21話 俺様王子と悪役令嬢が復縁したって本当ですか?
自演には、布石というものは必要だ。
いきなり急なことをしても、「えっ、何で?」と納得を構築できない。そういう不納得を「ああ、あの人たちああだったもんね」という風に納得させる。それが布石なのだ。
というお題目で、俺は歓楽区域でも人気の多い、カフェテリアに一人座っていた。
王子が座っているともなれば、周囲の貴族たちと言えど、遠巻きに見ているしかないのが普通だ。「珍しいな……」とか「今日も素敵です……」とか囁き合うのが関の山。というかそうか。俺ってイケメンだったな。忘れてたわサーニャとしか絡まないから。
その時、遠くから近寄ってくる人影があった。俺はそれに気付いて自然と表情が華やいでしまう一方、彼女の不評ばかりを聞いている周囲はその接近にざわめきだす。
「……お待たせしました、ロレンシウス様」
ご想像を裏切らず、サーニャである。
「ああ、待っていたぞ。さ、座ると良い」
俺がにこやかに着席を促すと、周囲がどよめく。今までの逢瀬はほとんど人前を避けて行っていたから、実態として人前で触れ合うのは実は初なのだ。
「……ちゅ、注目が。私たちに注目が集まってます、殿下」
「そうでなければ意味がないだろう」
―――そう、これこそが布石。名付けて、『人前でイチャイチャを見せつけて「あ、本当に恋人同士になったのね」と分からせる』作戦である。
通称分からせ大作戦。これは計10回に分けて行われる予定だ。今週末にあるサーニャの誕生会に合わせての日程組みである。
どうにかこうにかこじつけて、サーニャの可愛さを知らしめたかっただけともいう。
「う、うぅ……。ロレンシウス様、恥ずかしいです……。本当に人前であれやこれやを……?」
「無論だ。何、恥ずかしいのは最初だけだ。すぐに癖になる」
「こんなはしたない真似、癖になったら困ります……っ!」
真っ赤になりながら抗議してくるサーニャ。だが声は抑え気味。注目を浴びている中で派手なことをするのが恥ずかしいのだろう。可愛らしい限りである。
「では、ひとまず注文でもしようか」
「は、はい」
店員を呼び止め、いくつか選ぶ。店員は何度か俺とサーニャの顔を見比べてから、いかにもな商品名を読み上げ確認をして立ち去っていった。
「……殿下? 今のラブラブなんちゃらと言うのは……」
「来てからのお楽しみだ。しかし、お前とこうして普通に話せていると思うと、何とも嬉しい限りだな」
「なっ、……その手にはかかりませんよ殿下。私は何度も何度も口説かれて、耐性が出来ているのです」
ふふん、と強気な態度のサーニャ。一方俺は。
「そうか。……本心だったのだがな」
素で言ったのでちょっとションボリしてしまう。ションボリロレンシウス。
「うっ、あっ、そ、そういうことじゃなくて、その、あの」
慌てだすサーニャは、手を振り回してアワアワしてから、小さく縮こまって、消え入りそうな声で言った。
「……私も、嬉しいです……」
ハイ可愛い。俺は一気に元気になる。
「少し前までは、俺がただお前を傷つけていた。だから、こうして普通に会話に応じてくれる、というだけで本当に嬉しいのだ。『何が目的ですか』『どうせ嘲笑うつもりなのでしょう』などと言われるのは、今の俺には苦しい」
「……ロレンシウス様」
机に置いた俺の手にそっと手を伸ばしてきて、サーニャは言う。
「もう、そんなことは言いません。ロレンシウス様が、その、ほ、本気で私の事を愛してくださっているのは、わ、……分かっていますから」
「っ」
俺はその言葉に、心底驚いてしまう。その事実を受け止められるほど、この短期間で成長したのか、と。あるいは、成長しようとしているのか、と。
「サーニャ……」
俺は彼女の手に指を絡め―――
「ご注文のラブラブ南国ジュースです」
空気読めや。
店員が俺の睨みから逃げるように、大きなジュースを置いてそそくさと去っていった。しかし彼女も仕事なのだろう。仕方なし、とサーニャに視線を戻すと、顔を覆って亀の構えになっていた。
「私は何もしていません」
この感動的なシーンを忘却に追いやらないでいただきたい。
「サーニャ、ジュースが来たぞ」
「私は結構です」
「ダメだ。亀の構えを解け。瞑想もやめろ」
ちなみに瞑想だが実はいまだに毎朝やってたりする。
「……何ですかこのジュースは」
そして通常モードに戻ってきたサーニャは、目の前にどんと置かれたジュースを見てキョトンとしている。
そう。このジュースはいかにもカップル御用達の形状をしていた。サイズも大きく、ハートマークのストローが刺さっている。向かい合わせで二人同時にジュースを飲めるアレだ。
このノリすごいな。平成って感じ。
「殿下……これを飲むんですか?」
「そうだ」
「本気ですか?」
「本気と書いてマジだ」
「マジですか……」
語彙が移ってしまった。マジとか言っちゃう公爵令嬢の完成である。元々野生に返せそうな生態をしていたので今更か。
「遠巻きに見ても分かりやすいだろう。さぁ、飲むぞ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。こ、……心の準備を……」
目を閉じ、すぅーはぁー、と深呼吸して、また開く。そしてジュースを前にして、言った。
「……覚悟が、まったく決まりません」
サーニャ……。
サーニャは動きがカチコチになるくらい緊張しているようで、一挙手一投足がロボットのようだ。このままロボットダンスとかし始めないかな。しないか。
しかし、こんな時にも効く魔法の言葉はあるもので。
