24話 俺様王子が悪役令嬢とマジで復縁してるじゃん 中
リーナさんの迫真の演技も挟みつつ、プレゼントタイムは終わったらしく、ホールに音楽が流れ始めた。
それによって、俺に集まっていた針のような視線は少し和らいだ。いやマジで嫌だった。リーナさん本当に尊敬するよ。何で男爵令嬢をふった第一王子が針のむしろ、みたいな状況を作れるんだ。実は学園ってもうリーナさんの支配下なんじゃねーの?
とか怖いことを想いつつ、俺はホール中心に近寄ってサーニャを探した。サーニャも解放されたらしく、俺を見つけてパッと晴れやかな表情になる。うん! 可愛い!
「ロレンシウス様!」
「ご苦労だったな、サーニャ。プレゼントとは言え、あの量では労働もいいところだろう」
「ふふ、そうかもしれません。少し肩が凝ってしまったくらいです」
ですから、とサーニャは俺に手を差し伸べる。だがそれ以上は言わない。こう言うのは、男が言うべきだから。
……リーナさんの仕込みかな、これは。
俺は片膝をついて、その手を取る。
「そうだな。是非俺と踊って、その凝りをほぐそうじゃないか。―――サーニャ、俺と踊ってくれるか?」
「ええ、もちろん」
はにかむサーニャの手を握りながら、楽団へと目を向ける。彼らは流石プロ仕込みで、察して曲をノリのいいものに変えてくれた。
「さぁ、踊ろうサーニャ」
「はい、ロレンシウス様!」
サーニャの両の手を、俺は力強く引き寄せた。「きゃっ」と声を漏らして近づいたサーニャは、俺の顔の寸前まで顔を近づけて、ギリギリで止まる。
「っ。……ふふ、ロレンシウス様も悪戯っ子ですね」
「お前は本当に手ごわくなったよ、サーニャ」
音楽に乗って、俺たちはくるり回り始める俺の少し強引なリードに、サーニャは軽やかについてきた。やはりサーニャの弱点は雑談くらいのもので、教養として学ばせられるものは本当卒がない。
「殿下、今失礼なことを考えませんでしたか?」
「いいや、お前のことを誇りに思っていたくらいだ」
「疑わしいですね」
むっとして俺を見つめてくるサーニャ。俺たちはリズムに合わせてステップを踏む。
「疑われるなんて心外だな。俺は本当にお前を誇りに思っているぞ」
「じゃあ、何を考えていたのか教えてください」
「それは断る」
「何でですかっ。やっぱり失礼なことを考えていたのでしょう?」
「違う。誇りに思っていた」
「もう。ふざけたお人……」
言いあいながらも、俺たちは笑顔のまま。いつものように俺はふざけて、サーニャは振り回されることを楽しんで、ダンスにてくるくる回る。
それを眺める周囲の反応は、二分されていた。
「見ろよ。本当に復縁したんだな……」
「ああ、何とも楽しそうだ。ミッドラン様も、華やかな表情をしているだけで、あれだけ可憐になるとは……」
と評価するものいれば、
「ふん。ミッドラン公爵令嬢様は、どんな汚い方法を使って、あれだけリーナさんを愛していた殿下を取り返したのかしら」
「殿下も殿下よ。王族ならば側室として受け入れるくらいの度量を見せて欲しいわ。とはいえ、リーナさんも殿下の側室に納まるくらいなら、他の方の正室に納まるのでしょうけれど」
と首を振るものもいる。
だが、今の俺たちには何の関係もない。前者はただ見守っていてくれ。後者はこれからお前らのために見せるモノがあるから、楽しみにしていると良い。
そうして、曲が一つ終わる。俺たちは手をそっと離し、お互いに一礼をする。
「終わってしまいましたね」
「そうだな」
「次は、誰と踊るのですか?」
「さぁな。真っ先にサーニャと踊ろうとは決めていたが、次は誰か、などとは考えていなかった」
周囲を見渡せば、俺と踊りたい者などいくらでもいる。だが、誰と踊っても面白くはなさそうだ。自然、サーニャへと視線が戻る。
「他の方の下へは、行かないのですか?」
「二連続で誰かとダンスを踊るのは、マナー違反だったか」
「……! いえ、マナー違反、では、ありません。ですが」
サーニャはもじもじしながら、言葉を続ける。
「同じ相手をダンスに誘うのは、『あなた以外など目に入らない』という、熱烈な告白の意味が……」
手強くなったサーニャと言えど、それをこの場で説明するのは、恥ずかしかったようだ。口をもにょもにょさせて、最後には消え入るように言葉が途切れる。
「なら」
俺は言った。
「最初から、俺にはお前以外いなかったらしい」
「……ロレンシウス様は、そういうところが、ズルいです」
