20話 スピナさんとブレスレット
僕はダンジョン2日目の朝、皆さんを起こさなように早起きをして、メリオス王国のダンジョンの地図を眺めていた。残念ながらメリオス王国のダンジョンとフィル王国のダンジョンは出てくる魔獣やボスは同じでも、ダンジョンの階層ごとの地形がまったく違うものだった。ただ、幸いなことにサーチを2度かけながら進んでいることもあり、ある程度の地形は僕の頭の中に残っている。僕は自分の記憶を頼りに地図を描き始めた。僕が起きているのを感じたのか、アスカも起きてしまった。
「ごめんね、アスカ。起こしちゃったよね」
「いえいえ、旦那様は地図を描かれているのですか?」
「うん、僕たちのダンジョンとは地形が違うので書いておいたんだ」
「ご遺体を埋葬された場所も書き残すのですね」
「うん、場所がはっきりしていれば、ご遺族がくることも可能かもしれないから」
僕はアスカに朝の訓練を勧めたけど、アスカは朝食の準備をしましょうと言って僕の手伝いをしようとしてくれた。僕はアスカにお礼を言ってキスをしたら、真っ赤な顔のアスカになってしまった。
「皆さんに見られたら、どうするのですか!」
と、怒らてしまいました(笑)
テーブルには水差しとマグカップ。その横には大きなお鍋にたっぷりのお水。顔を拭くタオルも用意してあるので、皆さんは顔を洗ったりタオルで拭いたりしてもらった。朝食が並べられる頃には皆さんは出発できる支度が整っていたようだ。皆で食事を食べ始めると、エコから声をかけられた。
『グラン、アスカ、フィル王宮のシャナ王妃様から会話の依頼です』
『ありがとう、エコ。お繋ぎして。おはようございます、王妃様。わざわざご連絡をいただきありがとうございます』
『昨夜、フィーネ様から連絡をいただきました。以降は私に直接連絡をくれてかまいません』
『ありがとうございます。昨夜あの後、皆さんとご遺体の埋葬についてご相談して、スピナ様のご判断をいただき埋葬方法を取り決めました。昨日のような時間がかかることは減ると思います』
『そうでしたか。スピナには過酷な現場で重い責任を負わせてしまっていますが、しっかり役目を果たしているようで安心しました』
『王妃様、今日の夕方から夜にかけて定期報告をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』
『ええ、かまいません。フィル王国ではダンジョンの遠征が最重要事項です。いつ連絡をしてくれてもかまいません』
『ご配慮感謝いたします』
『では、よろしく頼みます。会話終了』
僕が皆さんに王妃様からご連絡をいただいたことを伝える。
「ただ今、シャナ王妃様からご連絡をいただきました。遺体の埋葬についてはスピナ様のご判断に任せるとのことでご許可をいただきました」
話しのついでにと思い、僕は朝書いておいた地図をスピナさんに手渡した。地図には遺体の埋葬場所に印をつけてある。僕はフィル王国の皆さんに埋葬場所に埋葬した人の名を書き加えてあげてくださいとお願いした。
食事を済ませ後片付けを始める。フィル王国の皆さんには埋葬場所とお名前の確認をお願いした。テントやベッドはレイナさんとリニアさんが担当してくれて、シャワーの天幕はアスカが片付けてくれた。僕は食器の洗い物をしたりタオルを大きな鍋で洗ったりした。タオルの乾燥をしていると、作業を終えた3人が戻ってきてくれた。アスカは食器や鍋を次々に物置に片付けてくれて、残るは僕の担当している洗濯物とフィル王国の皆さんが地図に書き込み作業をしているテーブルとイスだけ。僕たちはのんびり作業が終わるのを待っていた。
フィル王国の皆さんの作業が終わったところで、イスとテーブルを片付けて飛び箱に乗り込み、いよいよ出発です。
2日目は25階層で野営の予定です。本日は5カ所で魔道具を回収。25階層は2カ所で回収しました。25階層のボスからはアスカに戦ってもらうことにした。アスカに倒してもらうのが、最も早いからだ。魔法が届く距離で飛び箱を降ろし、僕とアスカの2人だけでボスに歩み寄る。皆さんには万が一の時は逃げてくださいと伝えてある。
