80話 ビーゼ村に到着
野営の翌朝は早めに出発です。昨日の宿泊予定だった村へ謝罪に訪れて、その後、最終目的地の静養所のあるビーゼ村へに到着する予定です。
グランは朝から元気で、ご両親の残してくれた離乳食はすべて食べてしまいました。そのおかげか、とてもご機嫌でもありました(笑)
グリムさんは馬をもとの街道まで歩かせ、街道では少し急ぎ足で馬を進めました。しばらくすると昨日お世話になる予定だった村へ到着。出迎えてくれた村長に事情を説明し謝罪しました。
私は村長にグランの食事の提供をお願いすると、快く引き受けてくださり、村で同い年くらいの子供を持つご家族から、離乳食を分けてもらいました。私は村長とご家族に少しばかりのお金を渡して、心からの感謝を述べました。
村を離れて再び進みだすと、グリムさんが、「この辺で休憩しましょう」と馬を止めました。小川の流れる川辺で、食事とグランの着替えと洗濯を済ませてしまうつもりのようです。私はグランの着替えを済ませたところで、グランをグリムさんにお願いして、河辺で洗濯を始めます。洗濯中に後ろから、グランのキャッキャとはしゃぐ声が聞こえました。楽しそうに2人で遊んでいるようです。
私は2人のところに戻ると、グランの食事を温めました。そんな私を見て、グリムさんはグランを抱っこして、「さあグラン、もうすぐごはんだよ」とあやしてくれていました。
食事が温まって、グリムさんにはそのままグランを抱っこしてもらったまま、私はグランに食事をさせます。喜んで食べる姿を見て、私もグリムさんもほっこり穏やかな笑顔になっていました。
グランが食事を終え、うとうとする姿を見て、私とグリムさんも昼食をとることにしました。もう何度目かのカルパスとチーズと紅茶です。でもこれが最後の旅の食事です。もう数時間も進めばビーゼ村へ到着です。
「ビーゼ村に着いても、今日は到着の挨拶とグランの食事の調達程度でお暇しましょう。村の人たちと話すのは明日からです」
グリムさんから方針を伝えられて、私も了解しました。
休憩後に馬を進めて数時間、ようやくビーゼ村が見えてきました。ビーゼ村は村というよりは大勢の住む街でした。かなり大規模な村です。見渡す限りの畑と畑と街道の間に、人の住む多くの家々が立ち並んでいました。畑のところどころには風車のついた倉庫のような建物もありました。
「グリムさん、ここは広大な農村なのですね。このほどの大規模な農村を見たのは初めてです」
「ここは国王陛下が直接運営されている農村で、王国の食料の何割かを担っています。試験的な目的もある大規模農場なのです」
「試験的な目的?」
「はい、アグリさんなら村に行けば分かると思います」
そして街道をそれて、村の中心と思える噴水に到着ました。噴水を中心に大きな広場となっていて、さらに周りを建物が建てられていました。土地もたっぷりあるのか、各家には庭がついていて、村全体がゆったりと建てられています。そして何よりも驚かされるのが、村を被う魔力です。薄く広大にこの領地全体を被い尽くさんばかりの魔力です。ただ、私には若干不快に感じるような魔力でした。少し湿度が高いと感じられる程度の不快感ですけど。
「グリムさん、この魔力は何なのですか、広大な範囲を満たすような魔力は……」
「さすが、アグリさん。この魔力を感じられるのですね。並みの魔法士でも気づかないらしいのですが。この魔力は薄いヒールのような魔法をかけているとのことですよ。それと、魔獣は魔力を避けるので、魔獣除けの意味もあるようです。広大な範囲を被っているので、静養所も範囲内だと思います」
そう言って、グリムさんは小高い丘の上に立つ白いお屋敷を指さしました。
「グリムさん、あの素敵なお屋敷が静養所ですか?」
「はい、アグリさんのお住まいです」
「あれでは、この村の領主様のようではありませんか!」
「それはそうです、国王家の静養所ですから当たり前です」
「小さな静養所と聞いていましたが……」
「はい、王家の所有されている建物では、最も小さい建物だと思います」
「……」
私は固まってしまいました。あの館に1人で住む……村の人たちからはどのように見えるのでしょう……おまけにお掃除がとても大変そうです(苦笑)
