67話 真剣勝負
バストンさんの先導で、皆で昼食の会場からテラス席へ移動です。庭はきれいに刈りそろえられた一面の芝生。そこにポツンと1人、両手に剣を持った騎士様が立っている。よく見れば、昨日お会いしたリング様です。
皇太子様とグリムさんとクリスさんが、リング様の元へ歩いて行かれ、グリムさんがリング様から剣を受け取りました。
グリムさとリング様が少し離れたところで、お互いに剣を構える。皇太子様が、「始め!」と合図をされる。しばらくは両者が動かなかったのですが、グリムさんがゆっくりリング様へ近づきます。そしてリング様が突然剣を振り下ろしたのをきっかけに、両者が剣の打ち合いとなりました。一方が打てば一方が受け、受けた方が打ち返し、それを一方が受ける……息つく暇もないほどの打ち合いで、いつ終わるかもしれず、ただ打ち合っていました。しかし、2人が突然距離をとりました。そしてグリムさんが片膝をついて、「負けました」と宣言して試合が終わりました。私はなぜ決着がついたのか分かりません。でもグリムさんが負けたのは、ちょっと残念でした。
しばらくすると、使用人の方が新しい剣を持って来て、それをクリスさんに手渡しました。グリムさんが使っていた剣は使えなくなったのかしら?私には分かりません(汗)
今度はリング様とクリスさんが立ち合うようです。皇太子様の、「始め!」の合図で、クリスさんはダッシュして距離を縮め、リング様に打ち掛かりました。リング様はそれを受けましたが、反撃はしませんでした。クリスさんがダッシュのまま後方に下がってしまったからです。そしてまた、クリスさんはダッシュでリング様に打ち掛かり、リング様が受けます。このやり取りを何度か繰り返した後、クリスさんのダッシュに合わせて、リング様もダッシュしました。お互いの距離が一瞬でなくなり、お互いの剣がぶつかり合いました。ただ、リング様は剣がぶつかったと同時に、クリスさんの剣を滑るように横に流し、ご自分の剣をもう一度振りました。しかし、リング様の剣はクリスさんに当たるほんの手前で止められました。クリスさんが片膝をついて、「負けました」と宣言しました。
リング様がグリムさんに剣を渡そうとすると、グリムさんはしばらくお断りしている様子でしたが、最後は受け取り、今度はグリムさんとクリスさんが立ち合うようです。皇太子様の、「始め!」の合図で、クリスさんはダッシュしグリムさんに打ち掛かりました。しかしグリムさんはひらりと左にかわすように半回転して、クリスさんの背後をとり、剣の柄でクリスさんの頭をコツリと叩いて終了となりました。
クリスさんは呆然としていましたが、皇太子様に頭をわしわしと撫でられ、ようやく並んでこちらに戻ってきました。
国王陛下は、「3人共あっぱれであった。3人3様で見ごたえのある立ち合いであった」と大満足のご様子でした。
それから男性陣は戦いの話しで盛り上がられていたので、女性陣は隣のテーブルに移動して、デザートとコーヒーを楽しみました。
私は良い機会だと思い、王妃様に質問してみることにしました。
「王妃様の静養所を賜ってしまいましたが、王妃様のご迷惑ではありませんでしたか?」
「いいえ、アグリ。私が体調を崩したときに利用したまでで、今は誰も使っていなかったのです。自分の住まいだと思い、安心して暮らしなさい」
「はい、ありがとうございます。ところで、所長?は何かお役目があるのですか?」
私のその問いに、王妃様とフィーネさんが顔を向けあい、クスクスと笑いだされました。
そしてフィーネさんが、「王都民のまま派遣ですから、いつでも王都に帰ってくることができます。そして所長として国王陛下から派遣されるので、お給金や生活物資は王国から支給されます。贅沢をしなければ生活していけますよ」
「そんな厚遇をご用意していただいたのですか!」
「アグリ、貴族の者なら冷遇と思う待遇です。ですが、アグリを貴族にする訳にもいかないので、皇太子が考え出した苦肉の策なのでしょう。許してやってください」
「王妃様、私にはもったいないほどのありがたいお話しです。王家の皆さまに感謝でいっぱいです」
「アグリにそう言ってもらえると助かります。そうそう、アグリに頼みがあります。また私にあのハンカチを作ってくださいな」
「はい、王妃様がご所望ならば、いくらでもお作りします。ただ、出発まであまり時間がないものでして……」
「いいえ、アグリ。静養所に行ってからで良いのです。そうですね、季節ごとに作って送って来なさい」
するとフィーネさんが、「王妃様、私の分もお願いしてよろしいでしょうか?それとできれば母上の分もお願いしたいです……」
「そうですね、フィーネとグリス侯爵夫人の分もお願いしましょう。10枚ずつで30枚は作れそう?」
「はい、季節ごとに30枚、確かに承りました。ただ、王妃様、1つお願いがあります。刺しゅうは私にお任せいただけますか?あちらで咲いた季節の花を刺しゅうにしてお送りしたいのです」
「それは楽しみですね、ぜひそうしてください。孫娘ができたら、お願いする枚数を増やすと思うので、その時はよろしく頼みます」
王妃様に言われて初めて実感しました。確かにフィーネさん、結婚されて、お子さんに恵まれて、お母さんになる日はそう遠くないのですね!
私は最後に王妃様にお願いです。
「王妃様、私の親友のフィーネ様を、ぜひよろしくお願いします」
「アグリ、フィーネは私の可愛い娘となるのです。心配には及びませんよ。それよりも、アグリの方が心配です。慣れない土地で1人で暮らすのは大変でしょう。無理だと思ったらいつでも王都に戻ってきなさい。王家も侯爵家も困っているアグリを見捨てたりはしませんから」
「はい、王妃様。優しいお心遣いに感謝します。でもご安心ください。魔法の探求と調合の研究で忙しい毎日を過ごします。私は世捨て人になるのではなく、何か皆さんのお役に立つ物を作り出して、王国に貢献したいと思っております」
「しっかり励みなさい。ただ、たまには王都に里帰りをして、皆に顔を見せるように。王妃命令ですからね……」
帰りのお城の門で馬車が止まり、バストンさんにネックレスをお返ししました。引き換えにバストンさんは料理のレシピですと巻いた紙を渡してくれました。
「バストンさん、1日お世話になりました。お料理のレシピもありがとうございました」
こうして、王宮での食事会を終えました。もう数日で王都ともお別れです……馬車に揺られながらそんなことを考えていました。




