22話 悪役令嬢と男爵令嬢が裏で仲が良いのが見れるのってココですか?
放課後。俺は睡魔に襲われて、あくびをしながら芝の生えた丘の区域を歩いていた。
この辺りは、平日あまり人が居ない。歓楽区域内にも、アクセスのいい公園めいた場所があるからだ。だからここは、人気や人目を避けてゆっくりしたい面々が、まばらに訪れる。
中々広い空間なので、少し奥まったところに行けば本当に誰も見えなくなる。俺も王子という立場上、草原で寝ているところを見られるのも良くないので、ちょっと奥の方でまたひと眠りするか、と歩いていたのだが。
「リーナ。今日は少し真剣な話をするつもりで、今回のお茶会に招きました」
サーニャの声が聞こえてきて、お、と俺は息を殺して接近だ。そうしてさらに丘を登ると、隠れた場所にシートを敷いて、ピクニック的な雰囲気でお茶会に興じる二人の姿が見えた。
つまりは、サーニャとリーナさんのコンビである。
裏で会っていそうだな、とは思っていたが、本当に裏で会っているとは。俺はガールズトークを盗み聞きするのも野暮か、と思って遠ざかろうとしたとき、サーニャは言った。
「今日呼んだのは他でもありません。……ロレンシウス様の可愛さについてです」
何だって?
俺はサーニャの口から出てきたとは思えない言葉に、この場を離れる選択肢を失った。光魔法で姿を消して、気配を悟られない程度の距離を開けてその場に同席する。
サーニャに向かい合うリーナさんは、厳かに言った。
「気付いてしまいましたか……」
え、何どういう事? サーニャが勝手に言ってるだけじゃなく?
俺は眉根を寄せて見の構え。正座で静聴を始める。
「サーニャ様はどこで気づかれましたか?」
「その……作戦で人前デートをしまして。そこでその、ほっぺにご飯が付いていて。取ったらちょっと照れて、『世話になったな』って」
「―――――!」
リーナさんは顔を両手で覆って声にならない叫びをあげる。それから正気を取り戻して、言った。
「失礼しました……。今三途の川を渡りかけたところで」
何で?
「しかし、いえ。……最&高です。大変すばらしいです。流石サーニャ様……」
「そ、そんなに褒めないでください」
誉めそやすリーナさんに、照れ照れのサーニャ。俺といるときとは少し違って、すんなり受け入れている感じがある。
というかあの時様子がおかしかったのってそういうこと? どういうこと? 俺何にも分かんないんだけど。
女子二人の話は姦しく進む。
「私を恥ずかしがらせて何が楽しいのか、と殿下のことを不思議に思っていたのですが……。あの時、理解してしまいました。だって、あんなに、あんなにロレンシウス様が可愛いなんて……!」
「キャー! ですよね! ですよね! そうなんですよロレンシウス様は! いっつもしっかりしてらして、泰然自若とされていて、そんなロレンシウス様が珍しく、珍しーく照れるのが、本当にもう、可愛らしくって……!」
拳を握って力説するリーナさん。目を輝かせてうんうんうんうんうん! とばかり激しく頭を縦に振るサーニャ。そして引き気味な俺。これ俺、見てはならないものを見ているのではなかろうか……?
今からでも席を外して忘れた方がよさそうだな、と立ち上がろうとした瞬間、リーナさんの視線が鋭くこちらに向いた。俺はビクッと硬直して、動けなくなる。
「……? リーナ、どうしましたか?」
「いえ……。そこに気配があったような気がしまして」
「え、だ、大丈夫ですか? わ、私、こんな話誰かに聞かれたら生きていけません。殿方を可愛く思うだなんて……」
「生きていけない、とまでは思いませんが、私もこう言う話は発狂してしまうので、人に見られていたらコトですね……! でもサーニャ様、大丈夫です。私はこう見えて魔法特進クラスに入れるくらい魔法に長けています。誰がいても追い立てて仕留められますから」
リーナさんのにこやかな死刑宣告に、俺は動くのを止めた。そして身じろぎ一つも出来なくなる。俺とて死にたくない。死にたくないです。
そんなわけで、致し方なく静聴を続ける。この秘密は墓まで持っていこう……。
「そ、そんなわけで、ですね。その、いつも恥ずかしいことを言われてばかりの私ですが、これからは私からも言っていきたい、と思いまして」
サーニャはたどたどしいながら、キリリとした表情で言った。俺の前だと中々見られない表情である。まぁ俺がからかうからなのだが。
対するリーナさんは。
「流石ですサーニャ様! 分かりました。私とて、数か月で5人の上級貴族の殿方を勝ち取った女。私の『女作法』の全てを、お伝えしましょう」
何かすごい話になってきたぞ。大丈夫か俺。本当に聞いてていいのか俺。いや、ダメなのか。ダメだから逃げられないし、墓までもって生きなければならないのか。
詰み。
「という事でですね。早速一つ、明日から使える女作法第一弾をお伝えします」
「は、はい」
「すなわち―――肩を叩く、です」
「……はい」
ほう?
