31話 初めてのおつかい
ミリンダさんとグリムさんと3人で市場へ向かう。歩いている途中で、グリムさんが声をかけてきた。
「今日はとてもおしゃれなお洋服をお召ですね。お貴族様のご令嬢か大店のお嬢様そのものです。しっかり護衛をしなければいけないようです」
「とってもグリムさんらしいお褒めの言葉を、ありがとうございます」
3人で笑ってしまいました。しばらく歩いて、貴族街の門を抜けて、左手に魔法学校を見ながらさらに先へ歩いて行く。ミリンダさんが、「ここを右に曲がると繊維業の商店街と職人街があります。このまま真直ぐ進んで行きます」と案内してくれた。そしてこの区画内でも最大級の大店へミリンダさんが入っていった。ミリンダさんを見かけた店の人が、別の店の人に目配せして、その人がミリンダさんへ近寄ってきた。
「いつもファプロ商会をごひいきいただき、ありがとうございます。私が担当のオスバンと申します。上の部屋でお話しを伺わせていただきます」
そう挨拶された後、2階の個室へ案内してくれた。部屋へ入りソファーへ腰かける。
「失礼ですが、あなた様がアグリ様ですね。奥方様からご連絡いただいております」と挨拶された。
「誤解の無いよう先にお伝えしておきます。私は侯爵家とは何の縁もゆかりもない者で、ただの庶民です。ですので、本日のお買い物は貴族の方々がお買いになる物ではなく、庶民向けの洋服や素材です。このお部屋でご対応いただける身分のものではありませんが……」
「はい、奥方様からもそのように伺っております。ですが当店では侯爵家様のご紹介の方を一般の方と同様にはご対応できないことはご理解ください」
「なるほど、お店のお心遣いについては理解し感謝いたします。本日はよろしくお願いいたします」
「ご丁寧なご挨拶いたみいります。本日はどのような物をご所望でしょうか?」
その問いにはミリンダさんが答えてくれた、
「アグリ様に庶民と接しても違和感のない服を作りたいと思っています。また、生活するうえで必要になる物を選びたいと思います」
そして私はミリンダさんの言葉に追加する形で発言する。
「それと、貴族の皆さまにお送りしてもおかしくない刺しゅうのハンカチを作りたいと考えています。そちらも相談させてください」
「かしこまりました。こちらにお持ちするより、順にご案内させていただいた方がよろしそうですね。ご案内の前にアグリ様の採寸だけさせてください」
「はい、よろしくお願いします」
私は立ち上がった。店員が採寸紐で私の体を測ってくれた。「少々成長を見越したサイズといたします」と採寸は終わった。
いよいよ商品にとなった段階で店員の方に説明される、
「これから3階と4階にご案内しますが、どちらも当店の商品保管庫となります。普通はお客様をご案内することはないのですが、アグリ様には一般商品から最高級商品までいろいろな商品をご覧いただけると判断し、こちらでご案内する決心をしました。お見苦しい点もあると思いますが、どうぞご了承ください」
「はい、ご配慮ありがたく思います」
「かしこまりました。では、3階の洋服からご案内します」
3階へ上がると右側の部屋へ案内された。
「こちらが女性向けの洋服になります」
部屋を眺めるとグリス侯爵家の倉庫に似ていて、半分に吊るしの服、半分に棚となっていた。
「奥から最高級品で手前にくるほど安価なものになります。最奥の2列は仕立てたものですので、お売りすることはできませんが、お作りすることは可能です。まずは中を一通り見ていただいて、興味がありましたらお声がけください。ご説明にまいります」
私とミリンダさんが並んでキョロキョロしながら歩き、その後ろをグリムさんとオスバンさんが少し距離をとってついてきてくれた。棚の商品もグリス侯爵家と違い引き出しではないので外から見ることができ、気になれば取り出して広げてみることもできた。私はオスバンさんに質問した。
「オスバンさん、庶民の服で、かつお貴族様に見られても不快感を与えないレベルの服はどの辺になりますか?」
