26話 俺様王子が悪役令嬢を賭けて決闘ってマジですか? 上
翌日、訓練場にはおびただしいまでの人が、観戦に集まっていた。
登場口の少し奥で待機している俺にも、その喧騒が聞こえてくるほど。俺とて、実戦になれているわけではない。だからはやる気持ちをどうにか押さえつけながら、暗がりで待っていた。
『紳士淑女の皆様、よくぞ今回はお越しくださいました!』
魔法によって拡大されたルーデルの声が、訓練場いっぱいに響き渡る。
『本日は王族と大貴族の子女たちによる、四回にも及ぶ決闘が行われます。皆様、盛大な応援をお願いいたします!』
では、ご入場をお願いします! と呼ばれ、俺は暗がりから足を踏み出す。
『まずは我らが王太子! 我が兄上! ロレンシウス・アルタイル・ブリタニア!』
シン、と俺の入場に誰もが口をつぐむ。そこに剣を掲げると、破裂せんばかりの歓声が上がった。
「頑張ってください殿下ー!」「あんな可愛いミッドラン様が悪女なわけがなーい!」「是非勝って幸せにしてあげてくださいー!」
歓声を受け、俺は確かに頷いた。どうでもいいけど俺ってこんなに人望あったのか……。馬鹿王子のつもりでいたから自覚が全然ない。
『続きまして、我が世代を担う大貴族の面々! こちらは連戦と言う形式上、登場に合わせてのご紹介となります! 先鋒! 火属性魔法を得意とする我らがブリタニア軍大将の御子息、アルヴァーロ・ヴァノン!』
野太い歓声が、登場したアルを包み込んだ。その表情は、以前俺にじゃれついてきた大型犬めいたそれではない。心に火を灯しながらも冷静にものを考える、指揮の天才の顔だった。
自然俺たちは、ある程度の距離まで近づいていく。そしてルーデルの決闘開始の宣言の前に、奴は言った。
「交渉を要求する! ロレンシウス! 受ける気はあるか!」
大声で言ったのは、観衆にも聞こえるようにだろう。俺も倣って、大声で返す。
「交渉の申し出を受ける! 一体何が目的だアルヴァーロ!」
「ルーデルに設定された連戦形式を破棄し、二人まで同時にお前を相手取る試合形式に変えてもらいたい! 代わりに俺への不戦勝を提案する!」
ほう、と思う。アルとは戦わなくていい代わりに、残る三人の内二人と同時にやり合え、という交渉だ。俺は考え、こう返す。
「ディルとサルバドールの二人組ならば交渉を受け入れる! レオナルドと誰か二人組と言うのであれば、受けない!」
「提案を飲もう! 次鋒はディルとサルバドールの二人組とすることを約束する!」
「了承した!」
交渉がまとまる。あまりにもスムーズな流れだ。しかし突拍子もない提案でもあったため、観衆はざわめいている。
「……何が目的だ?」
普通のトーンで俺が聞くと、アルは言った。
「俺はお前には勝てない。消耗させるのも難しいだろうな。ディルもサルバドールも同じだ。だから、もう少しハラハラしてもらおうと思った」
「何だ、ハラハラとは」
「ディルとサルバドールと言えど、二人同時に相手取れば、ケガするなってルールじゃなかなか難しいだろ? その方が消耗は大きいと踏んだ。あるいは―――レオに、お前の情報がいくってな」
「……それを聞いて、撤回したくなったぞ」
「ハハ。おせぇよロレンシウス。けど、折角の決闘だ。楽しんでいこうぜ、なぁ」
言い捨てるように、アルは踵を返した。立ち去っていく姿に、ルーデルが演説を加える。
『何と驚いたことか! 第一戦は、交渉で決着! 不戦勝にて勝者は―――兄上、ロレンシウス! 誰がこんなことを予想したでしょうか!?』
ルーデルの解説に、観衆が沸く。間髪入れず、二人が登場した。
「ではこのまま流れでご紹介しましょう! 土属性魔法を得意とする公爵家ご子息、サルバドール・チェチーリオ・ブルゴーニュ! もう一人は風属性魔法を得意とする、兄上の乳兄弟、ディル・ブランディア!」
現れるのは俺と同じ仕掛人と、何も知らないディルの二人だ。一度に二人を相手取る。アルはああいったが、彼らとて弱いわけではない。
「ということだ、ロレンシウス。二人がかりと言うのは少し不甲斐ないが、お前は強いからね」
「殿下との一対一が成立するのは、レオナルド様だけです。我々は名誉よりも、勝利を選びました」
「ハ。それはまた、アルヴァーロの言いだしそうなことだ」
俺たちは剣を抜き、構えた。
静寂が場内を占める。一拍おいて、ルーデルが宣言した。
『では第二回戦―――開始ッ!』
「行くよ、ロレンシウス―――大地よ! 我が敵につぶてを!」
