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魔法職

作者: ハシモト

 魔法職なんて実につまらないものだよ。がんじがらめで面倒くさい事この上ない。


 魔法職が軍隊やら魔族あたりを魔法をぶっとばすなんてのは、どこかの御伽話やら恋愛小説の中だけの話だ。何かをぶっとばすのなら弓や剣の方が、魔法なんかよりよほど手っ取り早くて効果的。


 まあ、国が軍隊を押したててやるような戦争にでもなれば、準備万端の大魔法で敵をなぎ倒すなんてこともできなくもないが、よほどの奇襲にでも成功するか、相手の国が全員数日間寝てでもいない限り現実には無理だ。大体準備に何日もかかって、その間に魔力の集中が駄々洩れな大魔法で奇襲なんてできっこない。


 実際の戦争での魔法職の仕事は、お互いの邪魔をするのが最優先だから、結局は出番なんてものはないのだが、居ないと相手の邪魔ができないからしょうがなく雇っているだけだ。つまりは無駄飯ぐらいだな。


 だから地味に見えるが、生活魔法の使い手の方がよほど引く手数多だ。知っているか?私の知り合いで一番成功した奴が誰か?


 浄化魔法で、貴族相手にドレスやらの染み抜きを手掛けた奴だぞ。あいつらだってほぼ面子だけのために毎回仕立て直ししてるんだ。そして地面の上を引きずって歩くもんだから絶対に汚す。そのよごれをきれいさっぱり落としてくれるとなったら、どれだけ経費の削減になることか。


 まあ、そいつは儲けすぎて裁縫ギルドのやつらにあっさりと暗殺されたけどね。欲のかきすぎは良くないね。あの業界(貴族相手)は足の引っ張り合いだ。魔法職は身内同士の足の引っ張り合は、それはもう真剣にやるけど、他のギルドとの足の引っ張り合いなんか得意技にはないから、誰も仇なんて討ちに行きやしない。殺され損だな。


 私が? そんなあほなことするか! 単なる知り合いだぞ。


 他に儲け口としては、使い魔を使った手紙屋だな。堅実だし、実際働くのは使い魔のやつらだから楽ちんだ。でも結構信用第一で、口が堅そうなやつじゃないと務まらない。実際のところ手紙屋を脅して、他の店の取引をすっぱ抜こうとか、浮気していないか教えろとか言ってくる奴は多いらしいぞ。


 だから、ぽっと出のような奴がいきなり店を構えるようなものじゃない。信用第一300年とかそういう稼業だ。他にも街での仕事はいろいろあるが、どれも前提条件としてギルドに属していないといけない。街中での商売は私のようなはぐれものでは無理だ。


 まあ手っ取り早いというか、ギルドの目が届かない仕事と言うとこんな討伐の仕事ぐらいかしかない。それも、国が見張っているような大穴じゃなくて、昔どっかの魔法職がこっそり魔法使って、そのままにした穴から漏れ出したやつの討伐とかいう地味な奴だ。


 そもそも魔法なんてものは、この世界から別の世界に穴開けてそこから力引き出しているんだから、やっていること自体が無茶苦茶だ。昔の戦争でうっかり使った大魔法が開けちまった穴なんかは、国とかが軍隊やらお抱え魔法職で見張っているが、田舎のどっかであほが明けちまったものはほったらかし。


 その穴だって、国とか魔法職が自分たちの存在意義を確立するために塞がないだけだと思うよ。やる気になればとてつもない大穴だって、街一つ分の犠牲ぐらいで塞げるはずだしね。


 本音で言えば、これでも容姿にはちょっとは自信があるんだ。だから魔法職なんかより、街の酒場で酒でも注いで、男たちを手玉に取っていたほうが儲かると思うんだけどね。でも酔っ払いの相手というのも、結構面倒だったりするのかな。


「あの、姉さん?」


 目の前の、さえない男がうんざりした様子でこちらを見る。


「なんだ。お前が魔法について聞きたいというから、せっかく事細かに説明してやったのに」


「俺が聞きたかったのは、姉さんが魔法職をどう思っているかじゃなく、俺に魔法の才があるかどうかで……」


「それならそうとはっきり言え。心配するな、()()()()


