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1話 婚約破棄で前世の記憶をよみがえらせた俺様王子はどうすればいいですか?

 ひどく、張り詰めた雰囲気だった。


「アレクサンドラ・ヴィセーヌ・ミッドラン」


 俺は、婚約者の名を呼んだ。いや―――これから、婚約者だった者となる、奴の名を。


 俺の生誕祭での、大広間でのことだった。王家の血筋にふさわしい、絢爛たるパーティ。俺が唾棄するほど嫌いな王族の煌びやかさではあったが、今回ばかりはお似合いだと思っていた。


「なん、でございましょうか、殿下」


 強張った表情で俺を睨みつけてくるのは、先ほど名を呼んだアレクサンドラだ。キツネのように吊り上がったキツイ目が、俺をキッとねめつけている。


「殿下、私、こわいです……」


 俺の傍に立つ、愛しいリーナが俺にしがみついてくる。見れば、アレクサンドラは俺ではなくリーナを睨みつけていたのだと気づいた。


「大丈夫だ。案ずるな、リーナ……」


 俺は怖がるリーナをそっと元気づけてから、奴を睨み返した。アレクサンドラは怯んだように顔を真っ青にする。


「貴様には、多くの罪がある。そのことはよくよく理解しているな」


「……何のことをおっしゃっているか、分かりかねます」


「ッ!」


 この期に及んで非を認めない態度が、さらに俺の頭に血を登らせた。俺は一層激しく、奴に言葉を突き付ける。


「リーナに対する数々の侮辱、嫌がらせのことだ! とぼけてこの場を切り抜けられると思っているのか!」


 ピシャリと言うと、アレクサンドラは生意気にも反論してきた。


「それは違います! 私は嫌がらせなどしていません! 私はただ」


「くどい! 貴様のことはずっと昔からうっとうしく思っていたが、それほどの悪女だとは、ほとほと愛想も尽きた」


 歯を食いしばって俺を見る奴に、俺は大広間中央、玉座の高台から人差し指で指し示す。


「アレクサンドラ・ヴィセーヌ・ミッドラン! 貴様を今この時をもって―――」






 その時! 俺の体に電流が走った!






「ッ!?!?!?!?!?!」


 俺の記憶の中に、知りもしない男の一生が再生された。現代日本。社畜として働き、そして過労の中孤独に死んでいった男の一生。俺は終電に揺られながら、スマホで見ていたある漫画のことを思い出す。


『悪役令嬢は今日も快適 ~婚約破棄されたけど隣国の王に見初められたので、悠々自適に生きていきます~』


 男ながらに悪役令嬢ものも楽しんで読んでいた俺は、その漫画に出てくるキャラクターのこともよく覚えていた。


 主人公のサーニャ―――アレクサンドラ・ヴィセーヌ・ミッドラン。そして主人公に婚約破棄を突き付けた俺様馬鹿王子、ロレンシウス・アルタイル・ブリタニア―――俺の名前と一致する。


 そしてその漫画は、馬鹿王子が婚約を破棄するところから始まる。


 俺は悟った。


 あ、今漫画始まってるわこれ、と。


「……」


 結果、俺の指示した指は曖昧に宙を泳ぎ始める。羽虫のようにゆらゆら空中を漂う。俺の人差し指の先を、何となくみんなが目で追っている。


「で、殿下?」


 俺にしがみつくリーナが、心配そうな声を上げた。どうしよう。先ほどまであれだけ可愛く見えていた娘だったのだが、今は破滅を招く存在にしか見えない。


「……!」


 俺は、冷や汗をだらだら流しながら考える。どうすべきなのだろうかこれ。悪役令嬢に転生はよくあるじゃん。でも婚約破棄する側に転生ってあんまりないと思うんだ。しかもこの超修羅場。一般通過社畜には荷が重い。


 一方で、馬鹿王子としての記憶も色濃く残る俺だ。人前で緊張しない帝王学をちゃんと身に着けている。俺は深呼吸をして、頭をフル回転させ、言った。


「―――という、根も葉もない噂が飛び交っているようだが、俺はお前のことを信じているぞ、サーニャ!」


「「「!?!?!?!」」」


 取り巻きたちが一斉に俺を見て驚愕の顔を浮かべている。俺がリーナを愛しているのを知って、正妻、お妃さまにしようとするのを手伝ってくれた面々だ。だが俺は破滅したくないので無理やりにでもここを乗り切るよごめんな。


 と、そこで気づく。いっけね。漫画の記憶を元に、サーニャと呼んでしまった。と婚約破棄する予定だったアレクサンドラの方を見て―――


 俺は、胸を打たれたような気持ちになった。


「……」


 そこで、無言で立ち尽くしていたのは、ひどく美しい少女だった。キツネのように吊り上がった目なんてとんでもない。少し釣り目気味だが、それでも高貴で身なりの整った、銀髪の美しいお嬢さんが、涙に潤む瞳で俺のことを見つめていた。


「……えっ、と」


 俺は、彼女がポロリと涙を流すのを見て、固まってしまった。どういう感情なのかは、俺には測り知れない。馬鹿王子の記憶でも、ずっと甲斐甲斐しく付き添って、時には小言も言って支えてくれた彼女。それを俺こと馬鹿王子は、ずっとないがしろにしてきた。


「―――ッ!」


 サーニャは顔を覆って、その場から駆け出してしまった。前世の社畜の俺は、それを追いかける事も出来ずに見送るばかり。


 そして周囲から「どういう事なんだ」と疑うような視線をいくつも向けられていることを自覚し、言った。


「ではみんな! 騒がせたな! 引き続きパーティを楽しんでくれ!」


 言うが早いか俺はさっと身を翻して奥へと速足で引っ込んでいった。リーナや取り巻きが付いてこようとしたが、「すまないが一人にさせてくれ!」と強く突き放し、俺は一人になった。


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