38話 剣聖アスカ
屋敷のソファーに腰を下ろすとメイドさんがワゴンに乗せてお茶の道具を運んできてくれた。そのワゴンの上でお茶を入れてくれて、僕たちにお茶が振舞われた。お茶菓子は平たいクッキーだった。僕とアスカはお茶に口をつけようやく一息入れる。そのタイミングを見計らって、ネレイ少佐が話しを始めた。
「本日のご夕食はこちらのお屋敷でとっていただきます。この後のご予定はありませんので、ゆっくりおくつろぎください。明日からの予定に何か希望はありますか?」
「まず、私と妻の日課ですが、朝起きると朝の訓練を庭でします。これはお屋敷のお庭をお借りします。その後お風呂に入り着替えを済ませてから朝食をいただきます。朝食の後は公務でかまいません。希望としては、神殿で神殿長とご挨拶をさせてください。メリオス王国の神殿長から伝言をお願いされています。それと、ビアンカ商会さんにお連れください。メリオス王国のマイル商会から紹介状を受け取ってきています。国王陛下と王妃様へのご挨拶は国王陛下のご都合に合わせてください。お願いしたことを後回しにして最優先にしてください。この後は、メリオス王国から国王陛下と王妃様へ献上するお品をお渡しします。中身の確認とお手続きをお願いします。私からは以上です。ルディア共和国からの希望はありますか?」
「私どもからお願いしたいことはございませんが、国王陛下と王妃様は直接お願いしたいことがおありのようです」
「分かりました。では、国王陛下と王妃様とで内々にお話しする機会も設けてください。その後のことはお話しを伺った後に決めることにしましょう」
「かしこまりました」
「では、今後のことはお任せします。予定が決まったらお知らせください。それとネレイ少佐とディリア少尉はこの屋敷に寝泊まりされますか?通ってこられますか?」
「こちらには通いで参ります」
「分かりました。では、後のことはよろしくお願いします」
話しが終わると、ネレイ少佐とディリア少尉は屋敷を出て行った。残った僕たち4人は放っておかれましたねと苦笑い。まぁ、今夜は4人でのんびり過ごしましょうとなりました。
僕とアスカは夕食をご馳走になった後、お風呂に入って早めに就寝。でも、時間が早すぎて寝れるわけでもないので、しばらくは2人でおしゃべりです。ルディア共和国の印象を2人で話していると、アスカが眠くなってきたのか僕にくっついてきた。僕もアスカを抱き寄せてまぶたを閉じました。
よく朝はいつものように起きると朝の訓練のために庭に出る。ラッサさんとメディさんも僕たちの護衛も兼ねて体を動かすようだ。
そこにネレイ少佐とディリア少尉が朝の挨拶をしながら屋敷に入ってきた。僕たちも挨拶を返す。そこまでは普通の朝。その後にぞろぞろと人がついてきている。驚いたことに人の集まりの先頭はルディア国王陛下と王妃様だった。僕たちがどうしたものかと戸惑っていると、国王陛下の方から声をかけてくださった。
「朝の訓練中に、突然訪問して申し訳ない。世界最強の呼び声の高い、奥方の剣を見てみたくて屋敷を訪ねた。2人はいつものように訓練をしてくれ」
いやいや、国王陛下と王妃様に見られながら平常心で訓練をするのは、なかなかハードルが高い。それを感じているのか、ネレイ少佐とディリア少尉は申し訳なさそうにしている。
「国王陛下、ご興味がおありなら妻と立ち合ってみませんか?」
僕はそう誘い水を向けてみる。国王陛下がそれに乗ってきた。国王陛下は控えている近習の人から剣を受け取り刀を構え、アスカは自分の両刀の細剣を抜く。僕から見ても、国王陛下は相当な剣の使い手だ。2人はお互いに向き合い、礼をしたところでゆっくり距離をとる。2人が向き直り対峙する形になる。国王陛下は剣を構え、アスカはいつもの自然体だ。
初手は国王陛下。アスカはいつも初手の剣を避けることから始める。アスカは初手を避けた後、その後は剣を何度か受ける。今回もそれだ。アスカは軽い感じで剣を受け続けているけど、国王陛下もいつまでも本気の剣は振り続けられない。ひと呼吸おこうとした国王陛下の懐にアスカが入ったところで、立ち合いは終了になる。
「奥方、立ち合ってくれたことに感謝する。奥方は本物だな。儂の完敗を認める。奥方には剣聖の称号を与えよう」
僕たちは剣聖の称号が理解できなかったけど、ネレイ少佐が僕たちのところへ来て、耳元でルディア共和国最強の剣士の称号ですと教えてくれた。アスカはメリオス王国式の臣下の礼で、謹んでお受けしますと応じていた。
多くの人の注目を集める中、1人の大柄な剣士が異を唱えた。ツバイス様と言って、共和国軍の副団長らしい。貴族であり領地も拝領しているようだ。そんな立派なお方が国王陛下に否を口にされた。国王陛下がそれについて発言される。
「ツバイス、儂の意見に口をはさむとは、それだけの覚悟があるのだな?」
「はい、国王陛下。私のすべてをかけて、奥方様と立ち合いたいと思います」
国王陛下は楽しそうな表情だ。その一方で僕は苦虫を噛みしめたような顔をする。でも、アスカを見ると涼しい顔をしていた。
「ツバイス、お主の心意気は理解した。奥方と立ち合うことを認めよう。奥方に勝ったならそなたに剣聖の称号を与えよう。ただし、奥方に敗れた場合は、そなたの身分も領地も取り上げてグラン公爵家に仕えさせる。その覚悟をせよ。公爵もそれでよいな?」
うーん、アスカが負けることがないのは確実なんだけど、ツバイスさんは貴族であり、共和国屈指の剣士さんなのですよね?僕たちに仕えていいのかな?
「国王陛下、本当にそれでよろしいのですね?」
「ああ、かまわん。奥方には儂と立ち合ったときのように、手心を加えてくれなくてもよい。思う存分立ち合ってくれ」
そう言われても、アスカが本気で立ち合ったら、ツバイスさん死んじゃいますからね。アスカ、ほどほどによろしく。僕はもう匙を投げて国王陛下の言われるままにすることにした。僕にはまったく理解できていないけど、国王陛下にはお考えがあると信じましょう。
国王陛下が見守り人となり、2人は立ち合うこととなった。アスカのやったことは、国王陛下と立ち合ったときと同じことだった。1刀目はよける。その後の剣は受ける。ツバイスさんがひと呼吸ついたときには、アスカが懐にはいる。僕には分からないけど、剣士の皆さんにはこれで十分のようです。ツバイスさんは敗北を認めた。でも、敗北を認めてしまうと、ツバイスさんは僕たちの配下となり、領地も爵位も召し上げられてしまう。国王陛下もツバイスさんもそれは当然みたいな顔をしているけど、大事なんですからね。ルディア共和国の大損失なんですからね!僕の心の叫びは、誰にも届かなかった(涙)




