19話 俺様王子が逆ハーメンバーと軽くバトる会場はここですか?
リーナの逆ハーメンバーは、サーニャにこそ当たりが強いが、基本的に気のいい連中である。
その二面性が一番大きく出ているのは誰か? という質問に、俺はこう答える。
「ロレンシウスーーーー! 遊ぼうぜ!」
「アルヴァーロ」
アルヴァーロ。火のアルくんだ。
以前サーニャに俺の豹変っぷりを問い詰めに独走した彼だが、基本的に底抜けに明るい馬鹿野郎である。逆ハーメンバーはバランス力に優れるか、バカの代わりに一芸を持った奴のどちらかになる。
アルがどちらになるのかは言うまでもないだろう。
「ロレンシウス! ロレンシウスロレンシウスロレンシウス!」
「うざいぞアル。用件を述べろ」
俺の周りをピョンピョン飛び回るな。周囲の目を引いて仕方がない。
「遊ぼうぜ!」
「……」
すっげぇバカだなこいつ……。サーニャも怪しいが、こいつは間違いなく小学生から成長してない。というよりじゃれついてくる犬に近い。大型犬だ。
だが憎めない奴でもあるのは事実。
「何をして遊ぶつもりだ」
「何でもいいぞ! 俺はロレンシウスと遊びたいだけだからな!」
こいつ人生楽しいんだろうなぁ……。いや俺も大概楽しいが。王になったら公務が待っているのだろうか。大人になりたくねぇ……。
「じゃあ軽く試合でもするか?」
「いいぞ! 久しぶりだなぁロレンシウスとの模擬戦。お前頭もいいのに実技も俺に勝つんだもんなぁ。すげぇよなぁ」
「お前みたいな天才に言われてもな」
「俺? 俺はちょっと指揮が上手いだけだ。全部ですげぇお前には敵わん!」
ちょっとじゃねぇよ。レオもだが、バカ二人は得意分野がぶっ飛び過ぎてる。アルは指揮関連。軍事大将の血筋の生まれとしては、最高傑作とさえ言われる才能らしい。ちなみに水のレオはマジで戦闘が強い。宰相の息子なのに。
そうして、俺たちは歩いて模擬戦のできる訓練場に向かい始めた。その途中で、こんな声を聞く。
「ねぇ。最近のミッドラン様、どう思いますか?」
ミッドラン。ミッドラン公爵。アレクサンドラ・ヴィセーヌ・ミッドラン。つまり、サーニャのことだ。
「王子殿下に捨てられたというのに、また必死にすり寄って……。みっともないと思いませんか? 引き際すらわからないなんて、公爵家とは思えません」
「王子殿下も、きっとご迷惑に思われているに違いないわ。ああ、あんな方がいまだ婚約者のままだなんて。殿下がかわいそうで涙が止まりません」
「そうです。身分さを乗り越えて愛を勝ち取ったリーナさんに申し訳ないと思わないのかしら。これだから」
俺が動こうとしたとき、アルがそれを制した。彼はニッと笑って、「俺に任せな。我が王子」と進み出る。
「おうおう! 楽しそうに陰口叩いてるみたいだな」
「!? あっ、アルヴァーロ様!」
「あ、いえ、その、これは……」
「いえっ、アルヴァーロ様は、リーナさんの恋人の一人だったはず……! アルヴァーロ様も、同じように思いますよね!? だって、ミッドラン様は」
すり寄ってくる陰口令嬢たちを前に、アルは笑みを崩さず言った。
「その辺で止めとけよ。俺はこれでも、王の求める秩序を保つ役割を賜った従者の家系の人間だ。俺が出た時点で、そういう事なんだ。注意で済んでる内に、注意で済ませられるように振舞ってくれ」
「あ、う……」
「し、失礼しました、アルヴァーロ様! ほ、ほら、行きますよ!」
アルの物言いに怯んだ彼女らは、逃げるようにしてその場を去っていった。俺はそこに追いついて「お前はもっと手荒だと思っていた」と告げる。
「……俺は、心情的にはあの子らの味方だからな」
俺は、僅かに瞠目する。
「それを、俺に直接言うか」
「言うさ。俺はバカだから、言う。―――なぁ、折角の遊びだ。何か賭けようぜ」
振り返りながら言うアルの目には、先ほどまで宿っていた天真爛漫さはない。真剣な色が、薄闇の中で輝いている。
「お前が勝ったら、適当に決めてくれ。俺が勝ったら……アレクサンドラとの婚約破棄。どうだ?」
俺は言った。
「そんな勝負乗らんが?」
「負けるのが怖いのか?」
「怖いぞ。サーニャを失う可能性が一ミリでもあるのなら、それは俺が恐れる大きな要因だ。だから怖い。そんな勝負は受けない」
「……本当に怖い奴が、怖いなんて真顔で言えるかよ」
アルは舌を打って「分かったよ。無理強いしたら後が怖そうだ」と撤回する。
「つーかロレンシウスに勝てるとも思ってないしな。お前に勝ち得るのはレオだけだ」
「確かにレオ以外になら勝てるな。怖がることなかったかもしれん」
「吹かしやがって。この! ムカついたから乗ってやる! おらっ!」
瞬時に身を翻して、アルは俺の背後に回ってのしかかってきた。おんぶの形である。おいちょっと前にサーニャを背負った背中お前で上書きすんなよ殺すぞ。
