17話 何で悪役令嬢のコミュ力訓練に巻き込まれなきゃならないんですか?
秋。少しすごしやすい時期になってきたな、と思う。
「本日はお日柄もよく……」
サーニャ絶対お前違う挨拶覚えた方がいいぞ。
ただまぁ……今日が晴れているのは確かだし、乗っておいてやるか。
「そうだな。少し木も紅葉し始めている。秋になったと思わされるな」
「! そ、そうですね。涼しくて、すごしやすい時期になりました」
うんうん。良い滑り出しだ。
「寒くなってくると変温動物は動きが鈍くなるので、ウシガエルなどが捕まえやすく」
嘘だろお前。
「サーニャ、ストップ。ストップだ」
「はい?」
サーニャは戸惑いがちに制止した俺に、キョトンと首を傾げている。俺は渋い顔で言った。
「誰が蛙の雑学を披露しろと言った」
「ですが殿下は、自分の感性や考えを述べるとスムーズになると」
「相手を選べ。いや、俺相手を想定して俺だけにそういう話をするのならいいのだが、お前は恐らく初対面でもウシガエルの捕獲の話をするだろう」
「……します」
私何かやっちゃいました? という顔をするサーニャ。したよ。やらかしたのがココで良かったなお前ホント。
「サーニャ。俺は今から当たり前の話をするぞ」
「はい」
「話題は、相手を、選べ。例えば俺は魔法戦術学が好きで、最近蔵書を読み漁っていたりするが、お前にそういった話はしないだろう」
「……されても構いませんよ?」
「そういう事じゃない。俺とお前との間には信頼関係が構築されているから、そう言う話をしたいならどうぞ、となるだけだ。初対面の相手が普通に全く興味のない専門話をいきなり始められたら、相手の反応はどうなると思う」
信頼関係……。とサーニャはちょっと照れて口元を両手で隠すが、それから思案するように指を唇に当てる。
「……そのことに詳しい人なんだなぁ、ですか?」
「正解は『何だこいつ』だ」
「!?」
サーニャは驚愕する。俺が驚愕だよお前。経験不足のなせる業か。
「け、結構激しめに嫌われてしまうのですね」
「嫌う、というか『ヤバい人だから近寄らないでおこう』と警戒される。そして後日『あの人ヤバくない? いきなり蛙の捕獲の話してきたんだけど』『やばーい!』と笑われる」
「う゛っ」
俺の再現音声でサーニャは致命傷を負ったようだった。沈鬱な表情で、がっくり項垂れてしまう。
「蛙の話は……蛙の話はダメですか……。鶏肉みたいでおいしいんですよ……。ちゃんと過熱しなければなりませんが……」
「その雑学いつ役立つんだ」
「……遭難したときとか……?」
遭難しないだろ貴族が。いや知らんけど。
「まだまだ訓練が必要だな……」
「はい……精進します」
気分は育成ゲームである。平均三桁パラメータの高スペックな中で、コミュニケーション能力だけ一桁のキャラを前にしているような気分だ。
ということで俺は、今回少し用があって、とある相手の下に訪れていた。
「邪魔するぞ、サルバドール」
「やぁ殿下。珍しいね」
ということだ、子猫ちゃん達。済まないが殿下が来てしまったので、今日は遠慮願えないかな? と群がる女子生徒たちに、お引き取り願う色男。
サルバドール。サルバドール・チェチーリオ・ブルゴーニュ。ブルゴーニュ公爵家の長男で、黄土色の緩やかに波打つ肩口までの長髪が特徴の逆ハーメンバーだ。
得意魔法属性は土。土のサルバドールくんである。こいつで逆ハーメンバーコンプだな。
「聞いたよ。リーナとは友達になったんだろう。熱が冷めたのか、あるいは正気に戻ったのか……。仲間を失うのは寂しいことだけれどね」
「どこからどこまでが嘘だ?」
「ハハハ。全部さ」
クックと邪悪にサルバドールは笑う。「ボクが本音で話すことなんてありえないとも」と冗談めかして言う。
「だからこそ、不可解なんだよ。ボクから得られる情報なんてろくにない。ボクの下に自ら赴くなんて、雑談に興じたい子猫ちゃんくらいのものだと思っていたから」
「そうだな。そんなお前のことをリーナが受け入れた、というのはかつての俺には不可解だったし、逆にリーナのようなまっすぐな人間はお前には眩しすぎると思っていた」
今では逆にハマったんだろうなって思っているが。というかリーナさんはリーナさんなので、誰が相手でも行けるだろ。勝てる気がしない。
「で? さっさと本題に入りなよ。ボクだって暇じゃないんだ。むさくるしい王子殿下と話すよりも、子猫ちゃんと戯れていたいのさ」
「そうだな。では本題に入るが―――入って来い、サーニャ」
「はい」
「えっ」
控えさせていたサーニャを呼び寄せて、適当な椅子に座らせる。
「な、なんだよ。何が始まるって言うんだ」
「という事で、今日はサルバドール先生から『お世辞と都合の良い嘘』という、コミュニケーションにおける潤滑油を学んでいきたいと思います。では本日はよろしくお願いします。サルバドール先生」
「よろしくお願いします」
「ロレンシウス? ちょっといいかい?」
サルバドールから掴まれて部屋の隅へ移動する。
「何だこれは! 聞いてないぞ」
「言ってないからな。当然だろう」
「……そんな横暴あるか?」
「まぁまぁ。やって欲しいのは、それこそ『子猫ちゃん』との雑談のようなものだ。その中でいちいち振り返って、『これは嘘ですか?』『これは本当ですか』という確認を入れて、サーニャの学びとしたい」
