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5話 警戒する悪役令嬢とのデートの必勝方法ってありますか?

 学園内の歓楽街区域に訪れた俺たちは、喫茶店の一つを貸し切って向かい合わせに座っていた。


 気分は二人きりのお茶会である。社畜時代では考えられなかったような大胆なアプローチが、馬鹿王子の今はすんなり決められて心地よい。そう考えると、転生で乗っ取った云々と言うより、本当にただ思い出しただけなのだなぁと思う。


 ……思い出しただけ、と言うと流石に語弊があるな。過労死の記憶があまりに鮮烈だから。などと思いながら、飾られるインテリアの古時計を見る。四時。午前四時、俺一人のオフィス、うっ、頭が!


「どういう心変わりですか。それとも、まだ何か、私を陥れようとするには不足があったと?」


 サーニャの言葉に、俺は視線を彼女に戻した。彼女は自分のペースを取り戻し、凛と姿勢を正して、俺を射抜くように見つめている。


 俺は言った。


「あーん」


「あーん!?!?!!?」


 目の前にあるケーキを一口、フォークでサーニャに差し向けると、サーニャは動揺のあまりバグり出してしまった。「ほら、あーん、だ。あーんしろ」と俺がせっつくと、正常な判断力のないサーニャは戸惑いがちに「あーん……」と俺が差し出したケーキをパクリ。


 それから咀嚼しながら、混乱しっぱなし、という風に表情七変化を見せてくれた。何だこの可愛い生物は……。と俺は心の中でもだえまくる。


 俺様攻めいいな……。相手が自分に少しでも好感を持っていてくれるとごり押しできるのが強い。好感がゼロだとただの勘違い男なのが諸刃の剣だ。そこは社畜時代のバランス感覚で予防していきたいが。


「……!? ……? ……!?」


 モグモグしながら無限にバグってるサーニャを見る限り、警戒こそあれど俺のことを好いてくれているのは間違いないと思う。可愛いなぁこの子……。サーニャマジで可愛い……。


 ようやくケーキを飲み下して、サーニャは沈黙した。俯きがちに赤面しているのはいつものことだが、深呼吸を経て彼女は覚醒する。氷のように美しい表情になる。


「仕切り直します」


「どうぞ」


「殿下。あなたは私のことを嫌い、先日のパーティでは婚約破棄を狙っていたのではと考えていました。ですが今、あなたは私に親しげに接し、あ、あた、あたかも、こい、ここここっ、こい、びとの、よ、ような……」


「がんばれ。もう少しだ。もう少し具体的に」


「ぐっ、ぐっ、具体的にっ!? てっ、手をつないで、連れまわし、たり。じっ、……じっと、み、見つめ、たり。い、いいいい、今に、いたって、は」


「今に至っては?」


「あ、あー……」


「あー……」


「……」


「……」


「すいません……どうか、ご勘弁を……」


「あー、惜しかったな。あと少しで手が届いた」


「届いても嬉しくありません!」


 ピシッと怒髪天で言うサーニャ。うん。これは俺が悪いな。サーニャで遊び過ぎた。「すまなかった、許してくれ」と言うと、サーニャはキョトンとして「で、殿下がそこまで言うのであれば……」と引っ込んでくれる。


 俺どこまで言ったのだろうか。一言しか謝ってないけど。


「本題に戻します」


「どうぞ」


「何が目的ですか?」


 じっと真正面からの問いに、俺はどう答えたものか考える。会話において、常に最強の手札は誠意と正直だ。嘘なんてつかなくていい。ただ、大人は真実の一端を隠す。


「サーニャ、お前の可愛さに気付いた」


「……はっ?」


 眉をひそめ、俺の軽口を疑うサーニャ。だが、これは真実だ。だから真実を証明すべく、俺は情熱でもって押しとおる。


「お前の恥ずかしがりなところが可愛いことに気付いた。お前のまじめさの美しさに気付いた。お前の世話焼きなところに愛情を感じた。お前のからかい甲斐のあるところが愛おしいと気づいた。お前の―――」


「っ!? まっ、まっ、まっ、待ってください! ちょっ、ちょっと整理させてください」


「サーニャ、お前は正直本当に可愛いぞ。お小言をいう感じがこう目をかけてもらっているなぁという感じがあってすごくいいんだ。そして防御力が低すぎるのも愛おしい。少し褒め殺しただけで赤面して喋れなくなるところが、もう愛おしくてたまらな―――」


「待ってくださいと言っています! 待ってください!」


「はい」


 ゼーゼーと息を荒げるサーニャに、俺はパッションの勝利を感じた。そうだよ。ツンデレとはこう料理するものなのだ。ツンの鎧はこのように剥ぐものなのだ。こうすることでツンデレのデレという一番美味しいところにありつけるのだ。サーニャ可愛い。


