1話 国王陛下からの依頼
僕とアスカが王宮へ引っ越してきてから早6年が過ぎ、娘たちは4歳になった。何にでも興味を持ち、どんどん知識を吸収し、そしてよく食べよくしゃべる。大きな病気をすることもなく、すくすくと順調に育っているのが何よりだ。
今朝も僕とアスカの後ろに2人そろってついてきて、まだ人の少ない朝の王宮の庭まで出てきた。ちなみに朝の訓練に娘たちも参加するようになってから、ヒメミさんも朝の訓練に参加してくれている。もちろんヒメミさんは訓練をするのではなく、娘たちの面倒を見てくれるためだ。先に訓練を終えてしまう娘たちの汗を拭いてくれたり、水を飲ませてくれたりしてくれる。そんな中にも娘たちは、僕とアスカの立ち合いを真剣な眼差しで見続けていた。
僕たちの立ち合いを見学しているのは娘たちだけではない。近衛兵団に所属している人たちも毎朝何人かが見学に来ている。その中で特に熱心なのがレイナさんとリニアさん。お2人は剣も振れば魔法も使われる優秀な女性の魔法士さん。もう顔なじみなので朝の挨拶もすれば、世間話もするくらいには親しくはなっている。たまに娘たちの指導をしてくれたり、娘たちとの立ち合いに付き合ってくれることもあり、とても助かっている。ただ、今までにお2人と仕事でかかわったことは、残念ながら1度もなかった。
僕たちがお2人にまた明日と言って部屋に戻ると、僕たちは家族4人でお風呂に向かう。僕とアスカが手分けして娘たちの体と頭を洗い、アスカが脱衣所で待ち構えてくれているヒメミさんとテーベさんに娘たちを順に預けて、僕たちもようやく自分たちの体や頭を洗い出す。そしてのんびり2人並んで湯船に浸かってまったりするのは、今も昔も変わらない。
「旦那様、国王陛下に呼ばれているのは今日でしたね」
「うん、10時に2人で呼ばれていたよ。フィーネ伯母上から直接連絡があったから、きっと重要な案件だと思う」
僕たちは名残惜しいけど湯舟を出てお風呂をあがる。もう娘たちは着替えを済ませて部屋に移動して、髪をとかしてもらっているのだろう。いつものように脱衣所は僕とアスカの2人だけだ。僕たちも服を着て魔法で髪も乾かしてしまう。アスカの髪は僕が、僕の髪はアスカが整えてくれて、これで準備は完了。朝のお風呂を済ませてから公爵の制服を着るのが僕たちの生活スタイルとして定着している。
朝食を食べ終えて居間でのんびりしていると、そろそろ国王陛下の指定されたお部屋に向かう時間となる。僕とアスカはかわるがわるに2人の娘の頭を撫でて、お留守番をお願いと伝える。2人の娘は「はい、お父様、お母様」と可愛く返事をしてくれる。ヒメミさんに娘たちを預け、メティスさんに部屋のことを頼んで、僕とアスカは部屋の外に出る。庭に出ると飛び箱を用意して、アスカと共に飛び箱に乗り込む。庭の脇を飛び箱で進むと、王宮で働く皆さんの姿が見える。僕とアスカが「おはようございます」と挨拶しながら通り過ぎると、皆さんも気さくに挨拶を返してくれた。
僕たちは王宮に来てから一貫して貴族の態度をとらずに過ごしてきたおかげで、王宮で働く皆さんとも気軽に挨拶も交わせば立ち止まって世間話しもする、気さくな公爵夫妻で定着していた。アスカも気さくに手を振りながら、「今日は国王陛下に呼ばれているので、また今度~」などと気軽に返事を返していた。庶民感覚はいまだに残ったままだった。
指定された部屋に到着すると、昨年から見習いとして働き始めたバストンさんのお子さんのバスターさんが出迎えてくれた。
「おはよう、バスターさん。私たちが1番乗りかな?」
「おはようございます。公爵様ご夫妻が1番です」
バスターさんが扉を開けてくれると、部屋の中ではバストンさんが部屋を整え終えて、すでに脇に控えてくれていた。
「おはようございます、バストンさん。このお部屋だと今日の参加者は少ないようですね」
