65話 回復のご報告
パーティーの翌朝はミリンダさんの、「起きてくださいませ!」で始まりました。
いつもよりは早い時間に起こされて、「まずはお風呂に入ります!」と昨夜と打って変わって気合の入ったミリンダさんです。今日は王宮に行く日でもあるので、仕方がないのですね……
お風呂に入り、朝食をいただいた後、王宮へ向かう身支度を始めました。私はもともと白魔法士の制服を着るつもりでいましたが、今回はフィーネさんも白魔法士の制服で行かれるようです。
「フィーネさんはどうして白魔法士の制服を選んだのですか?」
「今回は王室の者として呼ばれていません。アグリさんと同じで魔法学校の学生です。白魔法士の制服はおかしくはないですから」
そして今回のフィーネさんは杖も用意されていた。その杖はスミスさんと地下へ行ったときに見かけた杖で、私のお借りしているものとは別の、グリス家の家宝の品だと思われます。
「フィーネさんと2人で白魔法士の制服姿でいると、学生に戻った気分で嬉しいです」
「そうですね、2人そろっての制服は久しぶりです」
支度が整いしばらくすると、王宮からの迎えの馬車が到着しました。護衛の近衛兵団の兵士の方々も来られていました。私とフィーネさんは馬車に乗り、グリムさんとクリスさんは馬に乗り、出発準備が整いました。「出発!」の号令で王宮へ向かいました。
そもそも馬車を迎えいに用意していただきましたが、お屋敷から王城まではそれほど遠くはありません。お屋敷を出てすぐにお城の門が見えてきたので、私は右手の魔法の手を消しました。そして先頭の騎士様が門の護衛の方とお話しし始めました。すると今度はグリムさんも呼ばれて何やら渡されていました。グリムさんは受け取ったものを持って、私たちの馬車へ向かってきます。
「フィーネ様、アグリ様、城内ではこちらのネックレスをお付けください。このネックレスをしていれば、城内で魔法が使用可能となるそうです。アグリ様はネックレスをしていれば、魔法の手もご利用いただけるそうです」
私とフィーネさんはネックレスを受け取り、その場で身に着けました。私はすぐに魔法の手も出現させて手袋もはめました。準備ができたところで馬車は城内へ入り、しばらく進んで王宮の玄関前で止まりました。グリムさんとクリスさんが馬車のドアを開けてくださり、私たちはエスコートされながら外へ出ました。外で私たちを待っていた執事のような男性が声をかけてきました。
「本日お側でお仕えします、バストンと申します。何なりとお申し付けください」
ご丁寧に挨拶をされました。私とフィーネさんもそろってご挨拶を返します。
「本日はお世話になります。よろしくお願いします」
それと私は早速、2つの小箱をバストンさんに手渡します。
「国王陛下と王妃様へお渡ししたいと思っております。ご確認をよろしくお願いします」
バストンさんは先を歩いて4人を先導し、部屋へ迎え入れてくれました。部屋は広いのですが、置かれているテーブルは小さめで、今日の参加者に合わせて置かれたテーブルだと気づきました。今日は少人数のようです。給仕の方たちがイスを引いて私たちを座らせてくれました。
しばらく待っているとバストンさんが、「皇太子様がお見えです」と宣言されて、私たちは立ち上がりました。そして皇太子様がお見えになったところで、私たちは片膝をつき、臣下の礼をとりました。
皇太子様は私たちの姿を見て、「堅苦しい挨拶は不要だ!そもそも昨日も会っておるではないか」と着席するように促してくださいました。
「今日は急に呼び出してすまなかった。アグリの回復を国王陛下と母上にもお見せしたくてな」
「皇太子様のお心配りに感謝します。私も静養所へ向かう前に、国王陛下と王妃様に、ぜひ回復のご報告をしたいと思っておりました」
すると、バストンさんが、「国王陛下と王妃様がお見えになります」と言われ、私たちは再び臣下の礼をとりました。
国王陛下がお部屋に入り、着席される。
「ここは我らの私室だ、遠慮はいらん、のんびり食事を楽しんでくれ」
国王陛下がそう言われ、私とフィーネさんは一礼した後、席に着きました。
「フィーネ、アグリ、元気そうで何よりだ。グリム、クリス、今日はそちらの修行の成果を見てくれと皇太子から聞いておる。食事の後にリングと立ち合ってみよ。それとバストン、アグリへあれを」
国王陛下のお言葉の後、バストンさんがワゴンに乗せた細長い小箱とインクビンを持って来ました。
「アグリ様、こちらは国王陛下からの送別のお品になります。お納めください」
私は箱を手に取りふたを開くと、2本の金属ペンが入っていました。