「―――で、では」


 目を瞑って、しばらく口を閉ざしていたサーニャは、思いつめたような声でこう問うてくる。


「あの男爵家の娘……リーナ・ローズに入れ込み、私を邪険に扱っていたのは、何だったのですか」


 くるよなぁ、その質問は。


「わ、私は、ずっと殿下の傍で、支えてきたつもりでした。いくらうるさがられようと、あなたを立派な王にすることが、いずれ国母となる私の義務であると。ですが、あなたはいつの日か私を突き放し、リーナ・ローズを愛していました」


 質問しておきながら、俺の返答が怖いのだろう。サーニャは矢継ぎ早に言葉を重ねる。


「私はっ、私は、もう、あなたには一生愛してもらえないのだとっ! そう、思っていました。覚悟も、決めていました……。なのに、あなたは、今更、そんな風に……!」


 私は、分かりません。サーニャは首を振りながら言う。


「あなたの心が、私は分かりません。ロレンシウス様は、一体何をお考えなのですか? 私を油断させて、リーナ・ローズを虐げていた証拠でも探しているのですか!? でしたらご生憎様。私は彼女をいじめたりしていません! でっち上げない限り、証拠なんてないのです」


 ちなみに俺はサーニャがリーナをいじめた証拠を持っていたりする。つまりリーナがでっち上げたものだ。リーナさん……。


「それとも、何ですか? 今度は悪趣味にも、私を惚れ直させて、また裏切ろうとでも言うのですか? そうですね、それをされれば、私はあなたの望み通り、本当に心が砕けてしまう事でしょうね!」


 とうとう立ち上がって、彼女は叫ぶように言った。サーニャは、本当に俺がそんなことをするとは思っていない。そうされれば、本当に自分の心は死んでしまう。そんな事はしないでください、と懇願しているのだ。


 だが未熟故に、怒りの感情に任せることでしか、それを俺に伝えられない。本当に不器用な少女なのだ。


 涙目になって言い、そして息を切らして俺を見つめるサーニャ。たった数日のアプローチでここまでサーニャを揺るがせられるとは、本当に好かれていたのだなと思う。


 俺がここで手を離せば、サーニャは壊れてしまうだろう。それこそ、彼女が言うようなことを入念にする必要などない。この場で「バレたか?」とでもうそぶけば、俺はサーニャを壊してしまえる。


 ―――だからこそ、そんなことは決してしない。


「サーニャ」


「……なん、ですか。殿下」


 震える声は恐怖の証。俺は、出来るだけ声音を優しく語り掛ける。


「言っただろう。俺は、気付いたのだ。お前の愛らしさに。だから、お前との関係性を修復したいと思った。だからこうやって、今までのことを許してくれとアプローチしている」


「ゆっ、許してくれなんて、今の今まで一度も言われてはおりませんが」


「言ってないからな」


「なっ」


「それに、お前が欲しい言葉でもあるまい?」


 俺が問いかけると、「う、……」とサーニャは黙ってしまう。望むように手の上で転がってくれるの可愛いなぁ。俺のセリフ、現状で言葉遊び以上のものではないのに。


 だが、そうは問屋が卸さない、と先ほどの質問を、斜め下睨み赤面ながらに彼女は繰り返す。


「では、リーナ・ローズはどうするのですか! 先日の殿下の生誕祭では、私とは踊りもせず、彼女と仲睦まじげに踊っていたではありませんか!」


 そういやそうだったか、と思い出す。リーナさん踊りもうまいんだよな。エスコートするはずが、エスコートしやすい形に誘導させられていたのでは、と今では思う。こわ……。


「リーナは……」


 その問いに、俺はどう答えていいのか分からなかった。一緒にいれば破滅する人はちょっと……、と言っても通じないだろう。それに、破滅しないのならばいいのか? という話になってくる。


 そういう事ではないのだ。だからやはりさっきまでの説明が全てで、俺がサーニャを好きになってしまったというだけだ。リーナは前世基準だとすごい怖い女の子なので、嫌いとかではないのだが怖い女の子はちょっと……。


 しかし、そんな説明をできるわけもなく。


「リーナには、俺以外にも多く想うものがいる。彼らがいればいいだろう」


 俺が言うと、サーニャは失望の表情を浮かべた。当然だ。俺の説明が悪い。もっとうまく持っていければ……と思うが、もう遅い。


「ならば」


 サーニャは、震える声で言う。


「ならば私とて、ロレンシウス様を必要としているわけではございません。わた、私を、一人では生きていけない女などと、侮らないでくださいませ」


 失礼します。とサーニャは一礼し立ち去っていった。その後ろ姿が消えていくのを見送って、俺は「まずった~……」とため息を吐く。


「うまくまとめられなかった。クソ、常識外の説明が前提にあるのに、それを説明できないってのは辛いな……」


 俺は頭を抱え、懊悩するばかり。そうすればするほどに、サーニャの顔が脳裏に焼き付いていくようだった。


「サーニャ……」


 せめて一度、お前の笑顔が見たい。


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