地面が隆起し、石つぶてを吐きだした。単なる投石を魔法で複数同時に飛ばすだけだが、侮るものではない。その一つ一つが俺を敗北に誘う威力がある。
「援護します! ―――風よ! つぶてを敵へといざなえ!」
そしてディルの魔法が、その厄介さを跳ね上げた。的外れな場所に飛んでいくような石も、俺めがけて宙をカーブする。
俺は言った。
「恐ろしいな。恐ろしいので、消えることとしよう」
指を鳴らす。そして、俺は消えた。
「「ッ!?」」
石のつぶては目標を見失って明後日の方向に飛んでいく。決闘の流れまでは流石に共有していないので、サルバドールも焦って声を上げた。
「今、詠唱をしなかった……!? 何だ、ロレンシウス。お前は一体何をした!」
「くっ、お得意の光魔法で消えても、私ならすぐに見つけられますよ! 風よ―――」
「そうだな。お前はこの魔法の天敵だ、ディル」
言いながら、俺は剣を振るった。背中を裂かれ、ディルは倒れ伏す。
「なッ!? 大地よ! 隆起し我が足場を押し上げよ!」
サルバドールは慌てて土魔法で自分の位置を手の届かない高さまで押し上げ、俺の奇襲に備える。その足場は直径十メートル、高さ三メートルくらいあるやつだ。うん、割とマジで攻撃通んないね。
それから奴は、「いや、二人がかりで本当に良かったよ」と冷や汗を拭った。
「まさか無詠唱なんてね……。初戦で当たっていれば、何をすることも出来ずに倒されていたかもしれない。だが、もう油断はしないぞ。―――大地よ! 我がシモベを召喚せよ!」
地面がボコボコと隆起を始め、何体ものゴーレムの形へと変貌していった。俺は姿を消したまま、すげー、と眺める。
「これでしらみ潰しにすれば、お前なんてすぐに見つかるさロレンシウス! さぁ、降参するなら今の内―――」
「侮られるのも、不快なものだな」
俺は光魔法での透明化を解き、姿を現す。誰もが、俺の行動に眉をひそめた。
「だから、サルバドール。お前はケガをさせないことにしよう」
「何だよ、それは。遠回しの降参か?」
「逆だ。お前を、降参させてやるという意味だ」
光よ、と呼びかける。
「我が体に、その速さの一片を宿せ」
「は……? 光に、速さも何もないだろう。こけおどしだ! ゴーレム、ロレンシウスを打ちのめせ!」
「分からんだろうな。この世界の人間では」
俺は口端をニヤと持ち上げる。全身が光る。そして―――駆けた。
―――何もかもが停止した時間に、俺は居た。
―――ただ、最初に意識した通り、ゆっくりと足が前に進む。
―――そしてサルバドールの足場の目の前に到り、
―――剣を、振るった。
轟音が響いた。悲鳴が上がった。俺は気づけば砂煙の中にいて、落下してきたサルバドールの「いたっ!」という間抜けな声を聞いた。
そこに、剣を突き付ける。
砂嵐が晴れた時、俺はサルバドールの首筋に剣を突き付けて立っていた。サルバドールは剣の切っ先を見て、言葉を失う。
「どうする? 続けるか」
「いや……宣言通りになってしまったね」
彼は諦めに染まった笑みを浮かべ、ため息と共に両手を挙げた。
「降参だ」
一拍おいて、大きな歓声が上がった。『うおおおおおお!』とルーデルが珍しく興奮して話し始める。
『この一瞬で何が起こったのか! 兄上が消えた瞬間に、高く積み重なっていたサルバドール兄さんの足場が一瞬で粉々になってしまいました! 土魔法の堅牢さで知られるサルバドール兄さんですが、兄上の一撃には敵わなかったぁぁぁああああ!』
あいついい解説するな。俺はサルバドールの手を握り、立ち上がらせる。
「ロレンシウス。見ないうちに腕を上げたね。というか色々と意味の分からない魔法を使うようになった。何をしたんだい?」
「教えんぞ。少なくとも決闘中はな」
「ハハハ、それもそうか。……でも、次は気を付けなよ。レオナルドは、ボクから言われるまでもなく見抜いてる」
「……そうだな」
前世の漫画でも、よく覚えている。レオナルドだけは別格に強かった。悪役令嬢ものという少女漫画の舞台で、一人だけ少年漫画から出てきたような実力者だった。
『では、早くも最終決戦です! 拍手と共にお出迎えください。水属性魔法を得意とする、宰相ご子息―――『剣聖』レオナルド・ギャスパル・クレール・ブーロー!』
向かい側の登場口の奥。暗がりの中から、奴は姿を現した。普段は気取ったバカ野郎。だが実力は折り紙付き。
軍の大将子息のアルヴァーロも、一番目立つ俺も差し置いて、五人の中で最強として君臨する者。
「確かに、いくらかやるようになったみたいだ。―――油断はしないぞ、ロレンシウス」
レオナルドが、そこに立っていた。