16話 悪役令嬢のコミュ力ってこんなものなんですか?
例のぶっ壊れ両想いイベントを過ぎてから、サーニャに変化が訪れた。
「ロ、ロレンシウス様、今日はお日柄もよく……」
何と、昼食中、サーニャが自分から話しかけてきたのだ!
そのことに俺は感動してしまう。そして、言った。
「今日は雨だが」
「……」
サーニャ……。
だが、今日のサーニャは一味違うらしい。ふるふると首を振って、彼女はこう言う。
「今日は、雨ですね」
「そうだな」
「……」
「……」
サーニャ、お前……。
俺は大きなため息をついた。サーニャはビクッとして「あ、あの」と俯いてしまう。
「サーニャ、いいか?」
「はっ、はい! 何でしょうか?」
「いや、俺は驚いたのだが……。お前、そんなに会話が下手だったのか? いつもは俺からぐいぐい行ってたから目立たなかっただけで、自分からいくとそんなものなのか?」
「……不甲斐ないです」
すげぇなこいつ。そりゃ自信も持てないわ。これ直すだけでいいのでは? って気さえしてくる。
俺は腕を組み考える。どうする? とりあえず天気デッキだけでも仕込むか?
「あ、あの、殿下……」
「待て。今考えてる」
「はい……」
こんなザコザコとは思わないじゃんね。俺はある程度考えにまとまりを付けて、「サーニャ」と名を呼んだ。
「ひとまず、今日は天気を起点とした会話の方法を教える。次に実践編でリーナさんと話してもらう」
「はっ、はい! えっ、リーナですか?」
「いいか? まず……」
「あっ、はい……」
そんな会話で、サーニャとの昼食は幕を閉じた。再び幕が上がるのは、放課後のことだ。
そんなこんなで放課後である。
俺はサーニャとリーナのお茶会をセッティングして、少し離れた場所で待機という形に落ち着く。俺のことを必要以上に気にされても良くないので、光魔法で姿を消しての観察だ。
「……」
「……」
リーナには、自分から話しかけないように、自分メインで話さないように、と言い含めてある。なのでサーニャから話しかけないといけないし、サーニャが会話の主導権を握らなければならない。
そしてサーニャの開口一番は。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
あ、それ変えないんだ。
とはいえ、俺の指導内容的には開幕一言目なんてどうだっていい。問題は受け答えだ。
「……今日は雨ですけれど」
「は、はい。そうですね。その、雨は恵みの雨というでしょう? こんな雨の日に散歩、というのも風情があっていいのです。しとしとと静かで、でもよく見ると道々に豊かさがあって」
雨の日は、花も喜んでいるのが分かりますよ。サーニャの答えに、ほう、とリーナは息を吐いた。それから微笑んで「素敵な考え方ですね。そんな風に考えられたら、きっと雨でもいい天気に思えそうです」と返す。
そこで一区切り。俺が姿を現すと、「ロレンシウス様」とリーナが呼んでくる。
「簡単にやり取りをしてみましたが、問題ないように見えます」
「ああ。ひとまず天気デッキは問題なさそうだ。相手をしてもらって悪いな」
「いえいえ、サーニャ様のためですから。……天気デッキ」
ぼそっと呟くリーナは置いておき、俺は「サーニャ」と呼ぶ。っていうか地味に仲良くなってるよなこの二人。裏で話してたりするんだろうか。
「どうだ、自分なりの考えと感性を交える、というだけでやり取りがスムーズになるだろう」
「はい! その、ここまでうまくいくとは思っていませんでした……」
「では、次は違う話題でやってみろ」
「えっ、あっ、はっ、はい」
「はいスタート!」
俺は手を叩く。サーニャがピシッと固まる。
「……」
「……」
「……」
「ストップ!」
俺は停止を求めた。サーニャが顔を手で覆う。
「……なるほど?」とリーナ。
「分かったか、何となく」
「はい。……殿下が直した部分だけ良かったってだけなんですね」
「うぅ、不甲斐ないです……」
消沈するサーニャを、俺が頭を撫で、リーナが背中をさする。気分は落ち込む我が子を慰める父親だ。
「ちなみに、天気以外だとどういう風にすればよかったのでしょうか……?」
涙目サーニャに質問され、俺とリーナは目配せし合う。
「どういう風って言うのも難しいな」
「気づいた点に興味を持って質問する、とかが基礎になるんでしょうか……。殿下、私が見本をお見せしても?」
「ああ、問題ない」
リーナの提案を受け、俺はまた見の構え。サーニャにも視線で了承を取ってから、少し遠巻きに立って、「スタート!」と宣言する。
「サーニャ様。そのネックレス、どうされたのですか?」
お前それが聞きたかっただけだろ。
「ふぇっ!?」
対するサーニャは油断していたのか、全身を跳ねさせてネックレスを見下ろす。すでに顔が何となく赤い。
そう。そのネックレスは、前回デートで俺が誕生日プレゼントとして渡したもの。銀髪のサーニャに小さな彩を添える、コバルトブルーの小さな宝石とシルバーのネックレスだ。
「こ、こ、これは……」
「最近買ったものですか? でも、あまり装飾品に頓着されないサーニャ様が珍しいですね? もしかして、プレゼントでしょうか」
「え、え、あ、その……」
「プレゼントといえば、サーニャ様の誕生日も今月ですよね。招待状、いただけて嬉しかったです! お誕生日プレゼントは楽しみにしていてくださいね! という話はさておき……それも、誕生日プレゼントの一つでしょうか」
リーナさん自分の話も一瞬しつつ、わき道にそれるのを許さなかったな。徹底している。
「あ、ぁぅ、これは、はぃ……。ちょっと頂きまして……」
「やっぱり! プレゼントだったのですね! でも、誕生日プレゼントをパーティまで待てずに贈ってしまった人が居るんですね……。どなたでしょう?」
あれっ。何か矛先俺にも向いてない?