「サーニャ」
「何ですか……?」
サーニャは申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見てくる。
俺は言った。
「3、2、1でジュースを飲み始めなければキスする」
「はいっ?」
「3、2、1」
俺はストローをくわえた。サーニャも慌ててストローに口をつける。
成功。周囲が息をのむ。それでサーニャが我に返ったら、と危ぶんだが、周囲を気にする余裕すらそもそも無いようだった。
「……! ……!? っ……!」
本気で泣き出す寸前みたいな顔で、目を回しながらサーニャはジュースを飲んでいた。顔は当然真っ赤だし、涙目もここに極まれりという感じだ。それでいて嫌がっているというのでもなく、一心にジュースのグラスを睨んでいながら、チラチラと俺を見ているのがもう。
―――マジで可愛い。本当に可愛い。こればっかり言ってる気がするが、正直語り切れないという気持ちが強い。
そのままサーニャは止まらず、息継ぎもせずジュースをすすり、最終的には一息に飲み干してしまう。氷だけになったグラスをストローですすった時特有の、ズコココ、という音がする。
俺が口を離したら、サーニャもぱっと口を離して、むせ始めた。そりゃ息継ぎもせずあの量を一気に飲んだらそうもなる。
「大丈夫か、サーニャ」
「は、ゴホッ、はい……」
まったく、と俺はそっとハンカチを手渡す。毎朝メイドが渡してくれる清潔な奴だ。サーニャはハンカチで口元を拭って、「メイドに洗わせて、返却いたします」と照れを隠すようなハキハキした口調で言った。
「ああ、分かった。では次だな」
「……次……!?」
いや、前に説明したじゃんか。
「一緒に呑むストローと『あーん』がこなすべきアピールだ、と言っただろう」
「―――……そうでしたね」
きゅーっと目を瞑って再び覚悟を決めようとするサーニャ。どうせその覚悟決まんないぞ。
だがサーニャは、覚悟が決まるまで目を瞑っているつもりらしく、ずっと顔をきゅーっとしていた。そんな中で注文通り、オムライスが届く。うむうむおいしそうだ。ご苦労。
「サーニャ、あーん」
「あーん……」
目を瞑っているうちに済ませてしまおう、と俺は流れであーんして、サーニャの口を開かせる。サーニャは覚悟決めに集中しすぎて、流れで俺がしたあーんを受け入れてもぐもぐし始めた。周囲はざわめきながらずっとこちらを凝視している。
「美味いか?」
「はい、おいしいで……」
パチッとサーニャの目が開く。もぐもぐは継続。視線を下ろすとオムライス。一口分だけ減っている。
「……今、あーんしました?」
「した」
「……何で言ってくれないんですか?」
「言ったが」
言わずにできるあーんなんかねぇよ。
サーニャは心なしかショボンとしている。あ、恥ずかしいけどイチャつきたいはイチャつきたいのかサーニャって。可愛い。
しかしサーニャ。お前、大事なことを忘れているぞ。
「じゃあ今度はサーニャの番だな」
「……はい?」
「とぼけた反応をするな。あーん、は交代でやってナンボだろう」
そら、スプーンを握れ。促すと、キョトンとしたままサーニャがスプーンを握る。
「えっと……あ、え、あ、……そうでした。わた、わたし、私も、ロレンシウス様に、あ、ああああ、あーん、を……」
「さぁ、ウェルカム」
両手で手招きをして、サーニャのあーんを催促する。サーニャはまたもプルプル震えながら、しかし健気にもオムライスを掬い取って、斜め下の方を見ながらそっとスプーンを差し出してくる。
「あ、あーん……」
「あーん。! サーニャ、驚いたぞ」
「えっ、な、何ですか」
「サーニャに食べさせてもらうと、倍美味い」
「かっ」
今日は恥ずかしさの初期値が基礎レベルでかなり高いのか、少し意識させるようなことを言うだけでキャパを超えるらしい。サーニャは硬直して動かなくなってしまった。石像である。
「ふむ……。ひとまずこなすべきことはこなしたし、後は固まっていてもいいぞ」
一通りできて、俺としてはかなり満足だ。正直一回目で全部こなせると思っていなかった。サーニャ自身の成長も感じられたので、文句なしのデートである。
そんなわけで、後は任せろとばかり黙々とオムライスを食べていると、いつの間にかサーニャは正気に戻っていて、俺の方を見つめていた。
「む、回復したか。もう特にすることはないので、いつも通り食べて店を出よ―――」
「殿下、ほっぺにごはんが付いています。だらしがないですよ」
もう、と言いながら、サーニャは俺の頬に手を伸ばし、つまんでそのまま食べてしまった。俺はその様子をぽかんと見つめる。
「取れました。でも、ふふ。いつもしっかりされているロレンシウス様の気の抜けたところを見られる、と言うのも、この作戦の役得でしょうか」
言いながら、ちょっと悪戯っぽくサーニャはクスッと笑ってくる。それに俺は、固まって、その、何と言うか。
「……世話になったな」
俺が視線をそらして言うと、サーニャは「え」と声を漏らしてから、何かに気付いたように口を両手で押さえて目を見開いた。え、なになに。こわい。何その反応初めて見た。
「ロレンシウス様」
「な、何だ」
「も、もう一回やりませんか? 今の」
「い、嫌だが。何だ? 何が目的なんだ?」
「いいから、もう一度やりましょう」
「……?」
サーニャのごり押しなんて初体験で、俺は珍しく押し切られ、もう一度頬にご飯をつけて、取ってもらう、と言うやり取りをする羽目になったのだった。
異様に喜んでいたが、何だったんだ……?