13話 俺様王子が悪役令嬢と復縁デートってホントですか? 上
食事中のことだった。
俺が早々に食べ終わってサーニャのことをじっと見ていると、サーニャはちょっと居心地悪そうにモグモグと食事を続ける。
「なぁ」
「食事中です」
「今度遠乗りに行かないか?」
「ふぇっ」
ポカン、とサーニャは目を丸くして俺を見た。フォークに刺さっていたベビーリーフが皿に落ちる。
「い、今何と?」
「一緒に遠乗り行かないか?」
「……」
吟味するように視線を下の方でうろうろさせながら、サーニャはもう一口。僅かに顔が赤い。最近分かってきたけど、サーニャは防御方法を編み出してるだけで、防御力は上がってなさそうな気がする。
「いつがいい?」
「わ、私はまだ行くとは言っていません」
「行かないのか?」
「……」
サーニャは照れているのか視線をあっちこっちにやっている。
「行かないならリーナと代わりに行こうと思うが」
「っ!?」
「嘘だ。お前と行きたい。サーニャと、デートがしたいのだ」
「……~~~!」
赤面して俯いてしまう。黄金パターンだな。よい赤面だ。
「い、行きます。ご一緒させて、ください」
「それはよかった。では日程だが、明日がちょうど休日なので明日にする」
「えっ、あ、あの、殿下。わたっ、私にも心の準備というものが」
「サーニャが心の準備をしたらいつもの無表情になってしまうだろう。お前は準備をしないくらいがちょうどよい」
「えっ、そ、そんな」
ではな、と俺は話を切り上げて、「明日、学園の出入り口で集合だ。馬と外出申請は俺の方で済ませて置く。荷物だけ持ってくるといい」と告げ、その場を去った。
「うぅ……」とサーニャの気の抜けた声が背後から聞こえてくる。サーニャはやっぱ狙ってないところがこんな感じで可愛いんだよなぁ。
という訳でデート当日。俺が従者に馬を引かせて学園入り口に赴くと、サーニャがそっぽを向いて立っていた。
「待たせたか?」
「いっ、いえ。……今来たところです」
こう言うのって万国共通なのかなぁ。とてもいい感じ。よいよい。
「そうか。そら、こちらの牝馬がお前の馬だ。人懐こいのでお前でも乗れるだろう」
「はい。……殿下の馬は、荒々しいですね」
「こいつは非常に反抗的でな。俺にしか懐かん」
「殿下にも懐いているように見えませんが……」
俺の馬は頭に角の生えた珍しい白馬で、名前をユニコーンという。だが馬に「馬」と名付けないのと同じように、ユニコーンに「ユニコーン」とは名付けないだろう。角の生えた変わった種類の馬だと俺は認識している。異世界だしな。あるだろそういう事も。
「よーしどうどうどう。はは、じゃれつくなじゃれつくな」
「思いっきり噛みついてますけど」
「さて、では行こうか、サーニャ」
「ろ、ロレンシウス様? 今からでも違う馬に変えては……? 殺意が芽生えていそうな顔をしていますよ……?」
ぶるるる、と唸り俺に角を向けてガツンガツンじゃれてくるユニコーンを見て、サーニャは心配そうな顔だ。そうかなぁ。馬の巨体でマジでやってきたら俺と言えどもひとたまりもないし、じゃれてるだけだと思うんだが……。
「サーニャがそういうなら変えようか。そこの、すまないが新しい馬を」
「かしこまりました、殿下」
新しい馬も白馬だったが、角は生えていなかった。白馬か……。前世を思い出すな。葦毛が走らない時代はとうに終わり、今度は白馬も走り出すような時代が来ていた。純白の女王よ……。こいつ雄だけど。
ということで俺たちは揃って馬に乗り込んだ。護衛も後ろから付いてくるという形で、出発する。
「進め」
馬が軽い足取りで進み始めた。深くおぞましい森の中で、唯一の安全な道。申請を怠れば、出ることは出来ても戻れない。
「何度通っても、この道は薄気味悪いですね」
「そう言うな。この森が我らを守ってくれるのだ。それに、抜ければ―――」
森を抜ける。瞬間目がくらむほどの光が、俺たちの目に飛び込んだ。広がる青々とした草原が、俺たちを出迎えてくれる。
「―――この景色だけでも、胸のすくような気持ちにならないか」
「……はい、ロレンシウス様」
サーニャの見惚れる顔を見て、遠乗りの案が大成功であることを確信する。リーナさんには頭が上がらんな。
「殿下、そのまましばらく直進です」
「ああ、助かる」
護衛の道案内に従って、俺たちはまっすぐに道を進む。朝、斜めに差し込む日差しは、周辺を温かくなり始め、といった気候にしている。
「のどかだな。ポカポカと、いい陽気だ」
「はい。……殿下がこういった天気を好むのは、意外ですね」
「そうか? 逆に聞くが、俺はどんな気候を好むように見える」
「そうですね。灼熱の日や、嵐などでしょうか」
何だその逆境大好きマンは。
「お前には俺がどんな風に見えているんだ」
