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29話 着る服がない!

 料理の後は片付けを済ませ、厨房を後にした。次に向かうのはお母様のお部屋。魔手の許可を得られるかどうか……私は人型タイプ?の魔法の手に変更して、お母様のお部屋のドアをノックした。



「アグリです。お母様にご相談があります」


「どうぞ、入ってきて」


「失礼します」



 ミリンダさんと2人で部屋に入ると、お母様とスミスさんが何やら打ち合わせ中だった。



「お忙しかったのですね、ごめんなさい。また出直してまいります」


「いえいえ、ちょうど終わったところです。どうぞ座って」



 ソファーをすすめられ、私はソファーに腰を下ろし、ミリンダさんが横に控えてくれた。それではとスミスさんが席を立つ素振りをみせた。



「スミスさんも同席していただけますか」


「はい、かしこまりました」



 皆さんが注目され中、私は立ち上がりる。



「これからお見苦しいものをお母様にお見せします。どうかご了承ください」



 私は一礼して右袖をまくった。出てきたのは半透明な白い魔法の右腕。私は不安でうつむいてお母様の言葉を待った。お母様は私の側へきて腕を触った。



「アグリ、これは見事な魔手じゃない!それにこんなきれいな色の魔手を見たことがないわ!」



 そう言って驚かれた。私の方も驚きながら恐る恐るお尋ねする。



「お母様、魔手が醜いとか怖いとかありませんか?」


「何を言っているのです、私はこれでも黒魔法士なのですよ。この魔手がどれほど素晴らしいものか分かります。スミスもこのような魔手は見たことがないでしょ?」


「はい、奥様。私も驚くほどお見事な魔手だと感心しております。アグリ様、よくぞここまで工夫されました」



 私は皆の反応に安心するやらホッとするやらで、体の力が抜けそうでした。



「ありがとうございます。お母様に相談したかったのは、この手を使ってお食事をいただいても問題ないかなのです。普通に食事ができるようになりたいものでして……」


「私も家族も問題はないです。ただ、アグリの心配するように、使用人の中には見慣れないものもいて、怖さを感じるかもしれませんね」


「はい、ミリンダさんは慣れてくれましたが、最初は恐る恐るという感じでした」


「それでしたらアグリ様、シャツのような服で手首まで隠し、手袋をしてしまえば、人からは見えなくなります。いかがですか?」



 私はそのスミスさんのアドバイスに救われる思いでした。



「はい、これからはそのようにいたします」



 私は嬉し涙をにじませてしまった。ただ、私は肝心なことを思い出しました!自分の服を持っていないことを……



「あのー、スミスさん。大変お恥ずかしい相談なのですが、私は自分の服を1枚も持っていないのです。ですので、使用人の方たちが着ている服を私にもお貸いただきたいのです。本日はミリンダさんと市場に買い物に出る予定なので、そちらで購入したらお返ししますので……」



 スミスさんは困った顔をしてお母様の方を見る、それを受けてお母様が答える。



「アグリ、勘違いをしているわよ。私たち家族は確かに貴族なので、人に見られる可能性があればドレス姿でいます。お屋敷内でも急な来客があるのでしっかりした服装でいるだけです。ただ、例えば避暑地に休暇で行ったりすれば、シャツにスカートと一般の人と変わらない服装をするのですよ。なので今日のところはフィーネの服を着て行ってらっしゃい。幸いアグリの方が少し細いから、フィーネの少し前の服でも着られないことはないでしょう」


「お母様、心より感謝いたします」



 私はホッとしながら、深々と頭を下げた。



「アグリ大げさですよ、それにしても市場に何を買いにいくのです?」


「お母様、これも恥ずかしいお話しなのですが、私は買い物をしたことがないのです。これでは1人で生きていけないと思ってミリンダさんに案内をお願いしました。ちょうどミリンダさんから裁縫を習う予定もあり、裁縫の勉強は1人暮らしの中で着る服を作ることにしたのです。それで、その生地やら糸やらを買いに行くことにしました」


「なるほど、では今日は予定どおりミリンダとお買い物をしてきなさい。裁縫の勉強で服を作るのもかまいません。ただ、持っていく洋服については私にも考えがあるので、それは後日相談しましょう。ミリンダはフィーネの部屋着をアグリに見繕って着せてあげなさい。それと、スミスにはアグリの手袋を用意してください。アグリは市場に行って手袋を不審に思われたら、手を怪我していると言えば問題ないでしょう」


「お母様、重ね重ねのご配慮をありがとうございます。スミスさん、ミリンダさん、お仕度お願いします……」



 こうして問題もクリアできて、私は明るい気分でお母様のお部屋を後にするのでした。




「昼食前にフィーネ様のクローゼット部屋へ行ってみませんか?お借りした服はこれですとお知らせもできますし」とミリンダさんが誘ってくれた。


「そうですね、そういたしましょう」



 ミリンダさんがクローゼット部屋へと案内をしてくれる。フィーネさんの部屋の隣の部屋がクローゼット部屋だった。中に入ると部屋の半分にドレスが吊るされていて、もう半分は引き出しのついた棚が何列もあった。



「この部屋はすべてフィーネさんの衣類や靴なのですか?」


「はい、でもこれは今着られる服で小さくて着られなくなった服は別の部屋に保管してあります」


「ミリンダさん、私にはフィーネさんが着なくなった服で構いません。お母様の言われたとおり、私の方が少し小柄で痩せてますから」


「では、外の倉庫の方へご案内します」


「よろしくお願いします」



 フィーネさんの古着なら私がお借りしても問題ないですよね……お貴族様が着る服を私が着ることになるのかな?ちょっと心配です。


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