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10話 俺様王子と転生令嬢が悪役令嬢の可愛がり方を議論する場はここであってますか?

 ある日の放課後の事。いつものようにサーニャで遊ぼうと廊下を歩きながら彼女を探していたら、リーナから声をかけられた。


「ロレンシウス様? すこし、お時間よろしいですか?」


 リーナのことを、まだちょっとさん付けするような機運が残っている俺としては、その申し出は少し恐ろしいものがあった。だがそれはそれとして、俺もリーナとの仲に決着をつけねばならないと思っていた


「ああ、問題ない」


 俺は、ちょうどその時教室から出てきて、俺とリーナのツーショットに肩を跳ねさせて物陰に隠れたサーニャの存在に気付きつつも、リーナの提案を承諾した。「ありがとうございます」とリーナはにこやかに笑って、「ではこちらです!」と張り切って俺のことを連れていく。


 そうされると、何だか春ごろに天真爛漫にふるまって、俺の心に入り込んできた時のことを思い出すようだった。けどごめんな。俺にはサーニャがいるからさ……。後ろでものすごい形相で見ているサーニャが。











「単刀直入に聞かせてください。ロレンシウス様はもう、私ではなくアレクサンドラ様を愛してらっしゃるのですね?」


 マジで単刀直入すぎてビビった。リーナさん……。


 だが俺とて、前世と今世の記憶が混ざり合って最強に見えるようになった男。ティータイム用の小部屋の外で耳を当てて「何も聞こえません……!」ともだえているだろうサーニャへの思いは、確固たるものなのだ。


「ああ。もう隠し立てはすまい。俺はサーニャを愛している。……お前への愛を貫けず、すまなかった」


 頭を下げる。リーナはなおも穏やかな声で、「いいのです。婚約破棄の予定だったあの日、殿下の様子がおかしくなったのを見てから、何となくこんな日が来るのではと思っていました……」と首を振る。


「リーナさん……」


「えっ、何でさん付け」


「む、すまん。つい癖で」


「癖で!? どこでそんな癖付けたんですか!」


 心の中で。とは野暮なので言わないでおく。「まぁいいですけど……」と許してくれるリーナさん。流石リーナさん。サーニャとは懐が違うぜ。


「それを悟って、終わりにしようというので、今回は誘ってくれたのか?」


 俺が問うと、リーナさんは少し言い淀むように「は、はい。そうですね。そういう意図もありました……が、もう一つありまして」と視線をうろうろさせてから、こちらを見てきた。


「ロレンシウス様」


「何だ」


「アレクサンドラ様の可愛がり方教えてください」


 そのタイミングで、ガチャ、と小さな音が鳴った。俺とリーナは視線だけでその原因を精査。そこには、気になりすぎて少し扉を開けてしまったサーニャがこっそりと覗き込んでいた。


 俺とリーナさんは僅かに頷き合う。サーニャが見ている、という事は、気付かないふりで進めよう、という合意だ。


「ああ、サーニャの可愛がり方だな。良いだろう。包み隠さず教えよう」


「……!?」


 隙間から覗き込んだサーニャは、開幕早々謎の会話が執り行われていることに動揺し切りである。リーナはその様子を知って「はわわわわわわ」と大興奮だ。こいつ信用できるな。サーニャの可愛さが分かる奴は信用できる。


 俺は咳払いをして、「まず、サーニャがどういう動物なのか、共有しておくべきだろう」と切り出した。「動物じゃありません……」と小さな声でサーニャが言っている。可愛い。


「まず、サーニャはツンとすました猫のようなものだ。普通の会話では気の強い令嬢という認識でまず間違っていない。だが知っておくべきは、その行動はすべて善意によるものであるということだ。彼女は気高いし、自分に醜い行動を許さない。自分に降りかかる火の粉すら、払うことで火の粉が傷つくことを恐れ、振り払わず我慢する。そういう動物だ」


