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7話 フィーネの願い

 ――今回はフィーネさん視点のある日の出来事です――




 私も数日おきに花壇の様子を見て帰るようになっていた。もちろんグリムさんを伴って。そんなある日、花壇にアグリさんの姿が見えなかった。気になったので仕方なく、思い切って玄関口から学生寮内をのぞき込んでみた。するとアグリさんは食堂らしき広い部屋のテーブで何やら書き物をしていた。そんな私の様子に気づいたヒビキさんが声をかえてくれた。



「フィーネさん、お嫌でなければ少し寄っていったら?」



 その声を聞いて、私に気づいたアグリさん。



「ぜひ中に来てお座りください。グリムさんもどうぞ」



 私たちを招き入れてくれた。私はきょろきょろあたりを見回しながら、「おじゃまします……」とアグリさんの向かいの席に腰かけた。



「フィーネさんに気づくのが遅れてごめんなさい。観察日記を書くのに夢中になってしまって」と恐縮していた。



 そんなやり取りをしていると、寮母さん?がお茶のポットとお皿に乗せたクッキーを持ってきてくれた。



「庶民向けの物でお口に合うか分からないけどね!」


「ありがとうございます。ごちそうになります」



 アグリさんが手早く3つのティーカップに紅茶を注ぎ入れ、私とグリムさんにすすめてくれた。そして3人で紅茶に口をつけ一息。



「アグリさん、観察日記を見せていただいてもいい?」


「もちろんです、どうぞ」


「では、遠慮なく」



 受けとった観察日記をしばらく読んだ……そして読み終えた後に、違和感についてアグリさんに尋ねた。



「この観察日記はアグリさん以外も書かれているの?」



 その問いにアグリさんは?の様子だったが、そのうち!と気づいた様子。



「1日分だけ文字も絵も丁寧だったと思われたのですね?」


「はい、アグリさんの字にも見えるような違うような……」


「はい、その日はたまたま上級生の方に金属ペンをお借りできたのです」



 そんなアグリさんの説明でも、まだ私は?のままだ。その様子を察したアグリさん。



「金属ペンは高価で一般庶民では買えるようなものではないのです。なので学生寮には金属ペンは3本しかありません。その3本は最上級生の3人が使用する決まりになっていますから、私は普段は羽ペンを使用しています。これでご理解いただけましたか?」


「はい、ご説明ありがとうございました」



 説明には納得できた。ただ、私の胸の奥のもやもやは強くなってしまった。そこで私は決心する。



「アグリさん、今夜その観察日記をお借りしてもいい?」


「はい、どうぞ」



 私は観察日記を受け取り屋敷に帰るのでした……




 屋敷に戻った私は着替えを済ませると観察日記を手にお父様のお部屋を訪れた。



「フィーネです。お父様、少しお話しをさせていただけますか?」


「いいよ、どうぞ入りなさい」


「はい、失礼します」



 お父様は執務机ではなく、ソファーの方で書類に目を通している様子だったのでそれ程忙しい状況ではないようだ。「こちらに来てお座り」そうお父様にうながされ、私はソファーに腰を下ろした。



「お父様、アグリさんとまいた種の観察日記です。良ければ見てみていただけますか?」


「もちろん構わないよ」



 お父様は観察日記をさっと読んでくれた。そして読後。



「しっかり観察されているね、天気や前日との体感温度差も書かれているのは感心したよ。フィーネと種まきしたり水撒きしたりまで書いてくれているのだね」


 笑顔で感想を話してくれた。ただお父様も私と同じ疑問を持った。



「この観察日記はアグリさんのほかにも書いている人がいるの?」



 そのお父様の問いに、私は金属ペンの話しをしたことでお父様も納得した。そして私はお父様に相談した。



「お父様がもうお使いになっていない古い金属ペンを学生寮の皆さんに寄付していただくことはできませんか?」



 私はすがる思いで、お父様に深々頭を下げた。お父様はそんな私の姿を見て驚いた様子だった。



「フィーネが他人のために頭を下げたのは初めてではないかな?それだけアグリさんは大切な友人なのだね」


「はい、お父様。アグリさんは他の貴族のご令嬢と違って心の内や考えを探りながらお付き合いする必要がないので、いつもニコニコしながらお話しすることができるのです。私の大切なお友達です」


「そうか、フィーネの大切な友人のためなら私も協力をしなくてはな!ただそんなに金属ペンを持っていたかな?ちょっと見てみるよ」



 お父様は執務机の方の引き出しの中を確認する。



「フィーネ、いいものも見つけたぞ!」



 お父様は5本のペンを持って戻ってきた。


「こちらの4本は私が昔使っていたもので今は使っていないから学生寮に寄付してかまわない。それとこちらのペンは少々高価なものだと思う。外国の商人からプレゼントされたものだ。ただ私には書ける線が細すぎて使わないままになっていた。このペンなら観察日記の絵も描きやすいと思うから、これはアグリさんにプレゼントするといい」



 私はそんなお父様の優しさに感謝の言葉を述べながら、うれし涙が止まらなくなってしまった。お父様はどうしたらよいのか困った様子でしたが!(笑)その後、お父様は食事の席でもフィーネのお願いについて家族と相談してくれて、お母様とお兄様の4人から1本ずつと、筆頭執事から1本の合計10本を受け取った。




 翌日、お昼休みに教員室のメリル先生を訪れて、お父様から寮生に金属ペンを9本寄付する旨を伝えて金属ペンを渡した。メリル先生は感謝と学生寮の最上級生から皆さんに渡すよう伝えておくと請け負ってくれた。そして学校も教員も寮生もお父様に感謝しているとお伝えしてくださいと言われたので、お父様に必ず伝えますと言って先生と別れた。


 そしてアグリさんには授業を終えた夕方の教室で声をかけた。2人並んで席に座り、私は鞄から1本のペンを取り出すとアグリさんに差し出した。



「このペンはお父様からアグリさんへのプレゼントです。とても細い線が書けるペンなので絵を描くときに使って欲しいとのことでした」



 アグリさんは受け取ったペンと私の発言に目をぱちくりするばかりで様子がおかしい。しばらくしてアグリさんがようやく口を開く。



「フィーネさん、確認なのですが、私が侯爵様からこのペンを賜るということでしょうか?」


「はい、その通りですよ」


「でも私は侯爵様に物を賜れるようなことをしていませんが……」


「何を言っているのです、アグリさん。私と仲良くしてくれているではありませんか!」


「ええっ、それはどちらかと言えば、フィーネさんが私に仲良くしてくださっていると思うのですけど……」


「お父様は侯爵と言えども、私の父親です。娘と仲良くしてくれている学友に感謝するのは親として当たり前なのです!遠慮せずお父様の感謝の気持ちを受け取ってください」


「では、お言葉に甘えてありがたく使わせていただきます。一生大切にしますね」


「そのペンでたくさんの絵を描いて、時には私にも見せてくださいな」



 こうして金属ペンを手に入れたアグリさんは、この日以降の日記に絵を描くことが増えたらしい。そしてその積み重ねによってアグリの絵の腕前はなかなかのものになったのだ――


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