86話 お仕事の下準備
カノンさんの店内で、他の皆さんが入り口近くで待っているのを確認して、こっそりカノンさんに相談することにしました。
「カノンさん、ここだけのお話しと思って正直に意見を聞かせてください。実はマリネさんの結婚式に白いワンピースを作ってあげたいと思っています。それで、もちろん糸や生地はカノンさんのお店から購入しますが、私がマリネさんの服を作ることで、カノンさんのご迷惑になるのか気になっています……」
「それは構いませんが、どのようなワンピースをお作りになるのですか?」
「今、私が着ているようなワンピースをコットン素材で作ろうと思っています」
「見せていただいてもよろしいですか?」
カノンさんは私の着ているワンピースをいろいろな角度から確認していました。
「アグリさん、裁縫の職人さんだったのですか?」
「いいえ、裁縫も機織りもまだ始めて3か月程度です。ただ、教えていただいた皆さんは王都でも一流の職人さんだと思います」
「始めて3か月ですか……はっきり言って天才です!」
「いえいえそんな……でもカノンさんにお褒めいただき嬉しいです。それでカノンさん、いかがでしょう花嫁衣裳については?」
「私も何とかしたいと思っていました。ただ、この店を1人でやっているものですから、今は現状維持が精一杯です」
「花嫁衣裳については悪い感情はお持ちでないと思ってしまいますがよろしいですね?」
「はい、花嫁さんにきれいな衣装を着ていただけるのは、私としても嬉しいです」
「分かりました。私の作った花嫁衣装はカノンさんのお店で売っていただきましょう!」
カノンさんはポカンとした顔で、どうしてそうなるの?のようです。
「昨日、ラクサさんからお話しはありませんでしたか?皆さんのご迷惑にならない範囲で商売をしたいと……それです。でも村の皆さんからそれほどお金をいただきたくないのです。なので、カノンさんから買った糸なり生地に私の手間賃を1割乗せた値段でカノンさんに仕入れていただいて、カノンさんも仕入れ値に1割乗せて販売していていただけたらと思っています。注文を受けてから作りますから、売れ残る心配もありませんし、損をすることはないですから」
「それでは、アグリさんばかりが苦労する結果となるではありませんか!」
「やってみて、あまりに辛かったらカノンさんにご相談します。まずは花嫁さんに喜んでいただけるよう頑張ってみたいです」
「分かりました。私も作る方もお手伝いします。お互いに手間賃を1割ずついただきましょう。でも糸や生地で儲けているからずるいですかね?」
「いえいえ、お店で売らせていただくのです。少しはカノンさんの足しになっていただかないと困ります!」
「では、そこはお言葉に甘えて」
「はい、それでカノンさんに見てもらいたいのです」
私はハンカチをカノンさんに手渡しました。
「この生地のイメージなのですが、このレベルの生地で作って、村の皆さんが困る値段になるのか気になってます」
カノンさんがハンカチを手に取りじっくり観察。
「もしかして、これもアグリさんが手で織られたのですか?」
「はい、私が糸から作ったハンカチです。刺しゅうも私です」
「アグリさん、このハンカチはお貴族様が持つくらいの品質です。いくら糸代だけと言っても、出来上がった品が超高級品になってしまいます」
「ううっ、そうなのですか……カノンさん何か良いアイデアはありますか?」
「そうですね、生地は選んでもらうのはどうでしょう?値段や好みで選べて、買う側も安心なのでは?」
「それはとてもいいです!何点か生地を見せたり触ってもらったりして、この生地ならいくらと手間賃込みの値段を提示するのがいいですね」
「そうなると、今年は準備も間に合いません。マリネさんの分だけになりますか……」
「2着つくりませんか?1着はこちらのお店にサンプルとして置いて、出来上がりの雰囲気も見てもらいましょう。カノンさんが作れるのなら、ベールやグローブ、ブーケもサンプルに着せて、ご希望で販売してください。その辺は私はあまり詳しくないので、カノンさんにお任せです」
「はい、そうしましょう!」
「カノンさん、最後にマリネさんがワンピースを持ってくると思います。その時は採寸から仮縫いまではカノンさんにお任せしていいでしょうか?私は本縫いを担当します」
「お客さんと接する部分を私が担当するのですね、それで問題ありません。アグリさんが本縫いの間に、ベールやグローブを私の方が準備すれば、最終確認もしやすいです」
ようやく皆さんのところへ戻ると、「ずいぶんと時間がかかりましたね」の雰囲気でしたが、マリネさんにはこっそりサムズアップです(笑)
グリムさんとグランの着替えの購入はあっという間に終わってしまいました。殿方のお買い物は即決なのですね(笑)
革製品店はクジイさん、金属製品店はイズミさん、それぞれご挨拶をしに来店します。
イズミさんには木工製品店で木箱を作ったら、留め金の作成を依頼することを告げて、木箱ができたらまた来ることになりました。
最後に訪れたのが、木工製品店のホーヤさん。ご挨拶の後、木箱のことを相談しました。まず私はホーヤさんにハンカチを手渡しました。
「ホーヤさん、このハンカチを10枚入れる木箱を作っていただきたいのです。この辺で取れる木で最高級な物を使っていただきたいです。季節ごとに3つ、年に12個お願いする予定です。季節毎に木を替えていただいても結構です。まず、お引き受けしていただけますか?そして木箱は1つおいくらくらいでしょう?」
「最高級と言われても……どのような方にお渡しするのかにもよるかな?」
「お渡しするのは、王妃様、皇太子妃様、侯爵夫人様の3名です。最高級な物をお願いする気持ち、お分かりいただけましたか?」
ホーヤさんは唖然とした顔をされまいたが、職人魂に火がついたようです。
「アグリさん、この仕事はぜひやらせてもらいます。費用は材料を決めないと何とも言えませんが、利益度外視で構いません。その代わりと言っては何ですが、感想をお聞きできるなら聞いてみてください」
「はい、感想は3人から聞けるかは分かりませんが、少なくても皇太子妃様はお願いできると思います。それとホーヤさん、金具はお隣のイズミさんと相談していただけますか。イズミさんにもそのようにお話ししてありますので」
「了解しました。ある程度できたら、ラクサさん経由で連絡しますので、1度見に来てください」
「はい、楽しみにしています」
退店の際に、ホーヤさんがハンカチを返してくれて、「必ずこのハンカチに見合う箱にします!」と気合十分でした(笑)