俺が差し伸べた手を、サーニャがおずおずと取る。周囲から『おぉ……』とざわめきが聞こえた。それだけ大きな意味があるのだろう。前世の色んな漫画のせいで、こういう細かい文化が他の記憶と混じってしまうな。
そして曲が始まる。しっとりとした雰囲気で、俺たちは先ほどよりもゆっくりと回り始める。
「穏やかな曲ですね……。何だか、落ち着きます」
「そうだな」
緩やかなテンポに沿って、俺たちは踊った。
先ほどとは違って、すぐに会話は起こらなかった。ただ、お互いの目を見ていた。きれいな目だ、と思う。純粋無垢で、キラキラした光を宿して世界を見つめている。
「ロレンシウス様……」
ポツリと、つい零してしまったように、サーニャは俺を呼んだ。「何だ」と返すと、サーニャはうっとりと俺を見つめながら小さな声で言う。
「私は今、夢を見ているような気分です……。少し前まではあんなに遠くでリーナと踊っていたあなたが、今はこんなに近くで、私の瞳を見つめています」
「ああ。……そうだな」
俺には、その件について何も言う事はない。事実としてそうだった。あの時の俺は、それこそサーニャのことなど眼中になかった。あるいは、邪魔な存在とすら認識していた。
「私はそれを見て、ただ寂しかった……。知っていましたか? 私はずっと、ロレンシウス様、あなただけを見ていたのですよ」
「知っている。お前はある種孤高で、唯一、横に並ぶ俺を、不出来な弟のように叱っていたな」
過去には、そう言う力関係のこともあったのだ。一人、とびぬけてサーニャは優秀だった。だがいつしか逆転していて、それでも素行が悪くやる気がなかった俺を、サーニャは叱り続けた。
そして俺は、それをして『実力もない癖にうるさい奴』と見做したのだ。
「ロレンシウス様はいつしか、私を置いてどんどん先を行ってしまわれました。立派になられるにつれて、あなたは私を歯牙にもかけなくなりました。そして気付けば、あなたの隣にはリーナが立っていた……」
「リーナさんを拒める男などいない」
「ふふっ。そうですね。直接話して、私もそう感じました。素直に思います。リーナには、女ぶりでは敵いません」
だからこそ、私は気になるのです。
サーニャは俺を見る。以前のような、すがりたい、でもすがるのは怖い、といった色の瞳ではなかった。ただ、俺に興味があって、俺を知りたいと願う瞳。
そこにはとっくに自信があった。愛すること、愛されること。その両者を理解してなお、サーニャは俺に問いかけた。
「あの日、私の誘いに乗ってくれたのは何故ですか? ロレンシウス様」
「あの日、誘い……」
「生誕パーティの婚約破棄を取りやめたことではありません。その翌日、私が断られるつもりでお誘いした昼食に、あれだけ乗り気でいらしたのは、何故だったのですか?」
ああ、と思う。毎日のように誘われ、断っていた昼食。もはや意地で行っていただろう申し出。婚約破棄の破棄が全ての始まりなら、あの申し出を受けたのが、俺とサーニャの始まりだった。
俺は答える。
「……気になったのだ」
「はい……?」
俺たちは、なだらかな動きでダンスを続ける。
「婚約破棄を破棄した瞬間、お前は涙をこぼした。それが、俺には分からなかった。ないがしろにしてきた相手に、あんなふざけたことを言われれば、普通は激怒するものだろう。だが、サーニャはそうではなかった。涙をこぼして、そのまま顔を覆って走り去った」
何故なのだろうと、思ったのだ、きっと。
「俺は、あの瞬間、お前の涙の理由を知りたくなった。お前に興味がわいたのだ。あのとき、信じているなどと薄っぺらな言葉を投げかけられて泣いてしまうお前を、知りたくなった」
「……」
サーニャは、俺のことをまっすぐに見つめている。それから、熱に浮かされたようなふわついた声で、問い返してきた。
「……分かりましたか? 私があのとき、何故泣いたのか」
「分かるさ。分かって、お前が愛おしくなったんだ」
サーニャは、じんわりと涙を浮かべた。頬を持ち上げ、心底嬉しそうに、彼女は泣く。
「私、死んでも構いません」
「俺が構う。まだ愛し足りない。今死なれては困る」
「うふふ、そうですね。殿下が困るのであれば、まだ死ねません」
曲が終わる。一層サーニャのことが愛しくなる。もし時が許すのであれば、このままキスしたいくらいだ。
だが、愛しい時間は過ぎた。ここからは、演目に従って声を張らねばなるまい。俺は振り返り、そして近づいてくる四人を見た。
「サーニャ」
「分かっています。……共に、行きましょう」
「ああ。―――さぁ、やろうか。学園すべてを欺く、華麗なる舞台の幕を上げよう」
俺とサーニャは並び立つ。ここから先、血糊の雨がふるぞ。