「さぁ進め! ロレンシウス号、出発!」
俺はアルを投げ飛ばした。うざ過ぎたためである。
という事で訓練場。模擬戦では、向かい合う俺とアルに加えて、三人観客がいた。
「キャー! 二人とも頑張ってくださーい!」
「兄上ー。がんばえー」
「あ、うっ、……ろっ、ロレンシウス様っ! がっ、がんば、って、くだ、さい……!」
ガンガンに両方応援してくれるリーナ。やる気もないがその辺に居たので連れてこられたルーデル。そして応援で大声を出す、という事が恥ずかしいのか、たどたどしい声援を送ってくれるサーニャの三人だ。
可愛いなぁサーニャ……。不慣れだけど頑張ってくれてる感が堪らない。これは勝たなきゃならんな。ルーデルはむしろやる気が削がれるから黙ってて欲しい。
「うおおおおお! リーナ! 俺! 俺頑張るよ!」
そしてリーナの声援一つで無限にバフがかかるアルだ。こいつの人生幸せそうだなぁ。
「んじゃ二人とも向かい合ってくださいー。ふぁああ……。昼寝する予定だったんだけどなぁ」誰だルーデルに審判任せた奴。
「では―――勝負、開始!」
「行くぜロレンシウス! うおおおおおお! 火よ! 俺の周囲に燃え上がれ! 俺に触れるすべてを燃やし尽くせ!」
周囲に炎を全開にして、アルは初っ端からフルスロットルだ。俺はちょっと引き気味にその様子を眺める。
心配してくれるのはサーニャだ。
「えっ、えっ、あ、アルヴァーロ、あんなに火魔法が卓越しているなんて。だ、大丈夫ですか? ロレンシウス様、ケガしませんか?」
アワアワしながら隣の観客二人に問いかける。それに、リーナとルーデルはこう答えた。
「大丈夫ですよ、サーニャ様。ロレンシウス様はお強いですから」
「っていうか多分秒ですよ。大人しく兄上が勝つのを見てるといいんじゃないですか」
「えっ」
観客たちの解説もほどほどに、アルは模擬戦用のなまくらな直剣を構え、突撃してきた。それに俺は息を吐き、呟く。
「眼に飛び込む光よ。彼の者に我が幻影を。真の我が姿を悟らせるな」
言うが早いか、俺の姿は消え、代わりに俺の幻影が飛び出してアルに切りかかった。「うぉっ!」とアルは受けようとするが、それは幻影だ。
そしてありもしない攻撃への防御を固めた分、他の部分ががら空きになる。
「終わりだ」
俺はアルの背後から首筋に剣を突き付けた。「く、くぅ」とアルは剣を手放し、降参する。
「キャー! キャー! ロレンシウス様ー! 格好いいですー!」
「ほら、こんなもんですよ。レオ兄さんでも連れてこない限り、兄上に勝てる人なんていません」
「くぅう……! やっぱ強ぇ! 何がどうなってるか分からんうちに負けるんだよなぁ」
ワイワイガヤガヤ言い始める三人に、ポカンとするサーニャ。「今度はルーデル! お前とやってみたい!」「えー、私はそんなに強くないですよ。やるからにはぼこぼこにしますけど」と次のマッチを決めるアルたちを俺はスルーして、サーニャに近づく。
「すまないな、俺たちの勝手な遊びに付き合ってもらって。婦女子に見せるようなものではないから、手短に済ませたが」
近づいてみたサーニャの顔は、どこか上気していて、ぽーっと俺を見上げていた。
「……大丈夫か?」
「ロレンシウス様、格好良かったです……」
言うや否や、サーニャはハッとして、「す、すいません。何でもありません」とそっぽを向いてしまう。
俺は、ぬっと詰め寄って声を掛けた。
「すまないな。今サーニャが何と言ったのか聞き逃してしまった。是非もう一度言ってくれないか?」
「で、ですから、何でもないと言いました」
「いや、絶対に何か言っていたはずだ。『ロレンシウス様、かっこ』……までは聞こえたんだ。しかしこの後が分からなくてな。何と言ったのか、教えて欲しい」
「わ、私は何も言っていません……!」
「いいや言った。うっとりした表情で、サーニャは言ってくれた。俺はその思いを無駄にしたくない。愛するお前の言葉を一つたりとも逃したくないのだ。さぁ、教えてくれ。何と言ったのかを、もう一度」
「う、うぅ、ううう……!」
俺にぐいぐい来られて、サーニャの顔はまっかっかだ。いつものように涙目になって、プルプル震えながら、か細い声で口にする。
「か、格好いいと、言い、ました……」
俺は目を瞑ってその言葉、声を噛み締める。はー……。ホントこの。このこのこのこの!
「サーニャ」
「なっ、なん、ですか……?」
恥ずかしさでサーニャはオーバーヒート気味だ。そこに俺は容赦なくオーバーキルを入れていく。
「愛してる。結婚しよう」
「ひぅっ?」
訓練場で巨大花と火を纏う魔人が争う怪獣大戦争にリーナが大興奮しているのを横目に、俺たちは見つめ合う。ムードがちょっと足りないなぁ……。アイツら二人とも叩きのめして続きと行こうか。