「フィーネにアグリに何を送れば喜ぶかと尋ねたところ、ペンなら長く使えて喜ぶと聞いて、それを用意させた。まだこの国に数本しか見つかっていない、古代の遺物のペンだ。おまけにそのペンは魔道具でもあり、使いこなせる者は限られているようだ」
私はまだきょとんとしていましたが、横からバストンさんが使い方を説明してくれました。
「アグリ様、インクビンにペン先を入れてください。そして尻軸の国王家のマークの部分を手に触れ、思念を送ってみてください」
「はい」
私はさっそく、国王家のマークを指先で触れ、『こんにちは、金属ペンさん』と思念を送ると、ペンの中へインクが吸い込まれていきました。
「国王陛下、王妃様、インクが吸い込まれていきました!」
「やはりそなたは思念でインクが取り込まれるか……そのペン、思念が通じない者は尻軸を回転してインクを取り込んでおる。どのような仕掛けで動いているのか解明はされておらんが、そなたの兄のキツカは、そなたなら使えると確信していたのだ。もう1本は細字で描けるペンだ。どちらも値段をつけられないほどのとても貴重な品だ。大切に使ってくれ。それと、王妃からの送別の品は静養所に置いてあるそうだ」
すると王妃様も私にお言葉をくださった。
「私からの品もフィーネと考えた品です。静養所で受け取りなさい。品については、フィーネ流に静養所へ行ってのお楽しみだそうです」
王妃様のお言葉を聞いて、皆がクスクス笑っていました。
「手の不自由な私へのご配慮ありがとうございます。そして高価なお品を賜り感謝しております。王妃様のお品も楽しみにしております。国王陛下、王妃様、せっかくのお品を賜りましたので、私も感謝の気持ちを込めて、直接お目にかけてもよろしいでしょうか?」
皆さんが何だろう?という雰囲気の中、私はバストンさんにお願いする。
「国王陛下と王妃様の御前で、このペンで感謝の気持ちをメッセージに書きたいのですがよろしいでしょうか?それとハンカチもこのタイミングで手渡しさせていただいてもよろしいですか?」
「はい、かまいません。私とついてきてくださいませ。こちらのワゴンの上で、紙に書いていただくのでよろしいですね」
「はい、お願いします」
私はイスを引いてくれたバストンさんの後ろをついて行き、国王陛下と王妃様の間に置いてもらったワゴンのまで移動しました。
「国王陛下、王妃様、お見苦しいものをお見せしますが、ご了承ください」
私はお2人にそう伝えして、右手の魔法の手でメッセージを書き始めた。
『国王陛下、本日はお招きいただきありがとうございました。貴重なペンまで賜り恐縮にございます。末永く大切に使わせていただきます』と書きました。
そしてもう1枚の紙には左手で、『王妃様、本日はお招きいただきありがとうございました。静養所の贈り物を楽しみにしております』と書きました。
「国王陛下、王妃様、皆さまのご助力でここまで回復することができました。大変ありがたく感謝をしております」
そうお伝えして深々と頭を下げました。国王陛下と王妃様は紙を手に取り、驚いたご様子。お互いの紙を交換して、さらに驚かれました。
「アグリ、そなたは利き腕を失ったのであったな」
「はい」
「右手は魔法の手で、左手は利き手でない方の手か……この字は書記を任せられるレベルの見事な文字ではないか」
「今まで見てきた書物の中で、もっとも気に入った字をそのまま書いています。魔法の手で文字を書くのは、文字を書くというより絵を描くようなイメージになります。そして魔法の手で文字を描くようになって、左手も自然にこの字が書けるようになってきました。自分でも驚いております。それとこちらの品は、私がゆかりのある方々へお別れの品としてお渡しさせていただいております。国王陛下と王妃様にも、ぜひお受け取りいただけると嬉しく思います」
私はバストンさんに目配せして、お2人へハンカチを渡していただきました。
「このハンカチは糸から編み、刺しゅうも自分でしました。これも私の回復をお知らせしたいと作らせていただいたものです」
国王陛下と王妃様はハンカチを手に取り、さらにハンカチを広げ、まじまじと眺めてくださった。
「この品も見事なものだ。侯爵家はしっかり回復を支援したようだな」
「はい、国王陛下。侯爵家のご家族ならびに、使用人にいたるまでの皆さまが、私の回復にお力をお貸しくださいました」
「侯爵はもうそなたのことを娘のように儂にも話しておるぞ、その心が回復にもつながったのであろうな。侯爵に任せて正解だったようで安心した」
「はい、ここまで支えてくださった多くの方たちに、感謝をするばかりにございます」
こうして国王陛下と王妃様へ回復のご報告が無事にできました……