「例えば今日のアグリ様の服装は、お貴族様ならリラックスできる気軽な服装です。ですが、庶民ではとても手が出ません。ただ、大店のお嬢様なら購入して、上流階級の私的な集まりに着ていかれても恥ずかしくありません。このレベルの服は3列めと4列目になるでしょうか。アグリ様の本日のお洋服であれば、間違いなく3列目に置かれるものです」
「なるほど、では、5列目や6列目で私の希望に沿う服はありますか?」
「すべてとは言えませんが、いくつかはあります。それとアグリ様、大変申し上げにくいのですが一言だけ。今後は国王家所有の静養所にお住まいになると伺いました。そうなると、あまり庶民の服では、お住まいにつり合わなくなります……」
「ありがとうございます。私はその観点がまったく抜けていました。では、それを考慮して、5列目や6列目の服から選ぶことができますか?」
「はい、可能です。私の見立てでよければいくつかお出ししてみましょうか?」
「はい、お願いします」
しばらくすると服を並べてくれて、オスバンさんが声をかけてくれた。
「お待たせしました。こちらの5点をご用意してみました。どれもシンプルでエレガントな品です。右が最も高額で100シル、左へ行くほどお安くなり最も安価な商品が75シルとなります」
するとミリンダさんの助言。
「アグリ様、これから裁縫でお洋服を作りますので、こちらの既製服はそれまでのお召し物とお考え下さい。ですので、2点あればお困りにはなりません」
「では、2点で。それとその2点はミリンダさんとオスバンさんで決めてください。私には分かりませんので」
その言葉を受け、ミリンダさんとオスバンさんが相談し、2点の服を持ってきてくれた。2人とも迷わずこの2点だったそうで、それなら安心です。
――実はこの2人、洋服を選ぶ他にこっそり相談していたそうです。
「本日のお買い物の予算は400シルが限界で、それで先ほどお願いした商品を一式揃えたいのです」
「なるほど、可能とは考えますが、まだお買い物が始まったばかりですし……」
「確かにそうですね、品物を選びながら意識合わせをさせてください。それと、質を下げるより、量を減らして予算に収める方向でお願いします」
「かしこまりました。それでお洋服はあの2点でよろしいですか?」
「はい、あの2点でお願いします」
――やはり私は1人で買い物なんて無理です(涙)
ミリンダさんが2点の服を持って近づいてきた。
「アグリ様、試着に参りましょう。それとオスバンさん、コットンの肌着2着とコットンの靴下2足、どちらもシンプルなものでご用意ください」
ミリンダさんの指示で皆が動き始めた。私はミリンダさんに連れられて、出入口近くの小部屋へ入る。今着ているワンピースをササっと脱がせられて、ハンガーにかけられる。そして、高いほうの服を私に着せて、あちこち確認する。
「お仕度できたので、外に出ましょう」と言われ2人で部屋を出る。
するとオスバンさんが先ほどのミリンダさんのようにあちこち確認する。「若干大きいくらいで問題なさそうですね」
ミリンダさんも、「そうですね、でもすぐ成長されますからこの大きさで丁度よいでしょう。では次の試着へ」となり、次の服を着せられ……
そしてミリンダさんが、「お待たせしました、可愛らしさもあって、こちらも素敵です」
それにオスバンさんが先ほどと同様にあちこち確認して、「確かにこちらは可愛らしいですね。サイズは先ほどの服よりも体に合っているようですが、それでも長くは着ていただけそうです」
元の服に着替えて外にでると、ミリンダさんは2点の服を持ってオスバンさんの元へ、オスバンさんは肌着と靴下を持ってミリンダさんの元へ、まるでダンスしているように息ぴったりだな~なんて考えていたら、グリムさんがそばへ来てくれて、「どちらのお洋服姿も素敵でしたよ」と言われた。顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもありません……