「まあ、あっても姉さん見てるとやる気にはなれそうにないですしね」


「お前は私を馬鹿にしているのか? これでも王宮付属上級魔法学校をもうちょっとで卒業できそうだったんだぞ」


 もうちょっとだったのにやらかした(男あさりが過ぎた)結果、ギルドから追放を食らって、こんな原っぱの真ん中で野営なんてしているんだ。そもそも物語に出てくる伝説の魔女とかそいうのは、多分全部ギルドから追放食らったやつで、それ自体がごく少数のアレな奴でめったに見れないから、伝説になるんだ。


「姉さん、そろそろ準備に取り掛かるそうですよ」


 討伐隊で一番若い男が、天幕の中を覗き込む。


「それって朝食、それとも探索?」


「どっちもだそうです」


「はいよ」


「じゃ、あっしも準備がありますんで……」


 目の前の男がいかにも助かったみたいな顔をして一緒に出ていく。もうなんだかな。朝から気分が悪い。


 簡易寝台に立てかけてあった杖を手にして、天幕の外に出ると、もう太陽は十分上にあがっていて、見慣れぬ朝日が目に染みた。周りでは男達が食事の準備やら装備の確認やらで忙しく働いている。この中ではちょっとだけ面がまともな、この討伐隊のリーダーの男がこちらに歩いてきた。


「アヤさん、大丈夫ですか?」


「何がだ?」


「しばらく何もしてなかったみたいじゃないですか? 口利き屋がぼやいてましたよ。あっちに下宿と酒屋の払いが回ってきたって」


「労働意欲にあふれた奴ばかりじゃないことを知らないのか?」


 一度貴族の屋敷でものぞいてこい。私よりひどい奴ばっかりだぞ。だけど酒屋から酒が買えないのはつらい。そのために、今回はこんな野っぱらまで来ている。


「口利き屋は頼みに行くところでしょう。その口利き屋の方から、俺らに頼んで来るというのは、いかがなもんですかね?」


「信頼されているという事で納得しろ」


「あの人はやり手ですから、今回は貸しと言うことにしておきます。でも相手は魔族、それも相当にめんどくさい奴という話ですから、よろしく頼みますよ」


 リーダーと入れ替わりに、若い男が顔を出した。


「アヤさん、火と水をお願いしてもいいですか?」


「はいはい」


 若くてかわいい子の頼みには弱い。魔力を集中して、あたりの水分を集めて、鍋に入れて火をつけてやる。


「やっぱり魔法って便利ですね、あっしもこれぐらいできたら楽ちんなのにな」


 さっきの魔法の有無を聞いてきた奴が、感心したようにつぶやく。あほかお前。一度やってみろ、10町(1km)先から運んできた方がよっぽど楽だぞ。それでも私が魔法でやるのは、単に私が超めんどくさがりなだけだ。


「アヤさん、飯の前に段取り決めたいので、そろそろ探り入れてもらっていいですかね?」


「はいはい」


 リーダの台詞に、先に朝飯をくれと思いつつ頷く。


 討伐隊での魔法職の仕事は敵をぶっ倒したりするんじゃない。魔法なんか使っていたらその前に敵にぶっ倒される。敵の探知や、水や火の確保が難しい場所での野営の手助け。夜間の見張りとか極めて地味な仕事を担当する。


 さっきの男に説明したが、魔法職が何やら唱えてその辺の敵を丸ごと倒すなんてのは、どこかの児童向け読み物語りの中だけの話だ。それもかなり古典のやつ。


 でも先に探りをやらないと朝飯にありつけないらしい。口利き屋めこいつらに何か入れ知恵をしたな。余計なことをしてくれるやつだ。これ以上、飯抜きで私をはたらかせるつもりなら、お前たちを食ってやる。


 腹がなるのをがまんしつつ、地面が露出しているところを探しては、手にした杖で地面にしるしを書いていく。魔法は体を使う代わりに、思考を使うものだから、手順を守るためにはこういう視覚的だったり呪文という名の音楽的な補助が必要だ。


 それに思考を同じように繰り返すのがどんだけ難しいかぐらい、ちょっと考えればどんなばかでもすぐに分かる。何せ見えないんだから。戦闘中に術を唱えるなど論外。途中で矢なんか飛んで来たらどうやって集中するんだ?