アスカが頃合いと感じ、一気にボスに駆け寄る。アスカは2度突きを放ち、ボスはあっという間に光の粒へ。僕とアスカがハイタッチして戦利品を回収。飛び箱に戻る。フィル王国の皆さんもレイナさんとリニアさんも信じられないものを見たような顔をされていた。ここで僕は決め台詞です。
「38階層のボスは、このくらいのことができないと倒せないのです」
アスカには後ろから頭をぽかりと叩かれて、旦那様調子に乗り過ぎですと怒られた(笑)
皆さんが浮足立っている感じなので今夜は26階層の入り口近くまで移動して野営をすることにした。2度目の野営ということで、皆さんが手伝いを買って出てくれた。僕はお言葉に甘えて地図を描くことを優先させてもらった。僕とスピナさんだけがテーブルで書き物をさせてもらっている。僕はついでにと白結晶石のブレスレットをスピナさんに渡した。
「スピナさん、このブレスレットは魔道具です。シャナ王妃様にも献上した品と同じ物です。このブレスレットを通じて、外部記憶装置と話すことができます。そして外部記憶装置を介してシャナ王妃様とお話しすることもできます。今日の野営から私はシャナ王妃様に定期連絡をさせていただく許可をいただいています。スピナさんも定期連絡に参加しませんか?」
「定期連絡には参加したいです。ただ、ブレスレットについて理解できていません」
「分かりました。ブレスレットについては私がお教えしましょう。白結晶石に思念を送ってください。それと失礼ですがお手を拝借します」
僕はスピナさんの手を取る。思念の流れを白結晶石に導く。えーとスピナさんの外部記憶装置は……スぺイスですか。侯爵家のご令嬢ですものね。
「スピナさん、スぺイスに向かって話しかけてみてください。あくまでも話しをするのは声ではなく思念でです」
「ああ、公爵様繋がりました!」
「私の外部記憶装置はエコです。私と話したいとスぺイスに頼んでみてください」
『グラン、スぺイスのスピナから会話の依頼です』
『ありがとう、エコ。繋いでください。スピナさん聞こえますか、このように会話ができるのです。このままシャナ王妃様にお繋ぎして、定期連絡をしてしまいますか?』
『はい、お願いします』
『では、繋ぎます。エコ、フィル王宮のシャナ王妃様とお話しがしたい』
『了解です……フィル王宮のシャナ王妃様と繋がりました』
『グラン殿、連絡をありがとう』
『王妃様、まずお話しをさせてください。この会話の中にはスピナ様にも参加していただいております。ご許可をお願いします』
『ダンジョンにいるスピナと話せるとはなんと素晴らしいことでしょう。もちろん会話に参加することを許可します』
『王妃様、公爵様にブレスレットをお借りして、王妃様とお話しできる機会を得ました。とても嬉しく思います』
今回の定期連絡はスピナさんに代表して報告をしてもらった。僕はスピナさんがお答えできないことの補足だけした。王妃様はダンジョンでスピナさんが苦労をしていないかを心配されていたが、スピナさんは公爵様ご夫妻のご配慮で快適に過ごしていますと話していた。また、王国軍の兵が倒された現場は、想像以上に酷い光景だとも報告していた。王妃様はスピナさんに任せるので、ご遺体を丁重に埋葬してほしいとお願いされていた。
報告を終えた。スピナさんはブレスレット外し、僕に返そうとした。
「スピナさん、そのブレスレットはダンジョンの中にいる間はお貸ししておきます。実は妻のアスカも外部記憶装置が使えるので、アスカとも話しができます。また、そのブレスレットですが、私が赤子のときに侯爵夫人のおばあ様から賜った物なのです。スピナさんにプレゼントできればよかったのですが、ご了承ください」
「公爵様のそのような大切な品をお貸しくださり、感謝いたします。引き続き王妃様への定期報告を続けたいので、言葉に甘えてブレスレットはお借りさせていただきます」
定期連絡を無事に終えた頃、アスカが夕食の準備ができたと僕たちを呼びにきてくれた。アスカはスピナさんの左手にブレスレットがつけられていることに気付いて、これからはスピナさんともお話しできますねとにっこり微笑んでした。スピナさんもはいと満面の笑顔でこたえていた。