グリムさんに先導されて、大きな建物に入りました。村役場のようです。1階は受付窓口がずらりと並んでいました。中央の階段を上がると2階には廊下をはさんで個室がずらりと並んでいました。何に使われているのかは分かりません。さらに中央の階段を上り3階へ。階段を上りきると広いフロアになっていて、受付の女性と横には守衛が立っていました。私とグリムさんは受付の前に進みました。
「近衛兵団第1騎兵連隊所属のグリム1等騎士です。国王陛下のご命令で魔法士のアグリ様を護衛してまいりました」
すると、受付の女性は座ったまま頭を下げ、守衛は臣下の礼をとりました。私はグリムさんを確認すると、グリムさんはうんと頷きました。
「皆さん、お気楽になさってくださいませ。私は国王陛下からのご命令で静養所の所長として派遣されてきましたアグリと申します。村長との面会をお願いします」
すると、受付の女性は姿勢をもどし、「アグリ様、少々お待ちください」と言って守衛にメモを渡しました。
すると守衛は右の方へ歩いて行き、女性は立ち上がって、左の方へ歩いて私たちを案内してくれました。
「こちらでお待ちください」
そう言われて案内されてのは、豪華な応接部屋でした。私とグリムさんは、奥のソファーに腰かけ、しばらく待ちました。いつもと違う雰囲気を感じたのか、グランも目を覚ましてしまいました。
しばらくして、ノックの音と部屋を開ける音がして、1人の男性が入ってきました。身なりは豪華ではないですが、ピシッとした服装で好感が持てます。男性は部屋に入るなり、臣下の礼をとりました。
「アグリ様、よくお越しくださいました。村長のタコエと申します。お見知りおきください」
「タコエ村長、まずはお顔をお上げくださいませ。私は国王家でも貴族でもありません。庶民ですから……」
タコエ村長は恐る恐る立ち上がりました。
「タコエ村長、初めまして、アグリと申します。国王陛下からのご命令で静養所の所長として派遣されてきました。今後ともよろしくお願いいたします」
私はペコリとお辞儀をしました。タコエ村長は困った顔をされていました。
「アグリ様、王宮へ行った際に皇太子様自らから『アグリ様を頼む』と仰せられまして、庶民と申されましても、私どももどうして良いのか混乱してしまいます……」
「分かりました。私は以降も村長とお呼びしますので、村長も私をアグリとお呼びください。村長がアグリと呼んでいただければ、自然と村の方々も私をアグリと呼んでくれるでしょう。そして村長には静養所の客人と思わず、村の人間としてお付き合いください。私はあの静養所に一生住むことになりますので」
「では、お言葉に甘えて、アグリさん。まずはビーゼ村へよくお越しくださいました。村人を代表して歓迎いたします」
「ご丁寧にありがとうございます。これからは私も村の一員として、村と協力して生活していきたいと思います」
「ところでアグリさん、お越しになるのはアグリさんと護衛騎士の2名と伺っていたのですが、そちらの赤ちゃんは……」
「こちらへ来る道中で、ある村が魔獣に襲われて全滅していたのです。ですが奇跡的にこの子だけが生き残っていまして、それで私が育てることとし、連れてきたのです」
「アグリさんはまだお若いのに、赤ちゃんをお育てになってもよろしいのですか?」
村長の疑問は最もです。私くらいの年齢なら、結婚して自分の子を産んで育ててが一般的ですから……
「村長、私が静養所に来たのは、右腕を失ったからなのです。今の右手は魔法の手です。皇太子様が不憫に思ってくださり、こちらは静養所で暮らすようご命令くださったのです」
「なるほど、そういうことでしたか。皇太子様からは生活全面を村でサポートするようご命令されています。衣食住は村で整えるようにとのことですので、アグリさんの担当の商人に何なりとお申し付けください」
「はい、ご配慮感謝いたします。それで、村長。早速で申し訳ないのですが、この子の支度だけが全くできていないのです。今日のところは村でご準備いただけますか?」
「はい、承りました。担当商人をご紹介を兼ねてここへ呼ぶことにしましょう」
村長はどこか私に対してよそよそしいです。慣れるまでは大目に見てあげますけど(笑)