 しばらく雨がふっていないせいか、乾いた地面に杖で線を引くだけで汗が出る。ちなみに杖にはこれ以上の役割はない。別に石だろうが、その辺の枝で描いてもいいのだが、単に慣れの問題とちょっとばかしの見栄の為だけに、魔法職は一見するととても大層な杖を抱えて歩く。まあ、こんなものだろう。


「じゃ、はじめるからしばらく静かに。途中で音立てた奴は、殺すぐらいじゃ許さないよ」


 殺すも何も、その前にこちらが死んじゃう。お願いだから静かにしてて。全員が手を止め、風で動きそうだったり不安定な場所にあるものすべてを片付ける。


「姉さん、いいですよ」


 じゃはじめようか。思考というより、地面のしるしを手本に形のない像とでもいうべきものを心の中に描いていく。さらには呪文の音に合わせてその像の細部を描いていく。


 中に黒い穴のようなものが見えて、そこからあふれ出てきた何かを心の中でつかむ。さらに小麦粉をこねてパンを作るかのように、それを平たく伸ばしていく。その黒い、塵のような霞のようなものがあたりへ広がっていく。


 私は目をつぶり、自分が空からその広げた何かが辺りを探っていく様子を俯瞰した。霞の中で小さく蠢くものがある。何だ?小鬼かなんかか?今回の依頼の魔族じゃないな。もっと大物がいるはずだ。塵で覆われた白黒の世界をふたたび眺める。


 いるいる、近いところで塵がそいつに引き寄せられて渦巻いている。こいつだな。話に聞いていたよりは大物みたいだぞ。この頼りない連中で大丈夫か?それにだいぶ近い。いやすごく近い。なんだ、これって私じゃん。


 思考の中で広げた塵をたたんでいく。この作業は後始末こそが大事だ。これをちゃんとやらない奴がいるから穴があきっぱなしになる。あるいはやる前に殺されちゃうとかね。呪文を止めてまぶたを開けた。日差しが目に染みる。


「姉さん、どうでした?」


「外れだね。何にもなしだ」


 男たちが顔を見合わせる。


「羽有の大物だと聞いたんだけどな。他の奴らがもう狩ったとか?」


「いや、俺たち以外は出向いてないはずだ。どこかに逃げたか?」


 なるほど口利き屋が君達に声をかけるはずだ。いい加減に目を覚ませと言う事らしい。ちょっと酒を飲み過ぎたらしく、いくつかの記憶と夢が交じり合って混濁していた。それに大分腹も減っている。


 お前たちは口利き屋の姿をよく見たか?


 そいつの姿()はこの目撃情報ってやつに似ていなかったか? 


 そいつの()はすこしばかり長くなかったか?


 そいつの()に瞳孔はあったか?


 ああ、あいつ(使い魔)はガラス板を目にはめていたか……。主人の私より化けるのが上手とは、不届きな奴だ。腹が立つことに、私より金儲けもうまい。私が何者なのかに気がついた男たちが必死に逃げ回る。だがもう遅いぞ。


「では、いただきます!」

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― 新着の感想 ―
読ませていただきました。 長い付き合いであろう、人に化けてダラダラ暮らす主人公と、同じく人に化けてこっちは人に信頼されちゃんとした暮らしをしている使い魔の関係が想像できます。 仕事の依頼としてパーティ…
[良い点] 従来の派手で華々しいイメージの対極をいく魔法職の現実を描くという発想が斬新で、それがとても面白い作品でした。 同業の人間が暗殺されたとエピソードもさらりと語る、アヤのあっさりとした口調も癖…
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