10話 無理なお願い
やっと僕が聞く耳をもったことで、ナイアさんが話しを始めた。
「公爵様と奥方様には、移動中の盗賊団の襲撃により、到着時間も遅れお疲れでもあることから、これからのご予定はお好きに希望してもらっていいとのことです」
おっと、これは破格の申し出。活用させていただきましょう。
「フィル国王陛下にお会いすることも可能ですか?」
「もちろん可能です。公爵様ご夫妻とのご挨拶を予定していたことから、王国の多くの要人の予定がキャンセルになっています」
「では、お言葉に甘えて我がままを言わせていただきます。まず、フィル国王陛下とシャナ王妃様にはご挨拶をさせてください」
「はい、問題ありません」
「次に、今回のダンジョン遠征について、あらゆることを決定できる立場の人たちとお話しする機会を設けてください。これは食事会やお酒をいただきながらでもかまいません」
「到着したばかりで、実務のお話しを急ぎされたいのはなぜでしょう?」
「私と妻をお招きになったフィル国王陛下のご心中をお察ししています。私たちはこの通り準備万端できていますが、フィル王国側は決定事項に従い準備も必要になるでしょうし。ダンジョンで38階層のボスを倒すのだけが目的でしたら、明日にでも妻と2人で倒してきましょう。ですが、フィル王国の目的はそれだけではないのですよね?」
「そこまで我が王国にご配慮いただくのはなぜですか?」
「配慮?私は……いえ、メリオス王国は今回の支援について思惑など何もありません。隣国の平和が保たれれば、それがメリオス王国の利益にもなるからです。フィル王国に手の内を見せることを躊躇うのなら、わざわざ他国が所持していない飛行する魔道具を飛ばして急いでフィル王国を訪問し、他国が倒せない38階層のボスを目の前で倒す意味はないでしょう」
「公爵様、大変申し訳ありません。私で王国に公爵様のご要望を通すことができるかは、何ともお約束できません」
「ナイアさん、そんなことは当たり前のことです。お話しの場を設けてもらえるか、打診をしていただけるだけ十分です。私たちは国王陛下に従う者でしかないのですから」
話しが終わり、ナイアさんは王国側との調整に向かわれた。僕はスピナさんとレイナさんにフィル国王陛下とお会いする可能性があるので、お風呂に入りますと伝えた。レイナさんとリニアさんにも僕たちはこの部屋から出ることはないので、ご自分の支度を進めて欲しいと伝えた。
スピナさんからはすぐにお風呂の係の者をと言われたけど、いつも2人ではいっているから気にしないでと伝えて、さっさとお風呂場に案内してもらった。もちろん自分でお湯も張る。そしてスピナさんにもご自分の支度を優先してとお伝えした。
お風呂はササっと済ませてしまい、ライザさんに作ってもらってまだ袖を通していなかった新しい正装用の制服に着替えた。フィル国王陛下からのお召しがあれば、アスカのアクセサリーを着ける手伝いもしないと。
今回はアスカの支度を手伝う人を随行していない。アスカが旦那様にお願いするからいいと拒否したからだ。アスカの中ではダンジョンに行く意識が強く、他の王国の国王に会うなどは、大した問題ではないようだ。その分、僕がみっちりヒメミさんの教育を受けることになった。娘たちに勉強は大切!と日ごろから話している手前、自分が勉強を疎かにする訳にもいかないよね(涙)
お風呂から上がると、スピナさんにこちらへと言われてフロアでなく、部屋の方の居間に案内された。すでに飲み物も用意してくれいて、お言葉に甘えてのんびり過ごさせてもらった。
「スピナさん、スピナさんにお手伝いさんみたいにお願いするのは、とても心苦しいのだけど」
「いえいえ、お気になさらずに。私がお願いして担当していますから」
「侯爵様のご令嬢が?どうしてまた?」
「メリオス王国の王国魔法の詠唱者様ですよ。我が王国と違って、王国魔法詠唱者は公爵様お1人と聞きました。そんなお方のお側でお話しできるのは、何よりも光栄なことです。他の誰にも任せられません!」
「うーん、そう言っていただけるのは光栄なのですが、それほど大した魔法士でもないのですよ」
「いえいえ今日の戦闘でも、お2人はもうレベルの違う動きと、見たこともない魔法、戦い慣れたご様子もです。おまけに人は殺さない。とても真似できません」
「魔法や剣で人を殺さないのは、我が公爵家の家訓のようなものです」
話しはだんだん横道にそれ、この王国でおすすめの食事やスイーツ、ファッションで話題になっている物、娘たちへのお土産などについても話しを聞いた。街を見物するのは難しいかもしれないけど、誰かに娘たちへのお土産だけでも、買ってきてもらおうかな。
3人でおしゃべりに講じていると、ナイアさんが戻ってきた。もう、ある程度時間も経っているので、今夜はフィル国王陛下とお会いするのは難しいかな?
「大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。正式な面会は時間的に難しいので、内々のお食事会として国王陛下をはじめとする、遠征関係者が同席させていただきます。また、私とスピナも同席いたします」
「急な要望にも関わらず、ご対応いただきありがとうございます。スピナさんも同席とは、今日1日同行していただいたからかな?」
「私にとっても、スピナにとっても、大変名誉なことです。ありがたい機会を得られたことを感謝いたします」
「それよりも、ナイアさん、スピアさん、急いでお仕度をしてきてください。私と妻はここでもうしばらくのんびりしていますので、お気になさらなくても大丈夫です」
「お心遣い感謝します。お言葉に甘えて、1度下がらせていただきます。他にも部屋の者はおりますので、何なりとご命じください」
こうして、お2人は大慌てで支度のために戻っていかれた。
僕たちもお部屋の人に声をかけて、支度のために自室に戻らせてもらうことにした。
自室は僕たちの部屋の自室とほとんど同じ。置かれている家具や絨毯やカーテンが、フィル王宮風なだけだ。大きな姿見が置かれているので、鏡の前にイスを持ってきてアスカに座ってもらった。
「お仕度を手伝ってくれるのは嬉しいのですが、どうして鏡台ではなく、姿見なのですか?」
「着飾ったアスカの全身を見られる、素敵な時間だからね。ゆっくりアスカを見ていられるなんて、娘たちを授かってから、なかなかなかったことだから」
「旦那様、恥ずかしくなることを言われるのは今はだめです。お仕度をしなければいけませんから」
僕はアスカの髪にブラシをかけ、丁寧に結い上げる。そして、ティアラを付ける。後はアスカが自分で指輪、ネックレス、ペンダント、イヤリングと身に着けていく。このいずれもが、公爵となったときに、フィーネ伯母上がアスカのために用意してくれたもので、王家で所有していたサファイアとダイヤモンドを使い、ガデンさんがアクセサリーに仕上げてくれたもの。たとえグラン公爵家がなくなっても、これらのアクセサリー類は国宝として大切に扱われ続けるだろう。
「アスカ、ごめん。どうしても、ひと言だけ言わせて。アスカ、とてもきれいだよ」
「旦那様、ありがとうございます」
僕はアスカをエスコートして、先ほどのソファーの部屋に戻るのでした。




