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53話 王都へ向けて出発

 私とグリムさんが別荘に戻り、しばらくすると夕食になる。今夜は皆が外出したこともあり、お父様とお母様がボートに乗ったお話しや、お兄様たちがランチの時のお話し、フィーネさんが私たちと工房村へ行ったお話しで盛り上がる。お話しが落ち着いたところで、私はお父様に相談を始めた。



「お父様、ご相談したいことがあります」


「どうした?何なりと聞きなさい」


「はい、ありがとうございます。今日、グリム様とお話ししていて、私は今後、王都民のままか?王領民になるのか?確認しておいた方が良いとアドバイスをされました」


「うむ、確かにグリムの言う通りだ。国務院へ行ったところで誰も判断ができないな。そもそも国王家の持ち物の静養所に他人を住まわせる、それも庶民となるとどう扱えばいいのか誰も分からん……フィーネ、王都へ戻ってすぐに皇太子様とお会いする予定だったな。その際にこの件を聞いてみてくれ」


「はい。お父様」


「そもそも、アグリ。アグリを当家の養女にしてやることもできる。カイトも異存あるまい?」


「父上、この家でアグリを家族と思っていない者はおりません。それは私が当主になったとしても変わりません」


「それを聞いて安心した、どうだアグリ、養女になるか?」



 フィーネさんのうんと言え!オーラが凄まじいです。でも……



「お父様、カイトお兄様、お気持ちは本当に嬉しいです。でも私が侯爵家のお嬢様を務められる訳がありません。それに侯爵家のお嬢様の身分で静養所で暮らせば、多くの人を巻き込んで生きていかねばなりません。例えばグリム様やミリンダさん、その他大勢の皆さんを田舎で埋もれさせることになってしまいます。そんなことを私にさせないでくださいませ。皆さんの心の中でだけで、私を家族と思っていただけたら、それで私は十分幸せですから……」


「アグリの気持ちは理解した。まあ、皇太子様のお考えを伺わないと何ともできないので、このことはまた今度にしよう」



 こうして別荘での最後の夕食を終えました。




 そしてフィーネさんとミリンダさんと3人の最後のお風呂。湯船に3人で浸かりながらまったり気分です。



「どうしてアグリさんは養女のお話しをお受けしないのです!」



 フィーネさんはそう言うと、ブーとふくれ顔です。



「フィーネさんを妹にする訳にはいきませんから!」


「あら、アグリさんが妹ではないのですか?」


「お2人同い年ですから、双子の扱いになるのですかね?」



 そう言って、ミリンダさんまで参戦です。



「でも、私が本当に養女の立場になって静養所へ行ったら、ミリンダさんは確実に私のお供をさせられますよ。ことによるとお嫁にもいけなくなってしまうかもしれません」


「使用人ですから、結婚はあまり望んではいません」


「あら、ミリンダ。お父様は使用人の結婚についても真剣に考えていますよ。結婚の意志があれば希望に沿うよう動いてくれるはずです」


「はい、ご当主様ならそうしていただけると思っています。でも、私はこの家にお仕えするのも幸せなのです。フィーネ様と一緒にお風呂に浸かっているなんて、他家でお話しても誰にも信じてもらえませんから(笑)それだけご当主様もご家族様も使用人を大切に考えてくれているのです。とてもありがたいことです」


「当家の家風なのでしょうね。建築を任されている家柄で、庶民も含めて皆の力を借りなければ仕事ができない家ですから……」


「そうです、ミリンダさんはこんなに良い家から出る必要はありません。私は1人で静養所に行っても生きていけますから心配無用です!」


「アグリさん、1人で生きられることと、養女になることは別の話しだと思います!そもそも養女になってこの家に残れば、ミリンダだって田舎へ行く必要がないではありませんか!」


「いえいえ、そもそもは私が侯爵様の養女のお役目を果たせないことが原因です。フィーネさんのように私は絶対できません!」



 ミリンダさんが真っ赤にのぼせた顔になっていた。



「あのー、そろそろ出ませんか?私そろそろ限界です」



 3人で湯船から飛び出たのは言うまでもありません。そして食堂で冷たい飲み物を受け取って、コテージのテーブルで長いこと夕涼みをして過ごしました。




 翌朝、フィーネさんの部屋で寝ていた私は、ミリンダさんの、「朝です、起きてください!」の声で目を覚ました。ミリンダさんは私を追い立てるように自室へ向かわせ、自室に戻るやいなや着替えを手伝ってくれた。そして大切なひまわりのブローチを着けてくれて着替えは完了。続いて鏡の前に座らされて、髪をとかしてくれた。身だしなみが整ったところで、「アグリさん、手を出してください」と言って、私に魔法の手を出すよう促す。私が詠唱していつもの手を出すと、手に手袋をはめてくれる。これで私の支度は完了です。


 ミリンダさんは寝間着やら支度に使った道具やらを箱に詰めていく。そして最後にという感じで、部屋の中を見回して、「お忘れ物はないですか?」の確認。


「はい、大丈夫です」



 私がそう答えると、箱を抱えたミリンダさんが私を伴って部屋の外に出る。



「アグリさんは食堂へ向かってください。私は箱を馬車へ積んでから向かいますので」



 今日のミリンダさんは鬼気迫る勢いで仕事をしていきます。こういう日のミリンダさんに逆らってはいけないことを、短い付き合いの私でもすでに知っています……




 侯爵家のご家族の朝食はランチボックスに詰められていた。今朝はグリムさんやクリスさんも近衛兵団の皆さんと朝食を取られたようで、ご家族だけがポツンと食堂にいる。ただ、ランチボックスを開けると、驚くほど豪華なサンドイッチ!私が驚いてフィーネさんを見る。



「別荘最終日の朝食は凄いのです。ありったけの食材を使っているらしくて、毎回驚きのサンドイッチです」



 そして最高においしいサンドイッチを堪能させていただきました。朝食後はコテージのテーブル席で出発準備が整うのを待つ。スミスさんの最終確認が終わり、正面玄関の扉のカキがかけられると出発準備完了です。準備が整ったのを見計らって、お父様が出発のご挨拶。



「近衛兵の皆、苦労をかける。十分静養することができ、使用人の皆にも感謝する。屋敷に無事に戻れるよう、最後までよろしく頼む」



 周りの人々が、「はい」と返事をして、各自乗り物に乗り込む。今日も私はグリムさんに馬に乗せていただく。グリムさんも工房で購入した大きなリュックを背負っている。2人とも静養所へ行くときの訓練のつもりでいる。お父様が周りの様子を確認して、「出発」と号令をかけた。近衛兵の方々を先頭に順に動き始める。いよいよ王都へ向けての帰り道。良い思い出をたくさん作らせてもらった湖に感謝とお別れです……


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