38話 いざ別荘へ
別荘へ向かう日、前日の大雨が嘘のような快晴です。大雨で洗い流されたように空気も澄んで気分も晴れやかです。
先頭の馬車には、お母様、フィーネさん、私、馬車内の側仕えのレイカさんと4人で馬車に乗り込んだ。右横に馬に乗ったお父様とキツカお兄様、左横にはグリムさんとクリスさん。その後ろには何台かの幌馬車が続いた。そして私たちの周りを取り囲むように近衛兵団の騎士の皆さんが馬に乗って警戒してくれていた。
旅程は順調で、馬車の中もおしゃべりがとても楽しかった。そろそろ昼食の時間となりそうな頃、「停止!」の掛け声が響いた。
お母様は窓を開けてお父様に、「どうされました?」と聞くと、お父様は、「馬車がわだちにはまって立ち往生しているようだ。少し時間がかかるかもしれないな」とのこと。
皆が困った様子なので、私は、「お母様、私が魔法で持ち上げてまいります」と言って、馬車を出てグリムさんの乗る馬に乗せてもらった。
グリムさんは馬を器用に扱いながら、立ち往生している馬車の側まできた。車輪がしっかりわだちにはまり込んでいた。荷物が満載の馬車を人力で持ち上げるのは大変な労力となりそうです。
「グリムさん、魔法で持ち上げるのと押すのとどちらが良さそうですか?」
「アグリさん、今回は持ち上げる方向で」
「かしこまりました」
私は頭の中で馬車が少し地面から浮くイメージが湧かせ、「フロート」と詠唱した。
馬車がゆっくりと持ち上がり、地面からも浮いた。「皆様、押してくださいませ」の私の掛け声で騎士の皆さんが馬車を押してくれる。そしてようやく馬車が脱出!
「馬車を下ろしてもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
私は魔力を送るのを止め魔法を解除する。馬車を無事に地面へ下ろせたことで、騎士の皆さんが歓声を上げてくれました(笑)
馬車が復帰したことで、移動の再開が告げられる。
「馬上はとても心地よいですね」
「しばらくこのまま移動しますか?」
「お母様のお許しがもらえたら、お願いします」
私たちは先頭の馬車に戻り、私は馬上からお母様にお尋ねした。
「お母様、しばらく馬に乗って移動してもよろしいでしょうか?」
「ええっ、かまいませんよ。グリム、アグリをよろしく頼みます」
「かしこまりました」
しばらくすると、「出発!」の掛け声で馬車が進み始める。それに合わせて馬も歩き出す。頬に感じる風が心地よい。
「私が魔法学校の入学のために村から王都へ向かうとき、騎士様の乗る馬に一緒に乗せてもらいました。お名前も伺わずにお別れしてしまいましたが、とても優しく頼りがいのある立派な騎士様でした。魔法学校の入学手続きと王都民証もその騎士様が授けてくれました。私は騎士様といえばそのお方とグリムさんしか知らないので、騎士様への印象がとても頼もしいのです」
「私のことも頼もしいと思われていたのですか?」
「私は今でもはっきり思い浮かべることができます、魔法学校でグリムさんが賊を切り伏せくださった姿を……これでフィーネさんも私も救われたとホッとしたのです。グリムさんはとても頼りになる私の英雄です」
「私も今でもはっきり思い浮かべることができます。アグリさん負傷され、体が吹き飛ばされて壁に叩きつけられる姿を……アグリさんをこのようなお姿にしてしまったのは私の未熟さゆえです。アグリさんには恨まれて当然だと思っております」
「以前もお話ししましたが、グリムさんと私でフィーネさんをお救いしたのです。私はこのことを誇りに思っていますし、親友を救えたことを心から嬉しく思っています。なのでグリムさんにも私のこの喜びの心に、水を差すような感情はもう捨てて欲しいです。恨まれて当然なんて絶対に思わないでください。約束ですよ。破ったらもう口をきいてあげませんから!」
「それは困りますので、善処します」
そんなおしゃべりをしていると、「停止!」の掛け声が響き、昼食の休憩となった。グリムさんに馬から降ろしてもらって、いろいろな感謝の気持ちをいっぱい込めて、「ありがとうございます」とお礼を言って別れました……
移動の時の昼食は、貴族も使用人も騎士も関係なく、皆で等しくサンドイッチをいただきます。飲み物はワインもしくはブドウジュースです。皆で同じものを食べて、皆で同じものを飲んで、皆で同じようにおいしいと感じる。とても素敵で幸せなことです……そんな幸せ気分を感じていたら、またまた私はひらめいてしまいました!後でミリンダさんとシリルさんに相談してみましょう!と心の中はホクホクです♪
昼食を終えてそろそろ出発という頃、グリムさんが、「午後も馬に乗りますか?」と声をかけてくれた。
「乗せていただけたら、嬉しいです」
「では、まいりましょうか」
午後の移動の開始です。
午後は止まる馬車もなく順調で、途中のお茶の休憩をはさんで、無事に別荘へ到着しました。使用人の皆さんは荷物降ろしや片付けで大忙しの様子。ミリンダさんも忙しい中をお部屋へと言ってくれたので、しばらく景色を見ているから、片付けを済ませてからきてくださいと送り出した。
私の育った村には小さな溜め池がある程度で、目の前の湖の水の多さに圧倒される。そして視界いっぱいキラキラ輝いていてとてもきれいだ。夕方になったらオレンジ色の世界になるのかな?早く見てみたい。そんなワクワクが止まらない。もう今回の休暇は浮かれてばかりです……
ボーっと湖を眺めてのんびりしていると、ミリンダさんが迎えに来てくれた。
「いつまでも眺めていたくなる、素敵な景色ですね」
「お部屋からでも見えますから、まずはお部屋に入りましょう」
ミリンダさんに促され、2人で部屋に向かった。3階の部屋に入ると木で作られた感じがとても落ち着く部屋だった。私は石の家より木の家の方が好みかもしれない。しばらくすると、お茶の準備をしていたミリンダさんに声をかけられて、お茶いただくことになった。ミリンダさんもお誘いして2人でお茶を飲む。さすがのミリンダさんも私が何度もお茶を一緒にと繰り返すので、もう何も言わずあきらめて付き合ってくれるようになっていた。
「3階は侯爵様ご家族だけです。その他は2階にいます。護衛の騎士様たちは1階にいますが、明朝にはもう出発されるので、1階は誰もいないと思っていてください」
「私はすっかり侯爵様のご家族扱いなのですね。何度経験してもこれは慣れないものです。慣れたら怖いですし」
そう言って2人で笑った。
「こんな素敵な景色なので、後でスケッチをしたいと思ってます。右手で描くことになるのですが、これは私が描いた絵といえるのかどうか……頭で思い描いたものが、そのまま紙に再現されるのですから」
「アグリさん、それは画家の皆さんと同じですよ。想像したものを想像したまま紙に描けるから画家と認められるのです。アグリさんがされていることと変わりはないのです」
「ありがとうございます。夕日の景色を描いてみたので、後でお付き合いくださいね」
「はい、喜んで」
穏やかなお茶の時間となりました。




