるいは翌々日くらいから、そういう風な変化がありました。率直に質問しますが、殿下の仕業ですか?」
仕業、と言うあたり、これは怒る用意をしているらしい。恐らく、『一人では生きていけない女などと、侮らないでくださいませ』の文脈だろう。自分でどうにか出来た、余計な手出しをするな、の流れだ。
ホントめんどくさ可愛いなこいつは、と思いながら、俺はそれを華麗にかわす。
「なぁ」
「何ですか」
「このハンバーグ、うまくないか?」
「話誤魔化すの苦手ですか殿下」
こいつツッコミが上手いぞ。
「じゃあ分かった。代わりに予言させてくれ」
「何の代わりかはわかりませんが、何を予言するというのですか」
「サーニャの、俺の返事を聞いた後の言葉を予言したい」
「……?」
サーニャ、怪訝な顔。俺は構わず言う。
「『助けてやらないと何もできない女などと思わないでください!』だ。細かい点はさておいて、お前はそう言う趣旨の言葉を言う」
「……」
何とも言えない表情になるサーニャ。俺は「さて返答だが」と前置きして言った。
「そうだ。俺が手を回した。何か文句はあるか」
「……いえ」
いえ、と言いながら苦虫を噛んだような顔になるサーニャ。俺はふふんと笑う。
「勝ったな」
「予言は外れていますよ」
「馬鹿な……。俺が負けただと?」
言うと「ぷふっ」とサーニャは顔をそらして吹き出した。俺は思わず、「おお!」と声を上げてしまう。
「えっ、な、何ですか」
「サーニャが笑った」
「は、はい?」
「俺は前に言っただろう。お前の笑顔が見たい、と」
今見れた。美しいものだな。
そう笑いかけると、「え、あ、こ、これは……!」とサーニャは一気に赤面して俯いてしまう。
「ああ、いいものだ。笑顔、からの赤面。値千金だ」
「ひ、人の表情に、勝手に値段をつけないでください」
「そうだな。値段をつけるということは売るということだ。お前を誰かに明け渡すつもりはない。ならば、値段はつけられないな」
「ほ、本当に、ああ言えばこう言う……!」
そんなわけで俺はしばらく赤面サーニャを眺めていた。彼女はしばらくわたわたしていたが、しばらくして深呼吸と共に息を整えた。
そしてまた氷の表情になる。しかしそうか……。単なる褒め殺しが効いた序盤と違って、これからは一工夫入れていかなければならないのか。これは面白くなってきた。腕が鳴るぞ。
「話を戻しましょう」
「どうぞ」
「私のいじめ問題について、手を回してくださったこと自体には感謝します。ですが、もうこれ以降、余計な手出しはおやめください」
私で解決いたしますので、ロレンシウス様の手を煩わせる必要はありません。
サーニャの物言いに、俺はこう返す。
「断る」
「っ!? だ、ダメです。やめてください」
「断る」
「な、何故ですか」
「断りたいからだ。断る。お前が困っていたら手を回す」
「や、やめてください」
「嫌だ」
「嫌だ、ではありません。やめてください」
「断る」
「……~~~~~~!」
悔しげにぶるぶる震えるサーニャ。語気荒く、俺を問い詰めてくる。
「何故ですか。私一人ではそんなに不安ですか。そんなに頼りない女ですか、私は」
「お前がどれだけ頼りにできる存在だったとしても、俺はお前が困っていれば手を回す。サーニャが頼りある頼りないの問題ではない。サーニャがサーニャである事が問題だ」
アレ、何か妙な言い回ししなかった俺?
「わ、私が私である事が問題……?」
あ、うん。マズってるわ。
「違う。そこは問題ではない」
「私……、私が私である……? 問題……。ど、どういうことですか」
「言い間違えだ」
「言い間違えって何ですか!」
ダメだ。サーニャは混乱して言い間違えの意味も分からなくなってる。目もぐっるぐる渦を巻いている。
「サーニャ。お前はお前でいいんだ。自信を持て、サーニャはサーニャだ。そこに問題はない」
「わ、私が私であることは問題ではない……」
「そうだ。ほら、落ち着け。ステイクール……」
「す、すていくーる……」
一緒に深呼吸。段々とサーニャの目の色がまともなそれに戻ってくる。
「……何か、とても良くないものに翻弄されたような気がします」
「そうだな……」
まさかこんなちょっとした言い間違えで、自我崩壊の危機に陥るとは。俺は少しサーニャのことを勘違いしていたのかもしれない。
「サーニャ」
「何ですか、ロレンシウス様」
「朝……瞑想を一緒にしないか?」
「!?」
何ですかそれは、何が目的ですか、と叫ぶサーニャに、お前にはマインドフルネスが必要だ、と迫る俺。言い合いはもつれ込み、二人揃って授業に遅れる羽目となった。