「意味が分からないんだが……」
「要するに、サーニャのコミュニケーション講座だ。アイツの致命的なコミュニケーション能力のなさの改善の一助となってくれればいい」
「……」
渋い顔。まぁ逆ハーメンバーだから、サーニャのことは良く思っていないだろう。サーニャがリーナをいじめていたのが事実ではないとは伝わっているだろうが、個々人の気分というのはそう簡単に変わらない。
「ひとつ貸しだからな」
だが、サルバドールは唯一受けてくれるだろうな、と思っていた。何故なら奴は公爵家。王家に続く大貴族。サーニャと同じ家格の、国家運営に直接かかわる家柄であるが故に。
要するに、国一つ背負うか、みたいなノリが割とある人間の一人なのだ。この程度の問題なら、平然と付き合ってくれる。
そして俺たちは戻ってきて、俺はサーニャの隣に、サルバドールは正面に座る。
「ということで、今回は教師役を務めさせてもらうよアレクサンドラ。こうしてまともに話すのはいつぶりだったかな」
「5年ぶりですね。私はあなたの軽薄さが嫌いでしたので、避けていましたし」
「マイナス10ポイント」
「!?」
いや驚くなよ。俺が驚いてるよ。初っ端ケンカ売る奴があるか。
「……これは……」
「サルバドール、勘違いするな。サーニャは悪意があって言ったわけじゃない。素でするっと口を滑らせたのだ」
「え、そっちなのか……!? そうか。そっちか……。確かに致命的だな……」
サルバドールは危機感を抱く。その様に、サーニャはオロオロしだした。そうだぞサーニャ。お前のコミュニケーション能力のなさはそういうレベルだ。あんまり親密じゃない人でも『やばいね』って言ってどうしようか考え始めるレベルだ。
「えっと、じゃあ解説しようか」
サルバドールはそう口を開いた。え、ここから分かる情報があるんですか。
「まずボクは、君に『久しぶりだね、何年ぶりかな』と持ち掛けた。ここで必要な情報は、何もない。定型句みたいなものだ。ボクは別に『何年です』という答えを求めていない」
「そうなんですか……?」
サーニャは眉根を寄せて怪訝な顔。俺は「そうだぞ」と太鼓判を押す。
「で、何年だったかな、に、5年、と返すこと自体は別に悪くない。プラスでもマイナスでもない。良くないのはその後に、理由を述べたことだ。そしてその理由の中にボクに対する好感度が低いという情報を含めたことだ」
「ですが、真実ですよ?」
「お前事実だったら何でも言っていいと思ってるのか?」と俺。
「……ダメなんですか……?」
小学生で情緒が止まってるのかなって疑うレベルだよこれは。俺は例を出す。
「サーニャは友達がリーナしかいないな。少ないな。背も小さいし見栄えが悪い。そしてとにかくコミュニケーション能力がない」
「うっ、うぅ、はい……」
「違う。今のは真実だが相手を傷つける言葉を実践しただけだ。サーニャ、お前俺以外に同じことを言われたらどう思う?」
「どうって」
サーニャは表情をしかめる。
「不快、です」
「そんな相手と話したいか?」
「いえ……」
「それがお前だ」
「ッ!?」
「君たちの会話面白いね」
サルバドールは他人事だ。まぁこれから巻き込まれる奴の寝言なので許してやろう。
サルバドールが姿勢を正す。
「つまりだ。会話にはほどほどに嘘が必要なんだよアレクサンドラ。例えばボクも君の生真面目堅物っぷりが嫌いだからこちらも避けていたが、そんなことを言っては会話にならないだろう?」
「そ、そうですね……」
「じゃあ、仕切り直しだ。ボクと表面上、仲のいい会話をしてくれ。嘘はいくら言ってもいい」
お互い深呼吸。会話が始まる。
「今日はお日柄もよく……」
そろそろそれ以外も覚えないかサーニャ。
「ああ、いい天気だね。今日みたいな涼しい風の日は、君のように涼しい髪色の女性と話したくなる」
「軽薄で吐き気がします」
「ストップ!」
俺はサーニャの両頬を手の平で挟んで固定する。
「サーニャ、お前わざとやってないか? それともそれがお前の全力か? お前は嘘が吐けない呪いにかかっているのか?」
「う、だ、だって、お父様が嘘だけはついてはいけないよって」
「嘘も方便という言葉があるだろう。お前あんまり自然体でいると野生に返すぞ」
「いっ、嫌です。野生に返さないでください」
「野生に返すぞと脅される公爵令嬢か……」
サルバドールはしみじみと言う。
「では、仕切り直しだ。さぁスタート!」
「では今度はボクから行こう。そのネックレス、きれいだね。君によく似合う色だ。誰かからの贈り物かな?」
「えっ、あぅっ、はい!」
「ぷっ、いや、失礼。それだけ反応するってことは、好きな人からの贈り物かな? ロレンシウスからと見た。当たり?」
サーニャは例のごとく真っ赤になって、躊躇いがちにこくりと、静かに頷く。
「……はい。その通り、です」
「なぁロレンシウス。何だいこの可愛い生き物は」
「バカモノ。その程度でサーニャの可愛さの底を見たと思うなよ」
「あれっ、今ボク何でマウントを取られたんだ? 今なんの会話をしたんだ?」
結局その後夜になるまで会話を続けたが、サーニャが優しい嘘を覚えることはなかった
サーニャ……。




