49話 グリムさんはずるいです!
「昼食まで少し時間がありますから、湖畔をのんびり馬を歩かせながら帰りましょう」
グリムさんはそう私に伝えると、森を抜けるより少し遠回りな湖畔を通るルートでの帰り道を選択してくれた。しばらく進むと私が何も言わずにじっと景色を眺めているので、グリムさんが馬を止めてくれた。
「この景色は私には過ぎたものだったかもしれません。今現在ここに居てすら何度も何度もこうして湖の景色を眺めてしまいます。実際に見ることができなくなったら、もう1度あの景色を見たい!と切望するのでしょう。そしてその望みは叶わない……諦めることで済ませることができるのでしょうか?それとも望みの叶わない状況を恨むことになるでしょうか?」
「アグリさんは知らなければ苦労もしなかったと考えているのですか?」
「私も今までは、この素晴らしい景色をこの目にできたことに感謝し、今後は思い出の中に思い描くことができればいいと思っていました。でも、もう実際に目にできるのが今が最後なのです。私の人生でこれが最後。もう自分の目で見ることはできない……贅沢を覚えてしまったということかもしれません」
「フィーネさんと初めて種まきをされた頃、アグリさんは心を閉ざすというか、身構えるというか、そうやって自分を守っているようでした。でも、フィーネさんはそんなものは気にせず、ずかずかアグリさんの心の中に入っていきました。そして、扉の中に隠れていたアグリさんを扉の外に引っ張り出してしまいました。外に出たアグリさんはとても魅力的な女の子だったのです。フィーネさんも夢中になっていましたし、アグリさんもフィーネさんに夢中になられたと思います。そしてかけがえのない関係になれたのです。お2人で多くを学び、多くを体験し、多くを話し、多くを見てきたのです。ひまわりの花が咲く景色も、この湖の景色も……知らなければ良かったなんて言えないのではないですか?」
「グリムさんはずるいです。このブローチも、この景色も、今のお話しも……私の背中を押してくれるなんて生易しいものではありません。背中を押して逃げ出すことも許さない勢いで、向かい風に向かって歩かせるのです。私はそんなに強くありません……」
「では、アグリさんはどうしたいですか?私がアグリさんの願いを何でも叶えてあげると言ったら、何を望みますか?」
「グリムさんはずるいです……」
その言葉を最後に、しばらく2人で黙り込んでしまいました――
「やっぱり、グリムさんはずるいです……私はそう結論が出せたので、もう別荘に戻ります!」
グリムさんは唖然とした顔をされていましたが、私は知らんぷりを決め込みました。しばらくして、馬が歩きだしました。
「グリムさん、お腹空きましたね」
「今日の昼食は軽いものですかね?料理人の何人かはお戻りになりましたし」
私の頓珍漢な発言に、グリムさんも普段通りに話しをしてくれました。もう言っても仕方がないことは言いません。グリムさんを困らせるだけですから……
予想より豪華な昼食をいただいた後、午後は荷物をまとめることになった。それと、明日は別荘の大掃除と片付けをするので、掃除をしない人は別荘から出て行ってください!との使用人の皆さんの無言のプレッシャー。明日も外出することが決定です。私は荷物も少なく、片付けなどあっという間に終わってしまう。そこで、フィーネさんの様子を見に行って、お元気そうなら荷物をまとめるのを手伝うことにした。
フィーネさんの部屋へ向かい、ドアをノックすると、「どうぞー」と意外にお元気そうな声。部屋に入ると荷物をまとめていました。
「私の荷物はまとめ終えたので、フィーネさんのお手伝いにきたのです」
「それは助かります。今の私はパニック状態でしたから!」
「私は衣類をまとめます。衣類なら適当に箱詰めしても問題ないですよね?」
「そうですね、ではアグリさんには衣類をお願いします」
それから2人で荷物のまとめと箱詰めをした。滞在日数の何倍もお洋服があるのは、お貴族様では当たり前なのかしら?と決して口には出せない疑問を抱えながら、服を畳んでは箱詰めしていきました。数は多かったですが、単純作業の衣類はどうにか片付け終えました。でも、選別が必要なフィーネさんの作業はまだ残っているようでした。
「フィーネさん、衣類は終わったので、次は何をお手伝いしましょう?」
「机の中をお願いします。引き出し毎に箱に入れてくれるだけでいいですから!」
フィーネさんのパニック状態はまだ継続中のようです。私は小さめの箱を持ってきて、上の引き出しから片付けを始めた。小物は布袋にいれてから、大きめなものはそのまま箱へと詰める。そして最後に布袋を入れて箱を閉める。ふたを閉じたら念のため、『こちらが上!』とメモを張り付け1つの引き出しが終了です。中段の引き出しも同じように片づけて箱詰めした。
そして最後に大きめな下段の引き出し。引き出しを引き出すと、たくさんの手紙が並べて置かれていました。何だろう?と思って1通を見てみると、パーティーへの招待状。これは立食パーティーの招待状よね?もうすべて書いたの?もしかすると、フィーネさんは体調不良ではなく、原因はこれ?聞いてみる?聞くのは悪いかな?いや、聞かなきゃダメ!
「ねえ、フィーネさん。体調不良はいい訳で、ここ数日をお部屋で過ごした原因はパーティーの招待状を書いたからでしょ!」
フィーネさんは、『なんでばれた!』となり、何のことかしら感を振りまいていました。もちろん私は怪しいの目線を送ることで応酬。諦めたフィーネさんが、「ごめんなさい」と降参しました。
「今回は許します。でも次回からは絶対無理しないでくださいね!」
「はい、もうしません。ごめんなさい」
もちろんそれで許してさしあげました(笑)
招待状も箱に入れましたが、箱のメモには1番上に置いてとメモを貼りました!フィーネさんも片付けが終わったようで、ようやく片付けは終了です。
「アグリさん、今日の片付けのお礼は、明日にさせてくださいませ!」
力尽きたフィーネさんはそれだけ言うのが精一杯なようなので、私はお部屋を後にしました(笑)
夕食の席では侯爵家家族の皆さんがどんよりお疲れの様子。さすがフィーネさんのご家族(笑)私はお父様とお母様に質問してみた。
「お父様とお母様は明日はどのように過ごされるのですか?」
「2人でボートに乗る予定だよ。毎年、最終日には2人でボートに乗ることが恒例行事になっているから」
「素敵な恒例行事ですね♪お兄様方は、どうお過ごしですか?」
「明日は街で知り合った人と最後の食事会をするよ」
これは世間知らずの私でも、街で知り合った女性との最後の食事会ということを見抜くことができました。なので深くは聞きません!
「フィーネさんは、どうされるのですか?」
「私はアグリさんと馬で最後のピクニックに行きます」
あれ?その話しは聞いてないような……でも嬉しい聞き洩らしだから良しとします!私は心の中で皆さんに一言だけ言わせてもらいました。『せっかく静養に来ているのだから、疲れをお屋敷に持って帰るのはダメ!絶対!』と。
皆さんがお疲れなので、早々に食事を終えて、お風呂に向かいました。いつもの3人がそろって、湯船に浸かっていましたが、フィーネさんもミリンダさんもどんよりお疲れのご様子です。お風呂も早めに切り上げが必要なようです。
そして、フィーネさんのベッドの上、2人で横になっていると、フィーネさんが私の左手を握ってきました。私はあれっとフィーネさんを見てみると、もうフィーネさんは夢の世界の住人。今夜はこの別荘にいる人皆が早めに就寝です。これもまた、とても幸せなことのように思えました。おやすみなさい……