「挑戦や勝利をこよなく愛している、……と以前までは考えていました」
「以前までは、か」
まぁ間違っちゃない。中等部では逆らう奴全員ぶちのめしたし、リーナ争奪戦でも1位の座を狙ってアプローチしまくってた覚えがある。友達がいっぱいいるというより、手下がいっぱいいるタイプのヤンキーだったな。王族とは思えん。
「今はどう見える」
「今は……よく分からないです。一層測り知れなくなったな、と思います」
要するに変な人、という認識らしい。間違っちゃないのが悔しいところだ。俺様記憶と社畜記憶が入り混じった結果というカオス人格である。そりゃよく分からなくて普通だ。
「そうか……。ちなみに俺はお前のことをどう思っていると思う?」
「愛玩動物か何かかと考えてらっしゃるのでしょう? よく理解しております」
ツン、とすました顔になって言うサーニャに「外れだ」と俺はニヤリ笑いかける。
「……では、何だと思っているのですか」
「誰よりも愛しい婚約者だと思っている」
「ッ! ……ふー。殿下、私とて、いつだってそのような歯の浮くセリフで戸惑うばかりではありませんよ」
何と。一瞬赤面するも、息を吐きだして受け流すサーニャの様子に俺は驚く。
「それはそれは。手強くなったものだ。サーニャを手玉に取って遊ぶのも楽しかったのだがな」
「不名誉なことです。いつもあのようでは、碌に食事での歓談もままなりません」
「ん? 食事でいつも受け流すのは、歓談がしたかったからなのか?」
俺が言うと、サーニャは肩を跳ねさせてそっぽを向く。
「……サーニャ~」
「やっ、やめてください。王太子ともあろうお人が、そのような嫌らしい呼び方をするものでありません」
「お前が愛らしいことを言うのが悪いのだ。そうだな。いつも俺がお前を振り回してばかりでは、お前は面白くないか。ならば、うん。お前の話も聞かせてもらおう」
それでいいか? と問うと、「……はい」と憮然としてサーニャは肯定した。何かいいな。いつもとは違う対話が出来ている感じがする。
「最近、身の周りはどうだ。リーナがお前と仲良くしたがっていたが」
「はい。リーナはよくわたしの下に遊びに来るようになりました」
お、リーナをフルネームじゃなく呼び捨てにしてる。仲良くなったんだな。
「と言っても、するのはもっぱら……、いえ、何でもありません」
「俺の話か?」
「……そうです」
可愛いなぁこいつ。
「リーナから直接聞いたのですか?」
「いいや? 推測だ。交友関係の狭いお前が、リーナとどんな話をするのかと言えば、俺の話くらいなものだろう」
「そうですか。では悪いのはロレンシウス様だけ、という事ですね」
「俺は悪人だった……?」
「い、いえ、そこまでは言ってませんが」
つまりその、とサーニャは言葉を探す。
「い、いつも私を恥ずかしがらせるではありませんか」
「そうだな」
「し、しかも、リーナと言い、私の恥ずかしがらせ方を人にバラしますし」
「それが必要なときもある」
「どういうときですか!」
サーニャ学園のマスコット化計画のときとか。
「そ、そうなると、私はどうしていいか分からなくなるんですっ。……あまり、困らせないでください」
言い切って、ぷいっと違う方向を見てしまうサーニャ。俺は「ふむ」と相槌を打つ。
「まぁ多分生涯やめることはないんだが」
「生涯!?」
「だから慣れた方がいいぞ。俺はお前の愛らしい姿を見たいだけなのだ」
「……」
睨むようにこっちを見てくるサーニャ。そこで彼女はハッとして、少し悪戯っぽく俺にやり返してくる。
「生涯そのつもりということは、私と生涯を添い遂げるおつもり、という風に解釈してもよろしいですか?」
? ああ、これ何だと思ったけど俺の真似か。
俺があまりに無反応だったから、サーニャは「え、えと、あの」と自爆し始める。だがそれでシュンとされても面白くない。俺は馬を操作してサーニャに寄り添い、微笑と共に耳元でささやいた。
「無論、そのつもりだが」
「ひゅっ」
耳を押さえながら、サーニャは反射的に飛びのくようにして俺から距離を取った。俺は慌てて彼女の腰に手を回し、「おい、余りはしゃぐな。落ちるぞ」と抱き寄せる。顔がキス直前というレベルで近づく。本当に顔がいいなこいつ。マジで可愛い。
「は、ひゃ、わ、あ、わ」
「まったく、世話の焼ける……」
体勢を整え直してから、俺はまた馬を走らせる上で問題ない距離を取り直した。サーニャは両手で顔を押さえ、耳まで真っ赤にして沈黙している。
そこで「殿下、そろそろです」と護衛が報告してきた。
「む、そうか。サーニャ、聞いたか? そろそろ目的の丘につくぞ」
「殺してください……」
「何を言っている。ほら、しゃんとしろ。まだ移動が終わるというところだぞ」
俺は湯気を上げてダウンするサーニャに、声をかける。