「そこまで褒めちぎっておいて動物なんですね」


「人間皆動物」


「ロレンシウス様、少し見ない間に悟りを……」


 俺とリーナの軽快なやり取りを見て、サーニャは不満顔だ。可愛いなぁこいつ。


「となると、私をいじめていた、というのは全部……」


「勘違いだ。証拠も、恐らくサーニャの失脚を望んだ者のでっちあげだろう。直接サーニャが何かしてくる、ということもなかったはずた」


「はい。『アレクサンドラ様に楯突くからよ!』みたいな捨て台詞を言う人はいっぱいいましたが、思えばアレもミスリードだったのでしょうか」


「ああ、裏は取れている。危ういところだった。あの可愛いサーニャを追放処分など……考えたくもないな」


「ええ。無実の、しかもあんなにお可愛らしい人が裁かれるなんて、あってはならないことです」


 いきなりリーナに褒められ、サーニャは目を白黒させている。


「では話を戻すが、そんなサーニャなので、基本的にすべての行動を善意で行っている、と考えると行動の一つをとっても味わい深い。まずリーナ、お前に対するサーニャの対応を一つ挙げてみてくれ」


「はい。そうですね……。マナーについてのお小言をいただくことが多いです」


「だろう? そして、今の表現は実に正しい。それらはすべて嫌味ではなく、ただのお小言だ。『気をつけないとみっともないでしょ! めっ!』というニュアンスで受け取るべきなのだな」


 俺は何か言われるたびにそういう感じに脳内変換して聞いてる。


「なるほど……! それを考えると、男爵というほぼ最下級貴族の娘である私に対して、なんて親切で懐の広いお方なんでしょうか」


 サーニャは扉の裏で、褒められてにやにやしている。


「しかもそういったことをし始めたのは、俺がリーナに惚れ込んでいたタイミングだ。さらに危うく婚約破棄、という段階に至っても行っていた。これを先ほどの法則に当てはめて考えてみるんだ」


「はい。―――も、もしかして、いずれ私が王妃となりうると考え、苦労しないように……?」


「その通り! 分かるか! サーニャの底なしの優しさが! 嫉妬に狂いそうなほど悲しく寂しくなっているというのに、それでも恋敵であるリーナへと温情をかけているその健気さが!」


「わ、私、何だか感動して涙が……!」


 ちなみにこれは誇張である。サーニャとてそこまで聖人ではない。多少の嫌味要素はあっただろう。だが、嘘とは言い切れない程度に、サーニャは他人のことを良く見ているし、よく気にかけている。漫画にそう書いてあった。


 さて実際のサーニャはというと、顔を真っ赤にしながら「ち、違います……。やめて、私はそんな素晴らしい人じゃありません……」と顔を真っ赤にして、長い銀髪で自分の顔を隠すようにしてうずくまっている。俺とリーナは拳を軽くぶつけ合った。


「ということで、まずここまでは生態編だ。サーニャという動物がどういう生態をしているのかが分かってきただろう」


「分かってきました。ロレンシウス様……、いえ、先生!」


 どういう関係ですか……。とサーニャが不審そうに呟いている。


「で、ここからが実践編。可愛がり方の真骨頂だ。では一旦本人に出てきてもらおうか」


「はい」


 へっ? とキョトンとした声を漏らすサーニャを前に、俺は入り口へと向かい、当たり前のようなテンションで扉を開けた。サーニャがぽかんとして俺を見上げるので、俺は彼女を抱きかかえ、抱きかかえたまま椅子に座る。


「えっ、えっ? あっ、あのっ、えっ?」


「では、ここからが実践編だ。まずは俺のやり方を見て欲しい」


「はい、先生」


 俺はサーニャへと向き直り、至近距離から見つめる。


「……」


「あ、あの……? な、何ですか、この状況は……?」


「……」


「え、えと、その、あの、ちょ、ちょっと放していただけませんか……?」


「……」


「ぅ、あ、あの、そ、の。の、覗き見ていたのは、謝りますから、その……」


「……」


「あぅ、う、うぅぅううぅぅぅぅ……!」


 至近距離での見つめ合いに堪え切れず、サーニャは目を回してしまった。俺はリーナへと向き直る。


「というように、サーニャは見つめられるのに非常に弱い。生真面目なところがあるから、受け流すことが出来ないのだな。軽妙にやり返すのも彼女にはできない。結果、このようにダウンする。可愛いな」


「はい! 可愛いです!」


「何なんですかこれはぁ……! 私がどんな悪いことをしたっていうんですか……!」


 覗き見しようとしてただろ。デリケートな別れ話を。


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