「その人は~、サーニャ様をとっても愛してらっしゃるんでしょうね~……。だって普通、パーティで誕生日プレゼントを『もう渡したから』なんて持ってこない人、貴族にはいませんもの。っていうことは、自分は余計にもう一回プレゼントを贈りたかったということです」
い、いや、そうだけどさ。それには間違いないけど。
何だ? 前の会議からこのネタ温めてたのか? リーナさん? 同志じゃなかったのか?
「ねぇ、どんな気持ちですか? そんなにその人から愛されて、サーニャ様はどんな気持ちですか? 幸せですか? 愛情、感じちゃいますか? 普通夫婦でもそこまで熱心なアプローチ受けられませんよ?」
「う、うぅ、うぅぅぅうう……!」
サーニャは長い銀髪で、耳まで真っ赤な顔を隠し始める。一方リーナさんがチラチラこっちまで見てくるから、俺も気恥ずかしくなってそっぽを向いてしまった。
「―――と! こんな感じで相手の持ち物から会話を広げて、すっと褒める、ということをするとコミュニケーションは大抵上手くいきますよ!」
最後には朗らかにリーナさんは笑って、矛を収めた。俺は一本取られたな、という気持ちで戻ってくる。そして一言。
「免許皆伝」
「ありがとうございます先生」
サーニャ一人じゃなく俺まで巻き込んでダメージ与えてくるとか天才かよ。マジリーナさん、さん付けが外せない。
しかし、とリーナさんは、俯いてプルプル震える小動物になってしまったサーニャを見る。
「いつも毅然と振舞うサーニャ様を見ていたので、何と言うか、こういうことはお苦手だとは思っていませんでした……」
「私が悪いのです……。人に注意することばかり得意になって、いつしか注意でしか会話が出来ない人間になっていて……」
「そ、それは、良くないですね」
事実として、サーニャは全てにおいてポンコツということはない。成績では俺やリーナには及ばないものの確実に上位に食い込んでくるし、先日分かった通り生物関連で中々の博識っぷりを披露してくれる。基本生真面目なので、大人が求めるものは一通りできる。
だから、コミュニケーションだけなのだ。それも情報伝達というより、雑談レベルのそれこれ。信頼関係を築くソフトなコミュニケーションだけが、何かもうどうしたの? ってくらいダメなだけ。
だが人間、そこが上手くいかないと自信というものは身につかない。自信とはまず、周囲の人間からの受容を源泉とするが故に。
「うーん……どうしましょうか……。普通お友達と話していればそういうことにはならないかと思うのですが」
「ごめんなさい……友達がいなくて……」
「えぇ……?」
と、そこでポンとリーナは手を叩く。
「そうですよ。お友達と話すことが習慣になっていればいいのです」
「はい?」
「つまり、ロレンシウス様や、私と日頃から話す習慣をつければいいんです。他の方との会話も、基本的にその焼き回しでどうにかなります」
「そ、そういうものですか?」
「はい。現状は序盤力が非常に弱いですが、自分から話しかける、という事を繰り返せば大丈夫かと。中盤力終盤力も不安ではありますが、まず直近から対処すべきと思います」
「はぁ」
ポカンと頷くサーニャに、リーナは畳み込んでいく。
「ですから、明日から私も昼食にご一緒させてください!」
「えっ、そ、それはダメです」
「えっ」
リーナ、固まる。するとサーニャは慌てて、「ああ違くって、そこ以外ならいいというか、つまりその」まで言ってから、チラと俺を見て、顔を赤くして続ける。
「……そこでしか、ロレンシウス様と二人っきりの時間が取れないので……」
「優勝!」
「「!?」」
女子二人が俺の叫びを聞いてびくっとなる。ごめんあふれ出る思いがまろびでたわ。オタクの感情って喜怒哀楽じゃなくて冠婚葬祭だから許してくれ。今のは冠。
「失礼した。という訳だ、リーナ。すまないが、俺もサーニャとの時間に他人を交えたくない。他の時間帯でどうだ?」
「え~……仕方ないですね。せっかく推し二人の絡みが見れうぉっほん! では、そうですね。週に一度、こうしてお茶会をしませんか? そのとき、私も誰か新しい人を連れてきます。そうすればサーニャ様のお友達も増えるかと」
え、推し? 俺とサーニャって推しなの?
という疑問はさておき。リーナの提案は、サーニャにとってちょうどいい訓練になりそうだ。サーニャは「あ、新しい人……」と目を回しているが、この程度の負荷は乗り越えろ将来の国母よ。
そんなわけで、サーニャの学園マスコット化計画、じんわり進行中である。