俺もサーニャもキョトン顔。しかしリーナさんは、「では説明しますね」と仕切り直す。
「まず前提として、人間は身体的接触で相手を強く意識します。ですが、場所によっては悪影響をもたらすことも多々。触れる場所は考えなければなりませんし、その強さも適切でなければなりません」
「は、はい」
ここまでの説明は、まぁ分かるものだ。男同士でふざけて尻を撫で合うようなことはままあるが、されたときは中々に不快である。
「そこで、肩です。肩は神経が少ないので、触れられた、と感じる一方で快感も不快感も生みません。ただし、これはただ触れたというだけの状況においてです。つまり」
「つまり……?」
「異性に肩を触れられれば、体を触られたという不快感を排除して、ただ『異性から触られた』という情報だけが残るのです」
「!」
サーニャは即座にメモ帳を取り出して、ペンで書き書き。あーでも確かに、前世で好きになった女子とかって、そういうボディタッチをよくしてくるタイプが多かった気がする。
「肩を叩く……覚えました」
「良いでしょう。次は中級編。明日から使える女作法第二弾」
リーナさんはカッと目を開く。
「手を握る、です!」
あー、それ弱いわ。やられたら好きになっちゃう。
「て、手を、ですか」
サーニャは緊張の面持ちで繰返す。「はい。手を握る、です」とリーナさんは何度でも念押しだ。
「これは友達以上恋人未満、みたいな関係性から有効になります。相手は友達以上の相手なので、これをするだけでドキドキしてきますし、不快感はありません。友達、という関係性からさらに進める際の突破口として活用できます」
「リーナは、そういう事を考えて行ったのですか?」
「もちろんです」
リーナさん……。流石最強の人。敵う気がしない。っていうか俺も落とされた内の一人だったわ。すでに負けてた。
「そして第三弾! 本日私からお伝えする、上級女の作法です」
「は、はい……!」
サーニャはゴクリと唾を飲み下す。そして、リーナさんは言った。
「上級編。それは……―――」
リーナさんは、ここにきてサーニャの耳元で囁くに収めた。「―――……!」とサーニャは驚愕に震える一方、俺は首を傾げる。
何でここにきて耳打ちなんだろうか。ここには俺たち以外誰もいないというのに。
「と、いうことで、ご満足いただけましたでしょうか?」
「はい……! それはもう。待っていてください、リーナ。次のお茶会では、きっと満足いく成果を報告しますので!」
では、こんなところで。とサーニャは歩き去っていく。俺はと言うと、リーナさんがこの場から離れないとバレてしまうので動けない状況だ。リーナさん待ちである。
その後、リーナさんはテキパキと後片付けを終え、大きめの籠に詰め込んだ。そして帰る、と言う歩き方で俺の隣を通り過ぎ―――
「―――もう、こんなマナー違反しちゃダメですからね、ロレンシウス様?」
「―――……はい」
「いい子です♪ あ、最後の一手は、是非サーニャ様から直接教えてもらってください」
リーナさんはそのまま、ルンルンとした足取りで去っていった。俺はその後ろ姿を見送る形で立ちすくみ、一言。
「……俺一生リーナさんに勝てる気がしない」
こんなに敗北感を覚えることってあるか、と俺は項垂れるのだった。
さて後日のこと。7回目くらいの分からせデートを終え、そろそろ退却、と席を立ったときのことだった。
「あ、殿下、ちょっと待ってくださいませ」
呼び止められ、「何だ」と立ち止まると、サーニャが背伸びをして、俺の頬にキスをした。
キスされた。
「……。……っ。……!?」
「あ♡ ふふっ。いつも愛を囁かれてばかりですもの。お返しです」
悪戯っぽく、しかしサーニャの顔も多分に赤く、相当に勇気を振り絞ってのアプローチだったのだろうと思わせられるような、そんな行動に、俺は、俺はただ。
「参った……」
もろ手を挙げて、降参のポーズだ。肝心のサーニャはというと、心底嬉しそうに、愛しげに、自らの唇に触れていた。
無論、周囲がざわついている。分からせデートの主旨は、間違いなく達成されていたのだった。