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14話 俺様王子が悪役令嬢と復縁デートってホントですか? 中


 到着したそこは、見晴らしのいい花畑だった。


「わぁ……!」


 サーニャが感動に声を上げる。俺も久しぶりに来たが、やはりこの風景は一見の価値ありだ。


 花畑は周囲一帯に広がっており、そこが丘になっているので広がる草原を一目で見渡せてしまう。後ろには森があるが、そこには護衛を立たせるつもりでいた。


「ロレンシウス様、私、こんなところ知りませんでした」


「そうなのか? 有名だと思っていたのだが」


「そうですか? 私もあまり無知ではないつもりだったのですが……」


 二人そろって首を傾げ合う。そこで俺は気づいた。


「ああ、この花畑は基本的に、口コミで得られる情報なのだ。友達がいないサーニャでは知るのは難しかろ、痛い痛い」


「そういうことは気付いても黙っていてください!」


 ポコポコ叩いてくるサーニャ。全く痛くないが俺はとりあえず痛がって降参の構えをしておく。


「もう。人が気にしていることを……!」


 ぷいっとそっぽを向いてしまうサーニャに、俺は苦笑を一つ。そうか、普通に友達が少ないの、気にしてたか。となれば俺がすることは一つ。手を回すことだろう。


 ……そろそろ俺のムーブ、過保護な親みたいになりつつあるな。別にいいか。宣言通りだ。


 と、目を離した隙に、駆け足でサーニャは花畑へと突撃していった。意外にもお転婆なのか、と見つめていると、彼女はうずくまる。


「おい、離れすぎるなよ」


「何ですか。私が目を離したすきに迷子になるとでも?」


 振り返ってむくれるサーニャに、俺は説明する。


「いや、それどころじゃない。ここは敷地の外だ。盗賊や魔物が出てきても何もおかしくない。実際そう言った報告は少ないが、皆無ではないのだ。警戒はすべきだろう」


「……そうなのですか?」


 僅かに血の気を引かせて、サーニャは怯える。「皆無ではない、というだけだ。はしゃぎすぎると危険だぞ、という程度の注意にすぎん」と俺は一緒にしゃがみながら、彼女の頭をぽんぽんと叩く。


「……傍にいます。それでいいのでしょう?」


「ああ、それでいい。俺も一安心だ」


「……」


 不満顔のサーニャに、「それで、先ほど見ていたのは何だ」と地面に目を向ける。


 ムシめっちゃいるじゃんキモ。


「―――」


「殿下、どうしたのですか? 顔を青くして、珍しい」


「い、いや。ここまで群がっていると、流石にな」


 サーニャは首を傾げる。え、マジか。サーニャ、ムシ大丈夫な人? 俺集合体恐怖症持ちだから、ムシ単体もきついが、うぞうぞ群がっているのがちょっとヤバい。


「意外です。苦手なのですね」


「逆に聞くが、サーニャは得意なのか」


「ええ、はい。生き物は好きです。動物も、魚も、虫も。生態を調べたりするのも面白いですし、食べると意外においしかったりもするんですよ」


「食べるのか!? これを!?」


 いや前世でもそういう国とかそういう人たち居たけど!


 俺のドン引きにも気づかず、サーニャは「はい」とキョトン顔。こいつ強いぞ。


「例えばこのバッタなどは、揚げるとエビの素揚げに近い味と触感になります。芋虫は挙げればナッツに近いですよ。庭師がハチの巣を駆除する際は、蜂の子が大量に手に入るので、新鮮なうちに生で食べるとクリーミーでおいしいんです」


「―――!」


 絶句。絶句である。これそういう風に装ってるとかじゃない。マジの人のマジの説明だ。レベルが違う。生で食うとか言ってる。


「え、衛生面は、大丈夫なのか?」


「はい。バッタは糞だしで数日間放置すれば内臓はきれいになりますし、苦みもありません。蜂の子はそもそも育成環境が衛生的ですから。それに、大抵の場合でも揚げれば何とかなります」


「そうか……」


 俺は葛藤する。今までで一番サーニャが喋ってくれてうれしいのだが、それはそれとして聞いてるだけで気分が悪くなってくる。どうすればいいのだろうか。気分は虫愛ずる姫君を相手取るかのよう。


 サーニャは大量に居る虫を手づかみにして、じっと観察している。その口端には、何となく笑みが浮かんでいた。俺は覚悟を決める。


「ち、ちなみに、この虫はどういうのなんだ」


 俺はサーニャの幸せを優先するぞ……!