「おはようございます。公爵様、奥方様。今日は公爵様ご夫妻、それに宰相様と近衛兵団長が参加されます。お話しの内容は私もお聞きしておりません」
僕とアスカが指定された席に案内され席に着く。バストンさんはすぐにお茶の支度を始めてくれる。バストンさんがお茶の支度をしている最中に、近衛兵団長と宰相様が連れ立って入室してきた。僕たちと挨拶を交わし、お2人も指定された席に着く。バストンさんが用意してくれた紅茶に口をつけてホッと一息つくと、国王陛下とフィーネ伯母上の到着が告げられた。ただ、ここにいる4人は臣下の礼を免除されているメンバーなので、席に着いたまま会釈をするだけだった。国王陛下とフィーネ伯母上が席についたところで、国王陛下のお話しが始まった。
「隣国のフィル王国より親書が届いた。ダンジョンの38階層でのボス戦で、フィル王国の名だたる冒険者が戦死もしくは深手を負われたそうだ。遺品も遺体もそのまま放置して逃げ帰ってきたとのことで、何とか遺体だけでも回収して弔いたいそうだ。そこで38階層のボスの討伐実績のある我が王国に協力の要請が届いた」
あらら、38階層のボス戦に挑んだのなら、今のところは太刀打ちできないだろう。我が王国も僕とアスカ以外はボスの討伐に成功していないから。
「国王陛下、そうなると私と妻でフィル王国のダンジョンへ向かい、38階層のボスを討伐してくればよろしいのでしょうか?」
「ああ、最も重要な任務はそれになる。また、遺品や遺体を運ぶための部隊を安全に38階層までの往復を護衛してもらうことになる」
「かしこまりました。ところで国王陛下。38階層のボスを討伐するところを見せてしまっても問題ないですか?」
「それはかまわん。グランなりアスカなりで討伐してくれ。何せこの大陸で38階層のボスを倒せるのは2人だけだと知れ渡っているからな。それに良い機会だ。以前、グランが話していたダンジョン攻略の情報共有をフィル王国としてくるがいい」
「かしこまりました。移動に飛び箱を使うことも許可をいただけますか?」
「それも問題ない。飛び箱も2人以外は誰も飛ばせる者はおらんからな」
飛び箱は国王陛下の要請で、何人かの魔法士に操作させたことがあった。飛び箱はピクリとも動かないどころか、魔力を使い果たして魔法士がめまいを起こすほどだった。僕とアスカではそれほどの魔力は使っていないので、ことによると創造主様のお計らいによるものかもしれない。そうそう、創造主様のことは国王陛下とフィーネ伯母上にもお伝えはした。お2人は半信半疑と言ったところだった。ただ、フィーネ伯母上は僕とアスカが創造主様とお話しすることができるのなら、創造主様との対話は2人に任せるとのことだった。まぁ、創造主様とお話しできなくても、特に困ることはないからね。
結局、会議の結論としては、僕とアスカがフィル王国に特使として派遣され、そのままフィル王国の要請によりダンジョンで38階層のボスを討伐する。その後、フィル王国とダンジョン攻略の情報交換をしてくる。また、余裕があればフィル王国との親睦をはかってきてほしいとのことだ。この大陸では人の住む国はもう3国しか残っておらず、大陸の北半分は魔獣に支配されているとのことだ。我がメリオス王国は最南端に位置する魔獣の脅威からは最も離れた小国だ。他の国からはどちらかというと田舎の貧しい国扱いをされているそうだ。よい機会なので親睦を深めてきてほしいのが国王陛下の本音のようだ。
僕とアスカの出発準備が整ったところで出発してほしいと依頼されて、僕もアスカも了解した。国境上にある第1国境門でフィル王国の担当者と合流し、フィル王国の王都に向かう段取りで進めて欲しいとお願いされた。さあ、アスカと協力して王国のために働くとしましょう!