 対するサーニャの返答はこれだった。


「分かりません」


 分からないのかよ。


 と突っ込みかけたが、サーニャが目をキラキラさせながら言うので、そんなマイナスの意味ではないのだと気付く。


「初めて見ます。新種かもしれません。類似の種は知っていますが、これは……!」


 大興奮で語るサーニャ。俺も薄目でその虫を見て見ると、確かに見たこともない形をしていた。え、地球ではこんなの見たことないぞ。ということはこの世界特有の奴か。さっきのユニコーンしかり、そう言うのが結構いるのかもしれない。


 サーニャは護衛に命じて用意していたらしい虫かごに、そこに居た虫全部を突っ込んだ。よくやるなぁと思う次第だ。ともあれ、虫タイムが終わっただけでもいいとしよう。


 俺は立ち上がって、少し歩いてみる。サーニャは後ろからチョコチョコついてくる形だ。


「どこかに行かれるのですか?」


「ああ、少し歩こうかとな。疲れてないか?」


「はい。私とて体を全く動かしていない訳ではありませんので、この程度は」


 話を聞く限りフィールドワークとかしてそうだしな。俺は護衛に一度目配せをしてから、森を歩く旨を指さしで伝える。


 森に入ると、差し込む日光の加減がちょうどよくなる。木陰が少し涼しい。見ればちょろちょろと小さな川が流れたりしていて、サーニャが興味深そうに見つめている。


「サーニャは釣りなどもするのか」


「え、あ、……はい。学園の敷地内では、野生動物なども出ませんので」


「魚釣りなら、俺も同席できそうだな。そのときは教えてくれ」


「―――はい! ……嬉しいです」


 サーニャは感じ入るように、しみじみと言う。俺は言外のニュアンスを感じ取り、ああ、そう言えばそうか、と思う。


 この世界は、男尊女卑だ。中世ヨーロッパっぽさが強い、と言い換えることも出来る。要するに、女性が外に出て元気に何かする、というのは受け入れられ難い文化という事だ。


 だが、そう言ったものは結局人それぞれなもの。サーニャは今油断して釣りの趣味を俺にバラしてしまい、そして図らずしも受け入れられた、というところなのだろう。


 その意味では、前世の価値観が上手くサーニャの趣味に嵌るのかもしれない。つくづくあの瞬間に、記憶を取り戻したのは良かったのだと思う。


 と、そこでサーニャの息が乱れていることに気が付いた。俺は近くに倒木を見つけ、そこに腰かける。


「少し疲れたな。休憩にしよう」


「は、はい。そうしましょう……」


 いそいそと近づいてきて、俺の隣に座るサーニャ。背中にはちょうど背もたれ代わりになる大木が立っていて、休むにはいい具合だった。


「……静かですね」


「そうだな」


 森の中で聞こえる音は、風のさざめきや、遠くで鳴く鳥の声くらいのもの。さわさわと枝葉の揺れる音しか聞こえない。これの、何と心地よいことか。


「―――いつも殿下は私をからかいますから、今日は気が休まらないのだと覚悟を決めてきたのですが」


 ぽつり言うサーニャに、俺は肩を竦める。


「あれはお前が俺に素っ気ないからだ。サーニャがちゃんと俺のことを見てくれるならば、ああまでしない」


「うふふ、本当ですか? 信じられません」


「今がまさにそうだろう。サーニャとまともに話せるならば、俺とて無用に遊んだりはしない」


「……そうですね。ロレンシウス様のお隣で、こんなに心休まる時間を送れるなんて、思っていませんでした」


 サーニャは声のトーンをゆっくりと落としていく。馬に乗り、花畑を見、森を歩いたのだ。疲れもあるのだろう。俺は、そっと問いかける。


「眠いか? 眠いなら、寝てもいいぞ」


「そんな……はしたない真似は、しません……」


「はしたないかは、見ている俺が決める。お前ははしたなくなどない。だから、眠いなら寝ろ。肩くらい貸してやるぞ」


「……そこまで、殿下が言うなら……」


 俺の肩に頭を預けて、サーニャは眠ってしまう。俺はそれにふっと微笑んで「お前は本当に愛らしい奴だよ」と囁いた。


 さて、俺も周囲に魔物がいないか確かめられたら、ひと眠りでもしてしまおうか。


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